第33話 メイド、デートに誘われる

「アリス、街へ行かないか?」

「え?」


 ランスロット様が私の部屋にやってきたのは、眠りにつく寸前のことだった。

 慌ててベッドから飛び降りたせいで、髪もぼさぼさである。

 その上、当然ながらすっぴんだ。


 なにかあったのかと慌てた私に、ランスロット様が先程の言葉を言い放ったのである。


「……街?」

「ああ。絵具を買いに行くんだ。ようやく下書きが終わったからな」


 ぼんやりとしていた頭が、少しずつ覚醒していく。


 そうだ。今日の昼間、やっと色塗りに入れる、なんて言ってたっけ。


 ランスロット様はここ最近、ずっと私の絵を描いていた。

 その下絵が今日、ついに完成したのだ。


 窓から差し込む日光を浴びながら、幸せそうに笑う私。


 ランスロット様がどんな風に色を重ねるのかを想像するだけでわくわくする。


「いつもはヴァレンティンに買ってきてもらってたんだが、たまには自分で行くのもいいと思ってな」

「つまり、デートのお誘いというわけですね?」


 ランスロット様がわざとらしく溜息を吐く。

 でも、私はそんなことじゃ誤魔化されない。


「デートなら、ちゃんとデートって言ってください」

「……言わないとだめなのか?」

「言ってくれたら、可愛い可愛い私が、すっごく喜びますけど?」


 いつもの私なら、ここまでは言わなかったかもしれない。

 しかし、眠りかけていたのを邪魔されたのだから、これくらい要求しても許されるはずだ。


「……分かった」


 すう、とランスロット様が軽く息を吸う。

 少し緊張したような表情が新鮮だ。


「俺と、デートしてくれないか?」


 言い慣れていない台詞なのだろう。ランスロット様の声は、恥ずかしさで震えていた。


 あー、可愛い!

 うん、大満足。眠るの邪魔されたことくらい、もう完全に許したわ。


「喜んで、ご主人様! アリスはとっても嬉しいです!」


 満面の笑みでそう告げ、ぴょんぴょんと跳ねてはしゃぐ。

 私の反応を見て、ランスロット様は安心したように笑ってくれた。


「馬車はもう手配してある。明日の昼前にここを出発するぞ」

「分かりました! 明日はいつも以上に可愛くしますね!」


 街に行くなんて初めてだ。

 転生してすぐにここへやってきたから、街を見てまわったことなんて一度もない。


「じゃあ、また明日。……おやすみ、アリス」

「おやすみなさい、ご主人様!」


 部屋の扉が閉められる。

 すぐにベッドへ戻ったけれど、なかなか眠気は戻ってきてくれない。


 初めての街に、初めてのデート。

 わくわくせずにはいられない。


「だって、絶対楽しいもん……!」


 目を閉じて、ランスロット様と二人で街を歩く姿を想像する。


 手とか繋いじゃったり? いや、それどころか、腕を組んじゃうとか?


「やばい。妄想だけで徹夜しちゃいそう」


 デート前に徹夜するわけにはいかない。肌の調子が崩れるからである。


 目を閉じて、私は必死に睡魔を呼び戻した。





「よし、完璧! ……って、言いたいところだったんだけど」


 鏡を見て、軽く溜息を吐く。もちろん今日の私も最高に可愛い。しかし、問題は服だ。

 私が着ているのは、いつもと同じヴァレンティンさん特製のメイド服。


「可愛いけど、どう見てもデート用の服じゃないのよね」


 しかし、私が持っている服にデート用の服なんてなかったのだ。

 ぼろい麻の私服よりは、可愛いメイド服の方がまだマシだろう。


 せめていつもと雰囲気を変えたくて、髪型はツインテールじゃなくてポニーテールにしてみた。


「今日のデート、頑張るぞ……!」


 絶対たくさんときめかせて、私をもっと好きにさせてみせるんだから!





「馬車がきたぞ」

「ご主人様! ……いつもと雰囲気違いますね?」

「街へ行くからな」


 ランスロット様はいつもよりかっちりとした服を着ている。

 薄紫色のシャツに、灰色のジャケット。そしてジャケットとお揃いのパンツ。

 長い髪はいつも通り後ろで束ね、黒いハットをかぶっている。


 どこからどう見ても、完璧で色気のある紳士じゃない……!


「行くぞ、アリス」


 ランスロット様について玄関を出る。

 御者が笑顔で馬車の扉を開けてくれた。


 私がここへきた時は相乗りの馬車だったし、村の入り口で下ろされた。

 貸し切りの馬車をここまで呼ぶのに、いったいどれほどの費用がかかったのだろう。


「アリス? どうかしたか?」

「い、いえ。久しぶりに馬車に乗れるのが嬉しくて!」


 もちろん、馬車の中には他に誰もいない。

 向かい合って腰を下ろすと、馬車が緩やかに進み出した。


「街についたら、まずは食事にするか」

「はい! お腹空きました!」

「実はもう、流行りの店を予約してある」


 私を見て、ランスロット様が得意げな顔を浮かべた。


 すごーい! 素敵! なんて反射的に言ってしまうのは、職業病のようなものである。


「人気の店に行けば、参考になることもあるだろう」

「確かにそうですね」


 この村を観光地として人気にするには、流行りの店を作ることは必要不可欠だろう。

 そのために、街の店を視察することには意義がある。


「帰りの馬車は夕方に予約してあるが、長引けば時間をずらせばいい」

「いいんですか?」

「ああ。それくらい、どうとでもなる」


 そう言ったランスロット様はいつもより楽しそうだ。

 私と同じように、ランスロット様も街でデートをすることが嬉しいのだろう。うん、そうに違いない。


「じゃあ、なるべく長く街にいたいです」

「そんなに街が好きなのか?」

「ご主人様と二人きりになれる時間が好きなんです」


 にっこりと笑って立ち上がる。わずかに馬車が揺れた。


「せっかくだから、隣に座ってもいいですか?」


 返事を聞く前にランスロット様の横に腰を下ろす。

 そして、肩と肩がわずかに触れ合うくらいまで近づいた。


「今日は二人で、いっぱい楽しみましょうね!」


 私とランスロット様の、記念すべき初デート。

 絶対に、最高の思い出にしてみせるわ!

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