第9話 メイド、オリジナルのメイド服を手に入れる

「うーん……どうしようかな」


 テーブルの上に広げたメイド服をじっくりと観察する。


「アレンジしたい、とはずっと思ってるんだけど」


 そんな暇も技術もなく、かれこれ支給のメイド服を着て働き始めてから、二週間近く経った。

 このメイド服にもだいぶ慣れてきた……けれど。


「もっと可愛くしたいよね」


 私に裁縫の技術はない。けれどどうにかして、もっと可愛くすることはできないだろうか。


 胸元にリボンをつけてみるとか?

 でも、クラシカルメイド服と大きいリボンって、相性いまいちかも。


「丈を短くするって言ったって、たぶん切るだけじゃないよね」


 難しいな。

 しかもパニエがないと、スカート部分も膨らまないし。


「どうしたらいいの?」


 答えが出ずに溜息を吐くと、同時に眠気が押し寄せてきた。

 このままでは、すぐに眠ってしまう。


 最近は仕事が終わったら眠っちゃうから、今日こそいろいろ考えようと思ってたのに。


 眠い目をこすって立ち上がり、大きく深呼吸する。

 しかし、なかなか眠気は消えてくれない。


「なんか飲もうかな」


 厨房にはいろいろな飲み物が用意されており、一部の貴重なワインを除けば、自由に飲んでいいと言われている。


 うん。なんか、喉渇いた気するし。


 頷いて、私は自分の部屋を出た。





 廊下に出ると、冷たい空気に包まれた。

 そろそろ季節が変わるのだろうか。この世界の季節はまだあまり分からないけれど、どうやらずっと一定の気温を保ってくれるわけではないようだ。


 なにか羽織るものあればいいんだけど、なにもないのよね。


 仕事後、入浴終わりに着る部屋着は薄手で、そろそろ寒くなってきた。

 しかし家から持ってきた私服は薄い麻のワンピース数着だけだ。


 この子の家って、本当に貧乏だったのね。

 給料をもらったら、どこかに買いに行けるといいのだけれど。


 そんなことを考えていると、厨房に到着した。

 明かりをつけ、中へ入る。寒いから、温かい物が飲みたい。


「ホットミルクか紅茶かな」


 呟いたところで、厨房の扉が開き、ヴァレンティンさんが中へ入ってきた。

 彼も眠る直前なのか、部屋着姿で、温かそうなガウンを羽織っている。


「アリスさんも、なにかお探しですか?」

「はい。温かい物でも用意しようかと」

「ハーブティーでよければ一緒に用意しますよ。安眠効果のあるものです」

「ぜひ! お願いします!」


 ヴァレンティンさんは微笑んで、ハーブティーの用意を始めてくれた。

 私も、戸棚からティーカップを取り出す。


「あの、ヴァレンティンさん」

「どうかしましたか?」

「このあたりって、お洋服屋さんってあるんですか?」


 私の問いかけに、ヴァレンティンさんは少し申し訳なさそうな顔をした。


「ここにはないんです。少し離れた大きい街まで行くか、行商がきた時に買うかですね。自分で作る方も多いですが」

「そんな……」


 休みをもらって街まで出かけることはできる。

 しかし、街へ行くために馬車へ乗るのにもお金はかかるし、歩くにしてはかなりの距離だ。


「洋服が欲しいんですか?」

「はい。寒くなってきましたから。それに、仕事用の服も、ちょっとこう、もう少し可愛くできないかな……と」


 上目遣いでヴァレンティンさんの表情を窺う。

 もし仕事着のアレンジが禁止されているのなら、どうしようもない。


 しかし、ヴァレンティンさんはなるほど、と頷いてくれた。


「私でよければ、作りましょうか」

「えっ!?」

「裁縫は好きなんです。自分の物や坊ちゃんの物だけですと、男性物ばかりで。女性物の華やかな衣服も作りたいと思っていたのですよ」

「ヴァレンティンさん……!」


 ヴァレンティンさんが有能すぎるし、優しすぎる。


「どんな物がいいでしょう?」

「えーっと……可愛くて、それで……ご主人様が好きそうな!」


 私の言葉に、ヴァレンティンさんはにやりと笑った。


「任せてください。坊ちゃんのことは、私がなんでも分かっておりますから」


 なんとも頼もしい言葉である。

 私は頭を深く下げて、改めてヴァレンティンさんにお願いした。





「どうでしょう?」


 ヴァレンティンさんが、得意げな顔で新しいメイド服を広げた。


 パステルイエローのメイド服で、裾や袖には白いレースが縫い付けられている。

 ウエスト部分を大きな白いリボンで絞るようになっているため、着痩せ効果も期待できそうだ。

 丈は膝くらいで、スカート部分が広がるように、内側にパニエのようなものが縫い付けられている。


「すごい……!」


 正直、めちゃくちゃ可愛い。

 店で買ったような完成度でありながら、手作り特有の繊細さがいろんな部分に現れている。


「こういった物を作るのは久しぶりなので、つい、気合が入ってしまいました」

「すごいです! 本当、今すぐお店が開けちゃうレベルですよ!」

「ありがとうございます。アリスさんは褒め上手ですね」


 私を見て、ヴァレンティンさんはにっこりと笑ってくれた。


 ヴァレンティンさんはすごく優しい人だけど、それだけじゃなくて、私も、優しくしたいって思わせるような言動ができてる、ってことなのかも。

 ご主人様には、いまいち効果がないっぽいけど……。


「きっと坊ちゃんも、褒めてくださいますよ」


 この服を着た私を想像してみる。


 やばい。あまりにも、可愛すぎる。


 さすがのランスロット様だって、無反応ではいられないはず。

 想像するだけで、ランスロット様には見せられないほど、私はにやけてしまった。

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