第22話 パレード

 中央区の軍駐屯地から人工島へ向かう道は、どこも人で埋め尽くされている。

 どの店もシャッターが閉められ、店主たちも2階や屋上から通りを眺めている。

 大通りを挟むように待機している人々は、騒ぎながら主役たちの到着を待っていた。

 騒ぎも予定時間が近づくにつれて小さくなり、ヒソヒソと話す声すらもなくなっていく。


「時間だ」


 誰かが出した声をかき消すように、ラッパから開始の合図が鳴らされる。


「開門! 全体進め」


 命令とともに、足並みを合わせた隊員たちが行進を始める。

 一糸乱れぬ動きに観客者たちの気持ちも高揚し、統率された動きに魅了されていた。


「全体。止まれ」


 隊員たちがピタリと止まって数秒後、駐屯地から砲撃音が間隔をあけて放たれる。

 この空砲は他の地に集められた者たちへの合図。


 南側の大通りでは、ペドロとドンキーを先頭に、英雄会と天友会の会員たちが動き出す。

 北側の大通りからは、商業組織の集団を挟むように正義連合と冒険者協会が行進する。

 どの行進も先頭集団が一番の見どころで、後ろへ続いていくほどに観客たちの興味は薄れていく。


 迫力のある装備に身を包んだドンキーは力強く、荘厳なペドロの輝きに息を呑む。

 エイジやアンズたちもこの行列に並んではいるが、格落ちと言われても仕方ないと言われても納得していた。


「こんなのやって意味あるのか」

「黙って進め」


 アンズの愚痴を近くにいた上位者が黙らせ、渋々と前を向いて歩き直す。

 ただ、自身の名前が呼ばれると手を振ってウィンクを返している。天桃花が人気のあるところでもあった。

 アンズの機嫌を悪くする理由は、無駄と思っている行進の他に、少し離れたところにいるエイジにある。

 ギクシャクとした動きをしているが、アクセルとブレーキを交互に行い続け、アンズは先に行かれた気になっていた。

 イラつく考えも、突然現れたひゅるひゅると鳴る音に意識を削がれた。


「ふぅーわ。タッフィーみっけ」


 翼を羽ばたかせる人が天友会の集団に突っ込んでくる。

 防御体勢をとる者たちへ、ドンキーから強い声がかかった。


「全員止まらず進め!」


 突っ込んできた鳥人間も特に攻撃することはなく、鷹伏の肩を抱いて一緒に歩き始めた。


「タッフィー。この前はすまんな」

「い、いえ」

「メンバーも強うなっとるし、結果的に良かことになっとる。うんうん」

「ありがとうございます」

「だがな。そん腹黒はバレとうから、隠すと好かれんぞ」

「おい!」


 鷹伏がカラスを掴もうとした時には、すでに上空へ飛び上がっている。上空から鷹伏に向けて銃を打つ動作をすると、その指先を吹いて行列の後方へと飛び去っていった。


「クソが。わかってるっての」

「リーダーのせいで大事なこと聞かせてもらえないことあるもんね」

「うっせ」


 口調の荒くなった鷹伏を初めて見る者は驚き、怪しんでいた者はため息を吐いている。

 カラスは以前のお詫びとしてこの機会にあちこちへ飛び回っていた。

 後になって沙羅から叱られることになるが、鷹伏を天友会に馴染ませることは成功する。


 風に乗って縦横無尽に飛び回る姿が人々の視線を集め、羨望の眼差しを受けたカラスは「もっと羨め」「もっと期待しろ」と言わんばかりに高く高く舞い上がっていく。

 雲間に紛れて見えなくなるまで、見物人たちの視線を集めると、彼らの前にいるのは中盤集団の最後の方になっていた。

 これより後ろに控えているのは民間企業の一団で、いくら企業エンブレムを掲げようとも、ほとんどの者たちは再び空を見上げるばかりだった。




 所変わって、北側の行進。

 こちらも統一された衣装で人々の関心を引いていた。

 正義連合は純白で統一された武装をまとって沿道の見物人に愛想を振り撒き、冒険者協会は黒一色と厳しい顔つきが力強さを見せつける。

 中央で挟まれている大企業集団も顔の知られている者ばかりで、見ている人々を飽きさせない。

 全員が何がしかの成功者で、動きは違えど一挙手一投足に箔があるように見えてしまう。


「見せ物のようにされて、正義連合も大変ですね」


 笑顔を振りまいていた連合の会長である轟清人とどろききよとは、声のあった隣へ振り向くと、一時だけ真顔に変じる。


「私たちが必要と知らせる大事でもあると考えています」

「確かにバカ者どもには有効かもしれません」

「日本で一番大きな銀行の頭取とは思えない発言ですね。聞かなかったことにしましょう」


 轟の凄みにやられて、頭取は冷や汗をかきながら正面へと向き直る。

 このとき轟は、険悪なOTKとの会話を思い出す。

 異界ができた当初の日本は、体制が悪く多くの貧困者を出しながら金持ちばかりが生き残る世の中。

 たまたま安い酒場で仲間と愚痴ってた時に、突然現れた陸然愛が轟たちを否定する。

 愛がその時に言った言葉に対して当時は反発していたが、それを忘れられずに心の奥底にしまっていた。

