第42話 メイド、レストランの名前を聞く

「アリス、ちょっと部屋にきてくれ」


 私が居間の掃除をしていると、ランスロット様に呼ばれた。

 すぐに掃除を切り上げ、二人でランスロット様の部屋に向かう。


「レストランに飾る絵を決めたいんだが」


 扉を開けると、中央にあるテーブルの上に様々な絵が置かれていた。

 場所が足りなかったのか、ベッドの上にも絵がある。


 それぞれキャンバスのサイズも違う。しかしそのどれもが風景画だということは共通していた。


 すごいわ。

 いっぱいあることは知ってたけど、こんなにあるなんて……!


 いったい、いつからランスロット様は絵を描いていたのだろう。


「全部を飾ることはできないだろう」

「ええ。そうですね。……でも、絵が売れれば、そのスペースにまた新しい絵をおけますから、いずれは全部飾れますよ!」


 これほど美しい絵なのだから、売れるに決まっている。

 私だって、お金があったら買い取りたいくらいだ。


「ああ、そうなるといいな」


 ランスロット様は微笑んで、テーブルの上においていた一番大きい絵を指差す。


「これは飾ろうと思っている」


 夜明けの空を描いた絵だ。

 何種類もの紫色を重ねて描かれた空は綺麗で、ずっと見ていたくなる。


「大賛成です! 落ち着いた雰囲気が、こじんまりとしたレストランにも合いますし」

「だろう。それと……」


 ランスロット様は部屋の奥へ行き、棚を開けた。

 絵は全て出しているのかと思っていたけれど、まだしまっていた物があったようだ。


「これも飾るつもりだ」

「あ……! これ、私じゃないですか!」


 ランスロット様が手にしているのは、私の肖像画だ。

 いつの間にか、色塗りまで完全に終わっていたらしい。


 風景画ばかりのランスロット様の作品の中では、肖像画というだけでかなり目立つ。


「すごい……!」


 写真みたいにそっくり、というわけじゃない。けれど私を知っている人が見れば、絵の少女は私だとすぐに気づくだろう。

 幸せそうに笑っている少女は、見る者を幸せにするオーラを纏っている。


「色遣いにも苦労した。……華やかにしたかったが、同時に温かい色味にしたくてな。

 髪の毛は特に工夫したんだ」


 絵の中の私はヴァレンティンさん特製のメイド服を着て、耳の上でツインテールをしている。

 ランスロット様にとって、これがいつもの私なんだろう。


「綺麗な色……」


 私の髪は金色だ。しかし絵の私の髪は、一色で描かれていない。

 毛先にいくにつれて色が柔らかくなっているし、窓から差し込む光を浴びて、ところどころきらきらと輝いている。


「だろう?」


 ランスロット様が私の髪に手を伸ばす。

 愛おしそうな目で私を見て、にっこりと笑った。


「今までで一番、気に入っている絵だ」


 ……狡い。

 なんでランスロット様って、こんなに私をどきどきさせるのが上手なの?


「これを、店の入り口付近に飾ろうと思っている」

「……この絵も、誰かに売っちゃうんですか?」


 私を見て、ランスロット様は得意げな笑みを浮かべた。

 私だって答えはもうほとんど分かっているのに、わざとらしい質問をしてしまったと思う。


 でも、いいじゃない。

 ランスロット様の口から、直接聞きたかったんだから。


「これは非売品だ。俺だけの物だからな」


 ああもう、この人は、どこまで私をときめかせれば気が済むんだろう。


 さっさと私のことも、ランスロット様の物にしてくれたらいいのに。





「わあ……!」


 壁にランスロット様の絵を飾り、街から取り寄せたテーブルや椅子を並べると、空き家は見違えるほど綺麗になった。


 家具は基本的に全部黒だ。そして、テーブルクロスや皿は全て白。


 それが、ランスロット様の色彩豊かな絵を際立たせている。


 家具を運んでくれたのは、空き家を掃除してくれた青年たちだ。

 そして今、厨房ではヴァレンティンさんとサイモンさんが料理を作っている。

 連日、二人は話し合ってメニューを考えているのだ。


「どうでしょうか、領主様」

「見違えたな。これなら、すぐにでも客を呼べそうだ」


 ランスロット様に褒められて、青年たちも嬉しそうだ。

 その中の一人が一歩前に出る。


「それで、後は看板さえ用意すれば完璧だと思っているんです」

「確かに、看板は必要だな」

「店の名前は、もう決まってるんでしょうか?」


 みんなが、期待に満ちた眼差しをランスロット様に向ける。

 そういえばまだ、私も聞いていない。


「ああ、決めている」


 ランスロット様がそう言うと、みんなが息を呑んだ。


「店の名前は、エリー、だ」


 エリー?

 エリーって、どういう意味?

 意味は分かんないけど、覚えやすいし、いい気がするわ!


「ところでご主人様、由来はなんなんですか?」


 そう尋ねてみても、ランスロット様は笑っているだけ。


 なんで答えてくれないの?


 私が不思議に思っていると、あの、と一人の青年が声をかけてくれた。


「……エリーっていうのは、アリス、という名前の愛称なんですよ」

「えっ!?」


 それって、私の名前じゃない!

 つまりランスロット様は、私の名前を店につけたってこと?

 その上、入り口には私の肖像画を飾ってある。


 ランスロット様ったら、私のこと好きすぎでしょ!


 どうしよう。嬉しい。嬉しすぎて、変なにやけ顔になってしまいそう。


 とっさに両手で顔を覆うと、アリス、とランスロット様に名前を呼ばれた。


「お前がいなければ、この店はできていないからな」

「そんな……」

「誰も、この名前に反対する奴はいないだろう」


 青年たちが一斉に拍手してくれる。優しい子たちだ。


「私、今、とっても幸せです、ご主人様!」


 ランスロット様は優しく微笑んでくれた。

 それに、俺もだ、という声が聞こえた気がする。

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