第45話 メイド、レストランのオープンを迎える

 今日はいよいよ、エリーの開店日、エヴァンズ男爵がやってくる日だ。

 実際に食事をするのは2名。エヴァンズ男爵とその妻である。


 まあ、一応、アルバートさんの分も用意してあるんだけどね。


「よし!」


 今日はいつものヴァレンティンさん特製メイド服ではなく、クラシカルなメイド服を着ている。


 ランスロット様はどっちでもいいって言ってたけど、やっぱり今日はこっちがいいと思うんだよね。


 仕込みのため、ヴァレンティンさんは早朝からエリーへ行っている。

 エヴァンズ男爵たちが到着するのは、ちょうど正午ということだ。


 私もそろそろエリーへ行って、接客の準備をしなければいけない。


「ご主人様」


 ランスロット様の部屋を軽くノックし、扉を開ける。

 そこには、正装したランスロット様が立っていた。


 王道の黒タキシード、悔しいくらい似合ってる……!

 足長いし、スタイルよすぎない?

 その上、ちょっと着慣れていない感じが、またいい……!


「アリス。そろそろ行くのか?」

「はい。そのつもりです!」

「なら、俺も一緒に行こう」


 ランスロット様は、食前と食後にエヴァンズ男爵に挨拶をする予定だ。

 でも、私と違って特に準備することはないから、まだ屋敷を出る必要はない。


「ご主人様も、もう行くんですか?」

「ああ」

「私と一緒にお散歩したいだけだったりして」


 からかうように顔を覗き込むと、あっさり頷かれてしまう。


「そうだ。お前と歩くのは楽しいからな」


 そして、口の端だけをあげて軽く微笑む。私が大好きなランスロット様の笑顔だ。


 絶対、私が好きだって分かってやってるじゃん!

 狡い、と思いながらも、また好きになってしまう。


「行こう、アリス」


 そう言って、ランスロット様は自然に私の手を握った。





 エリーの店内はくまなく磨き上げられ、テーブルクロスにもしわ一つない。

 椅子も座り心地のいい上質な物を用意している。


 居心地のよさなら、絶対に負けないはずだ。


 このあたりは静かだから、外がうるさいってこともないもの。


 エヴァンズ男爵とその夫人がくるんだから、接客はいつもより落ち着いた感じで、でも、かなり丁寧にしないとよね。

 明るく元気にしつつも、わざとらしいぶりっ子はたぶんいらない。


 頭の中で何度もシミュレーションを重ねる。絶対に、失敗するわけにはいかないから。


「そんなに気を張らなくていい」


 内装を改めて眺めていたランスロット様が、そっと私の肩を叩いた。


「アリスなら大丈夫だ。それに、なにか困ったことがあれば、俺を呼べばいい」


 男爵たちが食事をしている間、ランスロット様は空き部屋で待機することになっている。

 一度屋敷に戻るのも手間だし、なにかあればすぐに対応するためだ。


「ありがとうございます、ご主人様」


 失敗するつもりはない。でも、ランスロット様がそう言ってくれて安心した。


「一緒に頑張ろう、アリス」

「はい!」





 エリーの扉が、控えめにノックされる。

 入り口付近に待機していた私は、すぐに扉を開けた。


「いらっしゃいませ!」


 明るい声と、元気いっぱいの笑顔。

 それと、店に合うような上品な立ち居振る舞い。


 うん、完璧だわ。


「今日はありがとう。アルバートから予約がとれたと聞いて、本当に喜んだんですよ」


 そう言って笑ったのが、おそらくエヴァンズ男爵だ。

 髪も髭も真っ白で、歩くのがきついのか、立派な杖をついている。

 穏やかな雰囲気を纏った老紳士だ。


「こちらこそ、ご予約いただき、誠にありがとうございます。

 主人であるサリヴァン伯爵も、とても喜んでいました」

「本当ですか。ぜひ、サリヴァン伯爵にもお会いしたいのですが」


 そう言った瞬間、エヴァンズ男爵がふらっとよろけた。

 それを、隣に立つ夫人がすぐに支える。


 夫人は、エヴァンズ男爵よりは少し若いようだ。

 それでも、もう白くなった髪を綺麗に結い上げ、宝石のついた華麗な髪飾りをつけている。


「すまないね。私は足が悪くて」

「そんな……! 謝る必要なんてありません。席を用意しておりますので、すぐに案内しますね。

 主人も、そこで待っておりますので」


 ただの使用人である私相手にも、すごく丁寧な人……。


 感動しながら、二人を部屋へ案内する。二人の後ろには、穏やかな微笑みを浮かべたアルバートさんがいた。


「こちらです」


 部屋の扉を開けようとしたところ、お嬢さん、とエヴァンズ男爵に声をかけられた。


「もしかして、この絵はお嬢さんがモデルなのかい?」


 エヴァンズ男爵が指差したのは、もちろん私が描かれた絵である。

 服装が違うものの、すぐに分かったようだ。


「はい」

「この絵を描いたのは、どんな画家なんだい? 若い画家としか聞いていないんだ」


 足が悪いはずなのに、エヴァンズ男爵は立ったまま熱心に絵を見つめている。


「主人である、サリヴァン伯爵が描いたものです」

「なんと! まさか、サリヴァン伯爵がその若い画家なのかい?」

「はい」


 エヴァンズ男爵は目を見開いた後、改めて絵を観察し始めた。


 実は宣伝にあたって、画家の正体がランスロット様だという話はしていない。

 みんなで話し合った結果だ。


 伯爵の絵だと言えば、ただの貴族の趣味だと思われるかもしれない。


 そう判断したからである。

 もちろん、どんな画家かと直接尋ねられれば、ランスロット様だと答える。

 しかしそれは、素晴らしい絵を見てもらってからだ。


 絵を見た後なら、貴族の趣味、だなんて言えないはずだもの。


「なんと……伯爵が、これほど技量のある画家だったとは」


 呆然とした様子で呟き、エヴァンズ男爵は壁に飾られた私の絵に一歩近づいた。


 その瞬間、開けようとしていた部屋の扉がゆっくりと開く。


「エヴァンズ男爵」


 どうやら、しびれをきらしたランスロット様が出てきたようだ。


「今日はご来店、ありがとうございます。

 よければ食事の前に、少し話しませんか?」

「ぜひ、お話ししたい」


 そう答えたエヴァンズ男爵の瞳はきらきらと輝いている。

 顔色も、ここへきた時よりいい気がする。


 ふと、夫人と目が合った。夫人は幸せそうに微笑んで、ありがとう、と口だけで言ってくれた。


 なんて素敵な夫婦なのかしら!


「では皆さん、お席へどうぞ」


 私がそう言うと、ようやくみんなが部屋の中へ入っていった。

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