第35話 メイド、可愛い服を買ってもらう
「ここでいいか?」
ランスロット様が立ち止まったのは、女性用の服屋の前だ。
ショーウィンドウに飾られている服は華やかで、可愛らしいものばかり。
ふわりと膨らんだ服に、心が弾む。
めちゃくちゃ可愛い……!
「はい、ぜひ!」
私が元気いっぱいに頷くと、ランスロット様が店の扉を開けた。
チリン、とベルが鳴ると、すぐに店員がやってくる。
「いらっしゃいませ!」
元気よく挨拶してくれたのは老婦人だ。
ここのオーナーなのか、上品な雰囲気を纏っている。
「今日はどのようなものをお探しでしょうか?」
「彼女に似合うものを」
ランスロット様が私を指差す。
老婦人は私をしばらく見つけた後、深く頷いた。
「かしこまりました。可愛らしいお方ですから、どんなものも似合うと思いますよ」
「そんな……ありがとうございます」
ちょっとこの店員さん、素直過ぎるわね。
「どのような服がいいでしょうか?」
「えーっと……」
ちら、とランスロット様へ視線を向けると、好きにしろ、と口だけで言われた。
どうやら本当に、私が好きな服を選んでいいらしい。
どうしよう。
フリルやレースがふんだんに使われた華やかなワンピースも可愛いし、ちょっと大人っぽい黒のワンピースもいいわよね。
いや、待って。
ワンピースより、ブラウスやスカートを買ってもらった方がいいかしら?
組み合わせ次第で何通りもの着方ができるもん。
こんなにいいお店では無理だろうけど、今後自分の給料で服を買い足すこともできるかもしれないし。
悩んで何も言えずにいると、ランスロット様が近寄ってきた。
「好きなだけ買えばいい」
「……いいんですか?」
「だから言っただろう、遠慮はするなと」
好きな服を、好きなだけ買っていい。
これってもう、立派な溺愛なんじゃないの?
「これなんてどうだ?」
ランスロット様が指差したのは、青いワンピースだった。
裾に近づくにつれ、青が濃くなっている。綺麗なグラデーションだ。
これ、高いんじゃないの?
よく分かんないけど、濃淡をつけて布を染めるなんて、すごく手間がかかりそうだし。
店内を見る限り、販売している商品はどれも一点ずつしか置かれていない。
おそらく、どの商品も一点ものなのだろう。
「お目が高いですね、お客様」
「人気なのか?」
「はい。まだ若手ですが、評判のいい染め物師が染めた布です。上品ですが鮮やかなデザインなので、お嬢様のような可憐な方にお似合いですよ」
お嬢様? しかも可憐?
やっぱりこの人、素直過ぎるわ。
「ただ、少々値は張りますが……」
老婦人は、ちら、とランスロット様を上目遣いで見つめた。
彼女からすると、いきなりきてくれた金持ちそうな客に、どうしても高い商品を買わせたいのだろう。
「試着はできるのか?」
「ええ、もちろん」
「アリス、着てみたらどうだ?」
「はい、ぜひ!」
こんなに素敵な服を着られる機会なんて、滅多にない。
私が笑顔で頷くと、老婦人が試着用のスペースへ案内してくれた。
「素敵な恋人ですね」
私にだけ聞こえるように、老婦人が耳元で囁く。
驚いて彼女の顔を見つめると、婦人は茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「身分違いの恋、素敵じゃないですか」
「……恋人に見えるんですか?」
ただの使用人に服を買ってやる主人なんていない。
そう思っただけかもしれない。でも、使用人と召使という関係ではなく、恋人同士に見てもらえたことが嬉しい。
「ええ。ご主人の目を見れば簡単に分かりますよ」
「目?」
「貴女のことが可愛くて仕方ない、という目です。ほら、今も」
ランスロット様へ視線を向けると、すぐに目が合った。
なかなか試着室へ入ろうとしない私を見て不思議そうに首を傾げている。
しかし、その表情は柔らかい。
周りから見ても、私を見るランスロット様の目って、こんなに優しいの?
とたんに恥ずかしくなって、私は青いワンピースで顔を隠した。
「し、試着してきます」
試着室に入り、何度か深呼吸をして心を落ち着かせる。
メイド服を脱いで、ゆっくり青いワンピースに着替えた。
なにこれ!
着心地も最高だわ……!
さすが高級品と言うべきなのだろうか。
滑らかな肌触りにうっとりしてしまう。
「それに、めちゃくちゃ可愛いわ……」
ワンピースに身を包んだ私は、どこぞのご令嬢にしか見えない。
これならランスロット様と並んで歩いていても、使用人になんて思われないはずだ。
「あ、そうだ。これなら……」
ポニーテールをほどき、髪の毛をハーフアップにしてみる。
うん。こっちの方がお嬢様っぽくて素敵だわ。
試着室を出ると、すぐにランスロット様が近寄ってきた。
私をじっと観察し、深く頷く。
「これを買おう。このまま着ていっても構わないな?」
「ご主人様!?」
「他の物がいいなら、それはそれで買ってやる。俺はこれが気に入った」
満足そうに笑い、いくらだ? と婦人に声をかける。
婦人が満面の笑みで伝えた額を、ランスロット様はすぐに支払った。
「あ、ありがとうございます……!」
「これがあれば、隣を歩きやすいんだろう?」
ランスロット様はそっと私の手を握った。
「手を繋いで歩こう。デートなんだからな」
「は、はい……」
どうしよう。心臓がうるさすぎる。
溺愛させてみせるって、ずっと意気込んでいたけれど。
いざ溺愛が始まったら、私の心臓が持ちそうにないわ……!
しかも、私はまだランスロット様に告白されていない。
つまり、正式な溺愛はスタートしていないのだ。
私、どきどきのしすぎでおかしくなっちゃうんじゃないかしら?
大真面目にそんなことを考えてしまう。
「他にほしい物は?」
「……あ、えっと、あれと、あれとか、あと、あれも気になります!」
どきどきしながら、私はワンピースをもう一着と、スカートとブラウスを指差した。
せっかくの機会だ。図々しくおねだりしておくとしよう。
「分かった。全部買おう」
やや呆れながらも、ランスロット様は店員さんにそう言ってくれた。
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