第37話 メイド、本人の前でのろける
「やっとついたな」
「はい」
馬車を下りると、玄関の扉が開いた。
中から、笑顔のヴァレンティンさんが出てくる。
「おかえりなさいませ。夕食の準備はできていますよ」
私とランスロット様は顔を見合わせて笑顔になった。
昼食をとってからそれなりに時間が経過し、今はもうかなり空腹なのだ。
「ヴァレンティンにも土産だ」
「いっぱい買ってきましたよ!」
ランスロット様が紙袋をヴァレンティンさんへ手渡す。
中に入っているのは調味料だ。この村では見かけないような珍しいものをいくつか買ってきた。
調味料って、仕事道具な気がしないでもないけど、ヴァレンティンさんは料理をするのが好きだものね。
それに、ランスロット様から袋を受け取ったヴァレンティンさんの顔はとても嬉しそうだ。
まあ、どんな物をもらったとしても喜びそうだけど。
「それと、これをみんなで食べようと思って」
丁寧に抱えていた箱をヴァレンティンさんの目の前に持っていく。
「ケーキです。デザートにぴったりですよ!」
「いいですね。なにより、お二人が楽しめたようで私も嬉しいです」
「とっても楽しかったです!」
「そうですか。それでは、夕飯の時にたっぷり話を聞かせてもらわないといけませんね」
話しながら屋敷の中へ入る。
家に帰ってきた安心感でどっと疲れが押し寄せてきた。
今日の夜はよく眠れるだろう。
◆
ヴァレンティンさんが用意してくれていた夕飯はシチューだった。
野菜も肉もとろとろで、時間をかけて煮込んでくれたのが分かる。
「美味しそう……!」
息をかけて少し冷ましてから、シチューを食べる。
口の中に広がる濃厚な味が美味しくて、思わずにやけてしまう。
「すっごく美味しいです!」
「ああ。ヴァレンティンの料理はいつも美味しい」
「ありがとうございます。褒めてもらえると、やる気が出ますよ」
もう一口食べてから、私はパンに手を伸ばした。
このパンも自家製で、その上焼き立てである。
本当、ヴァレンティンさんって有能すぎるわね。
パンにシチューをつけ、勢いよくかぶりつく。
パンとシチューの相性が最高なのは、ここでも日本でも同じだ。
「本当に美味しい……!」
「アリスさんはいつも美味しそうに食べてくれますね」
「だって美味しいんですもん!」
ヴァレンティンさんの料理は家庭的な側面を持ちながらも、そこらへんの店より圧倒的に美味しい。
要するに、最高ってこと。
「美味しいレストランで昼食をとったようですから、少し緊張していたんですよ。
比べられたら怖いなと」
「そんなことないですよ! ねえ、ご主人様!」
「ああ。店も美味しかったが、ヴァレンティンには敵わないな」
「そう言っていただけると、明日も美味しい料理を作ろうという気になりますよ」
ヴァレンティンさんの料理は、決して今日のレストランに負けていない。
本気でそう思う。
「それで、どんなお店だったんですか?」
レストランの話が気になるのか、ヴァレンティンさんは興味津々だ。
そんな様子を見ていると、二人きりで行ってしまったことが少しだけ申し訳なくなる。
「こじんまりとした店だったな。ハープの演奏家もいた」
「そうですそうです。照明もちょっと暗めで、お洒落な感じでしたし」
「なるほど……味だけでなく、食事を楽しむ空間にも人気の秘訣があった、というわけですね」
ヴァレンティンさんが何度も深く頷く。そして、茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「そのあたりに、人気の店を作るヒントがあるかもしれませんね」
「……あ!」
そういえば、そうだった。
人気の店を作るために、流行りのお店を視察したんだった……!
「つい、ご主人様とのデートが楽しすぎて忘れていました」
「そんなに楽しかったんですね」
ヴァレンティンさんは口元に手を当てて、嬉しそうに笑った。
なんだか温かい気持ちになって、もっと話したくなる。
「はい! しかもご主人様ったら優しくて。この服だって買ってくれたんですよ?」
「それはそれは。坊ちゃんもアリスさんが可愛くて仕方ないんでしょうね」
「そうなんです、たぶん! しかも、ご主人様の服装も格好いいですよね」
「分かります。坊ちゃんはスタイルもよくて、何を着ても似合うんですけどね」
私とヴァレンティンさんが盛り上がっていると、ランスロット様が深い溜息を吐いた。
「お前たち、それは俺がいないところでする話じゃないのか」
呆れているような口ぶりだけれど、ランスロット様の頬はわずかに赤く染まっている。
照れてるなんて、やっぱり可愛い!
可愛いだけじゃなくて格好いいし、色気まであるんだから、本当に完璧だわ。
「でも、私とヴァレンティンさんがこっそり内緒話してたら、ご主人様は寂しいでしょう?」
「……別に、寂しくなんてないが」
「嘘です。ご主人様はきっと拗ねちゃいますよ」
だって、めちゃくちゃ嫉妬深いし。
目だけでそう伝えると、ランスロット様は大きく咳払いした。
「それより、店について話すぞ。せっかく視察してきたんだからな」
「えー、そんなこと言って、私とのデートがメインだったじゃないですか」
「……アリス」
ランスロット様の頬がもっと赤くなってしまった。
よく考えたら、ランスロット様にとってヴァレンティンさんは家族みたいな存在なのよね。
そんな人の前で恋バナなんてされたら、そりゃあ恥ずかしいか。
うん。もうちょっとからかいたいけど、今日はここまでにしておこう。
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