 隣の男が『守るべき価値』がある金持ちなのか、そして、ぶくぶくと太ってしまった正義連合にも『守るべき価値』を持たせられているのかと。

 轟は笑顔を作りながら思考を巡らせる。


 大物たちが通り過ぎ、数十人規模の組織がその中でどこが先頭を取るのかと争う。その統一感の欠けた行動が見物人たちの興味を削いでいく。

 小物集団には興味ないとすぐに移動してしまった者もいる中で、厳しいジジイと矍鑠かくしゃくとしたババアが人の抜けた空間を陣取る。

 少人数の組織に興味はなかった見物人たちも、その異様な光景が気になって足を止め、わずかな期待を込めて待つ。


 人数の減った沿道を見た少数組織の者たちは、落胆しつつ「俺たちだって」とこぼす。


「選ばれたんだよねぇ」


 つい言葉が出てしまった少年が振り向くと、柔らかいものに顔を包まれる。


「うーん。若い子も悪くない」


 女性の声が聞こえると、沿道から叱責が飛んでくる。


「遅い! もう最後尾じゃ!」

「うるっさいね。 私のせいじゃないっての」


 少年が顔を上げると、声の主と目があった。

 メガネの先に見える吊り目が特徴的な女性で、この場で行進する者たちの中で知らぬ存在はいない。


「新都大学の」

「今はそっちじゃなくて『OTKサークル』で呼ばれてるの」


 最後尾を歩いていた集団が足を止め、愛を見ると道を開けようとする。

 見上げていた少年が空にいくつかの点を見つけ、愛も空を見上げた。

 その点が徐々に大きくなっていくと、それが人であると理解する。

 逃げようと走り出す者も愛に目を向けらると、固まったように動きが止まってしまう。

 点だったものが自由落下とは思えない速度で道路へ激突すると、コンクリートを撒き散らしてクレーターを作り上げた。

 しかし、破片は誰にも当たらず、クレーターの中から荒んだ声が耳に入ってくる。


「ったく。リーダーのせいで遅れとんの」

「あんたも遅れてんのよ!」

「あだっ」


 クレーターから飛び出してきた男には翼が生えており、ここ最近ちまたを騒がせていた者だとわかる。

 次にカランカランと小気味良い足音をたてながら、ゆったりとした衣を纏った女が出てきた。

 その後も続々と元気な様子で這い出てくる。


「アブドゥラ。早く鈴を鳴らして」

「任せろ」


 アブドゥラが右腕を振れば1鳴り。左足を上げて1鳴り。

 シャランシャランと鈴の音を鳴らし始めると、沙羅が前方に向かって言葉を放つ。


「あなたたちも役割を全うしなさい」


 鼓膜に突き刺さるエコー音のような声が、気の抜けていた集団に活力を湧き出させ、背筋を伸ばして歩き出させる。


 沙羅が沿道へ向き直ると年寄り集団に一礼して、背中に抱えていた袋から琵琶を取り出し、一息吐く。

 鈴の音に合わせてひと掻き。

 するとクレーターから、アブドゥラと同じような体躯の女が太鼓を抱えて飛び出す。




 沙羅はもう一度深く吐いてから次のひと掻き。

 今度は黒のワンピースを着た鼻の高い女が飛び出してきた。ただ、今までと違って、奇妙で黒く大きな球を棒に吊り下げている。

 まるで毛糸玉のように、わずかな凹凸が見られ、時折勝手に動き出すような揺れもある。

 その女が中性的な声で球に向かって話しかける。


「逃げ出すのわかってるからダーメ」


 その言葉に返事するように球が揺れた。


「じゃあ、リーダーに代わって。しゅっぱーつ」


 最後尾を練り歩く6人と1球。

 エキゾチックな音を鳴らしてやってくる一団に魅了されて、途中で抜け出した者たちが帰ってくる。

 誰かが宝船だと言う。

 それに対して誰かが百鬼夜行だと返す。

 そして、少し前を歩く集団に目を向ければ、頼りなかった若者たちが強い眼で行進していく姿が頼もしく見えた。


 それも一瞬だけ。

 ばらりと琵琶が鳴れば沙羅に目を奪われ、シャランと鳴ればアブドゥラの舞に見惚れ、ドドンと太鼓が響けば力強さに気圧された。


 沙羅は徐々に強くなる太鼓の音に眉根を寄せ始め、自身の出す琵琶の音を拡大させた。

 するとそれに呼応するように太鼓のテンポが速くなり、ひと叩きごとに強さを増していく。

 それを聞いていたカラスもテンションが上がって愛へと話しかけた。


「ふぅー! 調子乗ってきよった」

「じゃあ、これでもっと乗せてあげよう」

「クッキーに?」

「九鬼ちゃんに渡してどうすんの。バカ言ってないで早くアブドゥラに渡してあげて」

「うぃーうぃー」


 カラスがアブドゥラへ届けた物は、くびれた形が独特な小型の太鼓だった。

 アブドゥラはその太鼓を脇に抱えて、軽くポンパッパと叩けば九鬼が叫ぶ。


「祭りだー!」





 騒ぎ続ける九鬼の声は黒い球の中まで届いている。

 捕えられたタコ助は、この騒ぎを脱出の好機とみて、必死にラウラの糸を解きほぐしていく。

 ようやく糸球から隙間を作り出した時には、集合地点へ到着した後だった。

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