第40話 メイド、とにかく宣伝しまくる

「よし、ばっちりね」


 鏡に映る自分を見て頷く。

 今日はいつものメイド服に、耳の上で結んだツインテール。そして、ラメ多めの可愛いメイク。

 私にとっての正装であり、完全武装である。


 部屋を出て、行ってきます、と大声で挨拶してから屋敷を出る。

 今は昼前。ちょうど、広場に行商たちがやってくる時間だ。


 SNSがないのなら、噂は人から人へ伝わっていくはずだ。

 じゃあ、より多くの噂を伝えるのは誰なのか?


 考えた結果、行商が頭の中に浮かんだのだ。

 行商は仕事上、様々な場所を行き来する。そして商品を売る際に、その土地の人々とコミュニケーションをとるはずだ。


「宣伝してもらうにはぴったりよね」


 都会に住むほとんどの人は、ここのことを知らないだろう。

 地図の上では知っていても、どんな場所かは知らないはずだ。


 だとすれば、行商の話を信じるに違いない。


「行く場所行く場所で、新しいレストランのことを宣伝してもらうのよ」


 文字通り、歩く広告塔になってもらうわけだ。


 しかし、行商の雇用主でもなんでもない以上、宣伝してくれ、と頼むのは難しいはずだ。

 金銭で釣るのも、発覚した時に印象が悪い。


「でも、私なら大丈夫」


 なぜなら、最高に可愛いから!

 私が可愛くおねだりすれば、きっと行商たちは宣伝してくれるはず。


 ヴァレンティンさんは料理で、ランスロット様は絵でレストランに貢献している。

 だったら私も、私なりに貢献しなくちゃ!





 広場に到着すると、既に何人か行商が到着していた。

 しかしまだ到着したばかりのようで、商品を並べている途中である。おまけに、まだ客もきていない。


 これはチャンスだわ!

 商売の邪魔をせずに、ゆっくり話ができるんだから。


「あの!」


 近くにいた行商に声をかける。

 どうやら、干し肉を販売している行商のようだ。


「すいません、まだ準備が……」


 顔を上げた行商を見て、私は心の中でガッツポーズをした。


 おじさんだ!


 つまり、私のメインターゲットである。

 老若男女問わず魅了する自信はあるけれど、やっぱり一番得意な相手はおじさんなのだ。


「早くから準備、大変ですね。焦ってないので、大丈夫ですよ!」


 とにかく笑顔、これがまず重要だ。


「それに正直、まだ準備できてない方がありがたいんです」

「そりゃあまた、なんで?」

「だって、おつかいが早く終わったら、早く仕事に戻らなきゃいけないんですもん!」


 私の言葉に、行商は大笑いした。そして、確かにねぇ、としみじみ呟く。


 この世界でもやっぱり、仕事が嫌だ、なんて話は共通の話題よね。

 共感できる話をすれば、年齢や性別が違っても親近感を覚えてくれるはず。


「だから、お店の準備ができるまでお話してもいいですか? あっ、できることがあったら手伝いますよ!」


 初対面で距離を詰めるには、あざとすぎるくらいがちょうどいい。

 予想通り、行商はにやけた顔で頷いた。


「もちろん。並べるの手伝ってくれたら、サービスしちゃうよ」

「わーい、ありがとうございます!」


 うん、あとはこの流れで、自然に店の宣伝をするだけ。


「そういえば、ここへは頻繁にくるんですか?」

「いや、そういうわけじゃないかな。いろんなところに行くから」


 宣伝してもらうにはうってつけの人ね!


「じゃあじゃあ、この村に今度できるっていうレストランの話、まだ聞いてないですか?」

「レストラン? ここに?」

「はい。こじんまりとしたレストランらしいんですけど、開店前から予約がいっぱいらしくて」


 これは嘘である。

 そもそもまだ店は準備中で予約受付を開始していない。


 でもまあ、時には嘘も必要だもの。

 すぐに真実になるんだから、問題ないわ。


「へえ。なんでそんなに開店前から評判なの?」


 行商は興味を持ってくれたみたいだ。

 彼にしてみれば、他の土地に行った時の話のネタになるのだろう。


「ちょっと変わったお店で、そのお店でだけ買える画家の絵があるらしいんです」

「レストランで絵? 確かに、変わった店だね」

「しかも、料理人の一人は、宮殿で働いていた経験があるんですって!」


 私の言葉に、行商は目を丸くした。

 こんな田舎に宮殿で働いていた人がいるなんて思わなかったのだろう。


 これは嘘じゃない。ヴァレンティンさんは以前、宮殿で働いていたのだ。

 まあ、執事として働いていたから、宮廷料理人だった、ってわけじゃないんだけど。


「それは確かに、予約が殺到してもおかしくないね」

「そうなんですよ」


 干し肉を並べる手を止め、私は顎の下で両手を組んでじっと行商を見つめた。

 とびきり可愛い、おねだりポーズである。


「それで、お願いがあるんですけど」


 何も言わなくても、きっと行商はこの話を他人にしてくれるだろう。

 しかし数人に話しただけで終わるかもしれない。


「よかったらこの噂を、いろんなところで広めてほしいんです」

「いいけど……どうして?」

「私、この村が大好きなんです。だから、もっとたくさんの人が、この村にきてくれるようになったら嬉しいなって」


 私の言葉に行商は感動したらしい。分かったよ! と言って、何度も力強く頷いてくれる。


 生まれ育った村を大切に思う、心優しい少女。

 きっと、彼の目に私はそう映ったはず。


 ここで生まれ育ったわけじゃないんだけど、ね。


「ありがとうございます! 干し肉、たっぷり買わせてもらいますね!」


 宣伝費も兼ねているから、と今日は潤沢に資金をもらっている。

 この行商だけでなく、あと何人かには同じ作戦が使えるだろう。


 今日はとことん、宣伝しまくるわよ!

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