第38話 メイド、売れるレストランについて考える

「やっぱり売れるには、味以外のところも重要だと思うんです」


 昼食をとったレストランを思い出しながら話す。

 もちろん味も美味しかったが、その他の工夫も多い店だった。


「俺もそう思う。味だけで言えば、同じような店は他にもあるだろう」

「なるほど。私は行っていないから分かりませんが、お二人が言うならそうなんでしょうね」


 売れるための要素は、美味しさだけじゃない。

 これって、日本も同じよね。

 大人気! なんてネットで見たお店でも、いざ食べてみたら美味しくなかったことだってあるし。


 まあ、この世界にはスマホやSNSがないから、映えの重要度は低いんだろうけど。


 それでも、なにか共通している要素はあるはずだ。


「席数が少ないのも、よかったのかもしれないな」

「分かります! なんか、特別感ありますし、静かでしたし!」


 大きな店になれば、その分客の会話も多くなる。

 居酒屋などの賑やかな店にはいいのだろうが、落ち着いて食事をとるには微妙だ。


 落ち着いた空間に、上品なハープの音色。


 うん、やっぱり、特別感を演出する、っていうのが大事ね。


「小さい店を参考にするのはいいですね。いきなり大きな店を作るというのは大変でしょう」


 ヴァレンティンさんの言う通りだ。

 新しく建物を作るとなると、建設費用もかかるし、時間もかかってしまう。


「問題は、どうやって特別感を出すか、だな」


 ランスロット様の言葉にヴァレンティンさんが真剣な表情で頷く。

 正直、そこが一番の問題なのだ。


 地元の野菜を使ったレストラン? ……アピールポイントとしては悪くないけど、特別ってほどじゃないわね。


 考えるのよ、アリス。

 せっかく私には、二人にはない前世の記憶があるんだから!


 日本で流行っていたレストランの共通点を考えてみよう。


 でも私、そんなにグルメなタイプじゃなかったのよね。

 長時間並ぶのが嫌で、あんまり人気のお店には行かなかったし。

 予約ができたらいいけど、人気のお店って予約もなかなかできないもん。


 ……って、あれ?

 そういえば、それも立派な共通点なんじゃないの?


「予約がとれない、というのはどうでしょう?」


 私の言葉に、二人は首を傾げた。

 人気店は予約が難しい、という認識はあっても、予約がとれないから人気店だ、という発想はないのだろう。


 でも絶対、予約がとれないからさらに人気になる、っていうのもあるはずよ。

 ネットのニュースで、予約が2年待ちのレストランを見たことがある。

 すごく美味しいということだったけれど、ほとんどの人は味を知らないはずだ。


 それでも、2年待ってまでそのレストランに行きたがる人が大勢いる。

 それはなぜか?


 それほど予約ができないのだから、さぞかし人気で美味しいのだろう、と人々が考えるからである。


「予約がとれないほどの人気店、という噂が流れれば、興味を持つ人は多いんじゃないでしょうか?」


 私がそう言うと、ランスロット様もピンときたようだった。


「確かにな。特に貴族の連中は、貴重であればとにかくいい、と考える奴も多い。

 他の人が食べられないものを食べ、他の人が手に入れられないものを持つことに価値を見出すらしい」


 田舎にある、予約困難なレストラン。


 うん。いい。すごくいい。

 絶対、興味を持つ人が一定数いるはずだ。


 俺は行ったことがあるぞ、なんて自慢しやすいもの。


「アリスさんの発想にはいつも驚かされますね」


 ヴァレンティンさんも感心したような眼差しを向けてくれる。

 たいしたことを言ったわけじゃないけれど、褒められるのは気分がいい。


「他にも、なにか考えはないか?」

「えっ?」


 正直、ない。

 でも、ないですと答えるのもなんだか嫌だ。せっかく、ランスロット様が期待してくれているんだろうし。


 えーっと、特別感よね。美味しいご飯だけじゃなくて、素敵な空間を演出しなきゃいけないんだわ。

 今日のお店ではハープだった。でも、演奏家を常に雇っておくなんて、いきなりハードルが高そう。


 わざわざこんな田舎までレストランのためにきてくれる人たちは、きっとお金持ちよね。

 お金持ちが好みそうなものと言えば……芸術?


「あ!!」


 私、ひらめいちゃった。

 完璧どころか、完璧すぎるアイディアだ。


「どうしたんだ、急に大声を出して」

「私、いいこと思いついちゃったんです」

「いいこと?」

「レストランには、ご主人様の絵を飾るんですよ! それも、商品として」


 私の言葉に、ランスロット様もヴァレンティンさんも目を丸くした。


「店内に素敵な絵が飾っているだけで、華やかで特別な空間になると思います。

 でも、それだけじゃなくて、絵を販売することで、より特別さを作り出せるんです」


 しかも、ランスロット様の絵を多くの人に見てもらえる。

 私にとっては、それも大切なことだ。


「レストランで食事をした人だけが買うことのできる特別な絵。

 そしてその絵を描くのは伯爵にして、若き天才画家」

「……言い過ぎだぞ」

「私は本当にそう思っていますから」


 上手くいけば、この村だけじゃなく、ランスロット様のことも画家として有名にすることができる。

 一石二鳥の、最高な作戦じゃない!?


「いいですね。私も賛成です」

「ヴァレンティン……!」


 ランスロット様は困ったような顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑い出す。


「お前といると、驚かされてばかりだな」

「楽しいでしょう?」

「ああ」


 ランスロット様は頷いて、居間に飾っている絵へ視線を向けた。


「……絵を人に見てもらうのも、悪くない」


 領民たちに絵を褒められた時、ランスロット様はとても嬉しそうにしていた。

 当たり前だ。あれだけ一生懸命描いているのだから。


 だからこそ、ランスロット様の絵は、もっと多くの人に見てもらうべきだわ。


「みんなで、素敵なレストランを作りましょう!」


 上手くいくかは分からない。

 でもきっと、どう転んでも楽しいはずだ。だったら、それでいい。


 みんなが楽しく過ごせるのが、一番だもの。

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