第36話 メイド、ご主人様の買い物に付き合う

「いやあ、やっぱり、可愛い服を着ると気分がいいですね!」


 店を出た瞬間から、周囲の目が変わった。

 主人と使用人を見る目ではなく、仲のいい恋人同士を見る目になったのである。


 まあ、私の気分が変わっただけかもしれないけど。


「お前は本当に分かりやすいな」

「そういうところが可愛いんですよね?」

「……ああ、そうだな」


 繋いだ手を、ランスロット様が軽く引っ張る。

 すると、私のすぐ横を馬車が通っていった。


「画材屋に行くぞ」

「ええ。素敵な絵具を買いましょう!」

「ああ」


 ランスロット様が慣れた足どりで進むため、私はただついていく。

 歩きながら、通り沿いの店の窓に映る自分を見つめては、ついにやにやしてしまう。


 今の私、最高に可愛いし、最高に楽しいわ!





「ここだ。種類が豊富で、画材はいつもここで買うことにしている」


 ランスロット様が入った店は、メインの通りからは少し外れた場所にあった。

 店も大きくはなく、看板も地味。

 しかし店内には、びっしりと商品が並んでいる。


 大小様々なサイズのあるキャンバス、いろんな形の絵筆、そして瓶に入った色とりどりの絵具。

 絵を描かない私ですら、わくわくしてしまうような店内だ。


「いらっしゃいませ」


 店主はレジ横に座っていて、客がきたというのに立ち上がろうともしない。

 白い髭をたくわえた気難しそうな男だ。


「お目当ての物は決まってるんですが?」

「ああ、大体はな。だが、せっかくだ。気に入った物があればいくつか買おうと思っている」


 ランスロット様は絵具コーナーへ行くと、真剣な眼差しで小瓶を吟味し始めた。

 似たような色味のものでも、少しずつ違っているみたいだ。


「ここの絵具は、どれも天然素材由来の物なんだ」

「へえ……じゃあ、お花とかから作ってるわけですか?」

「そうだ。だからどれも、全く同じわけじゃない。……いつもはヴァレンティンに買いに行かせているが、自分で選ぶのもいいな」


 ランスロット様の瞳はきらきらと輝いている。

 まるで、おもちゃを前にした子供みたいだ。


 ランスロット様は、本当に絵が好きだものね。


 黙って商品を選び始めたランスロット様から少し離れ、店内を見てまわる。

 どの商品もそれなりに値が張るのは、やはり画材の中でもいい品を取り扱っているからなのだろう。


 私にはこういう趣味はないから、やっぱりちょっと羨ましいな。


「アリス」

「あ、ご主人様。決まりました?」

「ああ」


 ランスロット様の手には、色とりどりの絵具が入った複数の小瓶がある。

 それだけじゃなくて、絵筆も何本かあった。


「これをもらおう」


 レジ前のカウンターに商品をおくと、店主は無言で頭を下げた。

 不愛想だが、なぜか嫌な感じはしない。


「……いつも、描いた絵はどうしていますか」


 購入商品を確認しつつ、店主は低い声でそう聞いてきた。


「家においたままだが」


 ランスロット様がそう答えると、なるほど、と店主は頷いた。


「これほど大量に購入していくのは、画家かよほどのお金持ちだけです」


 ランスロット様は何も言わない。


 まあ、自分でお金持ちです、なんて言うのもあれだもんね。


「私は画材屋の他に、画家と客の仲介も請け負っております。

 もし、絵を売りたくなった際は、話を聞きますよ」

「……なぜ? お前は、俺の絵を見ていないだろう」

「ここでの態度を見れば、ある程度の力量は察せますよ」


 自信たっぷりに笑った店主が、合計金額を告げる。ランスロット様は言われた通りの金を手渡した。


「分かった。その気になった時は、話を聞きにくるかもしれない」

「ええ、ぜひ」


 手を引かれ、二人で画材屋を出る。

 昼食を食べ、服屋と画材屋に行ったのだ。それなりに時間が経っていて、日が暮れ始めている。


「……自分で描いた絵を売る、なんて発想はなかったな」


 ぼそっとランスロット様が呟いた。


「でも、素敵な絵ですもん。売るかどうかはともかく、部屋の隅に置きっぱなしにするのはもったいないって、いつも言ってるじゃないですか」

「アリスはいつもそう言うな」

「だって私、ご主人様の絵が大好きですから」


 ランスロット様が描いた、っていう贔屓目がないとは言えない。

 でも、単純に絵だけを見たとしても、ランスロット様の絵が素晴らしいものであることは確かだ。


「仮に画家になったとしても、きっとご主人様なら大成功しますよ」

「画家に?」

「ええ!」

「やはりお前は、面白い発想をするやつだな」


 面白い? どこが?

 絵が上手いランスロット様が画家になるっていうのは、自然な話だと思うんだけど。


「考えてみてもいいかもしれないな」


 くすっとランスロット様は笑う。

 楽しそうな笑顔に、私まで嬉しくなる。


「ヴァレンティンに、なにか土産でも買って帰るか」

「ええ、そうしましょう。きっと待っていますよ」

「ああ。今度は、3人できてもいいかもしれないな」

「……なんていうか、それはちょっと、複雑ですけど」


 私の顔を見てランスロット様は派手に笑った。


「また、デートもしよう」

「絶対ですよ?」

「ああ。絶対だ」


 並んで歩きながら、ヴァレンティンさんへのお土産を二人で考える。

 デートが終わってしまうのは寂しいけれど、帰る家が同じなことは嬉しい。


 今日のデート、最高に楽しかったな。

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