第36話 メイド、ご主人様の買い物に付き合う
「いやあ、やっぱり、可愛い服を着ると気分がいいですね!」
店を出た瞬間から、周囲の目が変わった。
主人と使用人を見る目ではなく、仲のいい恋人同士を見る目になったのである。
まあ、私の気分が変わっただけかもしれないけど。
「お前は本当に分かりやすいな」
「そういうところが可愛いんですよね?」
「……ああ、そうだな」
繋いだ手を、ランスロット様が軽く引っ張る。
すると、私のすぐ横を馬車が通っていった。
「画材屋に行くぞ」
「ええ。素敵な絵具を買いましょう!」
「ああ」
ランスロット様が慣れた足どりで進むため、私はただついていく。
歩きながら、通り沿いの店の窓に映る自分を見つめては、ついにやにやしてしまう。
今の私、最高に可愛いし、最高に楽しいわ!
◆
「ここだ。種類が豊富で、画材はいつもここで買うことにしている」
ランスロット様が入った店は、メインの通りからは少し外れた場所にあった。
店も大きくはなく、看板も地味。
しかし店内には、びっしりと商品が並んでいる。
大小様々なサイズのあるキャンバス、いろんな形の絵筆、そして瓶に入った色とりどりの絵具。
絵を描かない私ですら、わくわくしてしまうような店内だ。
「いらっしゃいませ」
店主はレジ横に座っていて、客がきたというのに立ち上がろうともしない。
白い髭をたくわえた気難しそうな男だ。
「お目当ての物は決まってるんですが?」
「ああ、大体はな。だが、せっかくだ。気に入った物があればいくつか買おうと思っている」
ランスロット様は絵具コーナーへ行くと、真剣な眼差しで小瓶を吟味し始めた。
似たような色味のものでも、少しずつ違っているみたいだ。
「ここの絵具は、どれも天然素材由来の物なんだ」
「へえ……じゃあ、お花とかから作ってるわけですか?」
「そうだ。だからどれも、全く同じわけじゃない。……いつもはヴァレンティンに買いに行かせているが、自分で選ぶのもいいな」
ランスロット様の瞳はきらきらと輝いている。
まるで、おもちゃを前にした子供みたいだ。
ランスロット様は、本当に絵が好きだものね。
黙って商品を選び始めたランスロット様から少し離れ、店内を見てまわる。
どの商品もそれなりに値が張るのは、やはり画材の中でもいい品を取り扱っているからなのだろう。
私にはこういう趣味はないから、やっぱりちょっと羨ましいな。
「アリス」
「あ、ご主人様。決まりました?」
「ああ」
ランスロット様の手には、色とりどりの絵具が入った複数の小瓶がある。
それだけじゃなくて、絵筆も何本かあった。
「これをもらおう」
レジ前のカウンターに商品をおくと、店主は無言で頭を下げた。
不愛想だが、なぜか嫌な感じはしない。
「……いつも、描いた絵はどうしていますか」
購入商品を確認しつつ、店主は低い声でそう聞いてきた。
「家においたままだが」
ランスロット様がそう答えると、なるほど、と店主は頷いた。
「これほど大量に購入していくのは、画家かよほどのお金持ちだけです」
ランスロット様は何も言わない。
まあ、自分でお金持ちです、なんて言うのもあれだもんね。
「私は画材屋の他に、画家と客の仲介も請け負っております。
もし、絵を売りたくなった際は、話を聞きますよ」
「……なぜ? お前は、俺の絵を見ていないだろう」
「ここでの態度を見れば、ある程度の力量は察せますよ」
自信たっぷりに笑った店主が、合計金額を告げる。ランスロット様は言われた通りの金を手渡した。
「分かった。その気になった時は、話を聞きにくるかもしれない」
「ええ、ぜひ」
手を引かれ、二人で画材屋を出る。
昼食を食べ、服屋と画材屋に行ったのだ。それなりに時間が経っていて、日が暮れ始めている。
「……自分で描いた絵を売る、なんて発想はなかったな」
ぼそっとランスロット様が呟いた。
「でも、素敵な絵ですもん。売るかどうかはともかく、部屋の隅に置きっぱなしにするのはもったいないって、いつも言ってるじゃないですか」
「アリスはいつもそう言うな」
「だって私、ご主人様の絵が大好きですから」
ランスロット様が描いた、っていう贔屓目がないとは言えない。
でも、単純に絵だけを見たとしても、ランスロット様の絵が素晴らしいものであることは確かだ。
「仮に画家になったとしても、きっとご主人様なら大成功しますよ」
「画家に?」
「ええ!」
「やはりお前は、面白い発想をするやつだな」
面白い? どこが?
絵が上手いランスロット様が画家になるっていうのは、自然な話だと思うんだけど。
「考えてみてもいいかもしれないな」
くすっとランスロット様は笑う。
楽しそうな笑顔に、私まで嬉しくなる。
「ヴァレンティンに、なにか土産でも買って帰るか」
「ええ、そうしましょう。きっと待っていますよ」
「ああ。今度は、3人できてもいいかもしれないな」
「……なんていうか、それはちょっと、複雑ですけど」
私の顔を見てランスロット様は派手に笑った。
「また、デートもしよう」
「絶対ですよ?」
「ああ。絶対だ」
並んで歩きながら、ヴァレンティンさんへのお土産を二人で考える。
デートが終わってしまうのは寂しいけれど、帰る家が同じなことは嬉しい。
今日のデート、最高に楽しかったな。
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