第40話 ヨセミテの検閲と信仰

 ヨセミテの山々と青々と茂った草地、その間を流れる川が汚れた心を洗い流すようにサラサラと美しい音を奏でている。

 頑丈な鉄の箱の中から風雷のメンバーが呆然と眺めていると、誘った当人であるピーター・フィンチが嬉しそうに笑う。

 彼らはピーターに目を向けるが、すぐに外の景色へと視線を戻す。


「この道行は良かったのにってみんな言うんだ。今じゃ変異したクマも出てくるし、それなりに被害も出ている」

「日本も似たようなことはありますが、広さが違う。ここを全部見るのは数がいても……」

「そうだな。探索できてないところは半分以上ある。それはここだけじゃなくてアメリカ全体でな。見落とししたのか探索済みのところに新しいダンジョンが見つかったりもする」


 ピーターが話終えると、隣の男が「厄介」と一言だけ呟く。

 彼はピーターと同じチームのヘンドリック。元空軍の一等兵だったが、飛行機が使えなくなったためダイバーへと転職した。その後も空への渇望は消えていないと思わせるように、エイジたちへ空の良さを説いてまわっている。

 ピーターも元空軍所属で、彼のチームはその時の仲間で構成されていた。


「そろそろヨセミテの第五ダンジョンキャンプに着くよ」


 運転していたケイティの合図で後部座席の者たちが荷物を膝の上へと置く。

 道中の景色と一変し、バリケードや金属の箱があちこちに置かれた風景となった。

 検問を抜ける時、ピーターたちと門番の長いやりとりを待つこと10分。そこからさらに20分かけて全ての荷物を開けられ、全身弄られてしまう。

 その時、エイジの担当門番が小首を傾げて、家宝の鉄扇を取り上げてしまう。

 イラつく気持ちを抑えて鉄扇が帰ってくるのを待っていると、門番が機嫌良さそうにエイジへ言葉を投げかける。


「クールだな。俺にくれよ。これをくれたら」


 エイジが門番を睨みつけていると、気圧された門番が後退りながら引き攣った笑みを浮かべる。

 門番が力んでしまい、手が滑って鉄扇を開くと、息を荒くして何度も空と鉄扇を見返す。しばらく続けていると、丁寧に扇を閉じ、先ほどの顔つきは消え去って真顔でエイジに歩み寄る。


「お前の宗教を教えろ」


 質問に対し、エイジは所作で応える。すると門番はエイジへ鉄扇を突き返すともう一度尋ねてきた。


「それを開け。もう一度聞く。お前の宗教は何だ」


 帰ってきた鉄扇を開いても軽く風が出るだけ。何も起こってないのとほぼ変わらない。疑問を浮かべながらも開いた鉄扇を見て同じ所作を行った。


「そうか。お前たち全員通って良い。帰りは俺、バートに言え」


 今度はエイジが首を傾げる。バートという男に何があったのかわからないまま、検問を越えさせられてしまう。遅れてやってきた和樹たちも不思議そうににしている。


「急に他の門番がやってきて通された。でも、なんかあいつら揉めてたぞ」

「あたしたちもね」


 エイジが何かした訳ではないと自覚している。気迫を当てはしたが、それで改心させたわけでもない。明らかに様子が変わったのは門番が鉄扇を開いた時。


「これなのかな」


 エイジは腰に刺した鉄扇を抜き取ると、開いて見せる。開いた時、いつものようにほんのり風がおこるだけで、他に効果があるのか当人にはわからない。


「クルセイダーズが待ってるし、早く行って聞いてみようぜ」

「そうだった」


 慌てて奥へ進んでいくと、煙を吹き出すクルセイダーズが視界に映る。灰皿へ棒を押し付け、エイジたちの元へとやってくる。


「一服したら見に行こうって話してたところだ。何があったんだ」


 ピーターは『あったのか』ではなく『あったんだ』と断定した。

 なぁなぁで済ませる気はないことがエイジたちにも伝わり、ことのあらましを全て話すことになる。

 クルセイダーズたちも話に割り込まず、エイジたちの話にじっくりと耳を傾けた。


「だいたいわかった。おそらくこれが初犯じゃないだろうな。下手すると国際問題になる事案だから報告はしなければならん。それにしてもバートか……そのテッセンてのを見せてもらっても良いか」

「返してくれれば全然」


 ピーターが預かった鉄扇を開くと、厳しい表情でしばらく見つめ、ゆっくりと閉じる。

 続いてヘンドリックからケイティの順に渡り、鉄扇を開くとピーターの時と同じような表情となる。


「これは何か特別な物か」

「家宝と言われました」

「何らかの力を感じる。持ち主を選ぶタイプの呪具のようにも思えるが、わからーん。わかる人は……いるわけねぇよな」


 エイジは戻ってきた鉄扇を見ながら、言って良いものかと悩む。

 そんな悩みを見抜いた和樹は、エイジを肘でこづきながら「そんなこと気にするようなタマじゃない」と助言する。

 よくよく考えてみれば、和樹の言う通りだと気付かされ、エイジはピーターへ太子のことを話すことにした。


「エイジの叔父ならわかるかもしれないな。まぁ、他人に害があるかだけでもわかれば良しとしよう」

「用事が多いみたいなので、アポイントが取れたら連絡します」

「わかった。しばらく予定は空けておくことにする。それじゃあ、早速入場手続きに行こう」


 クルセイダーズに連れられて風雷が見たのは積まれたコンテナたち。

 船で見慣れた物だが、扉や管のついたいわゆるコンテナハウスと呼ばれている物だった。

 彼らの話だと、移送も簡単で頑丈なところが便利でよく使われている理由と言われている。

 特に変異した動物が出没する地域だと、ダンジョン産の強度を増した素材でコーティングし、低階層の化け物相手なら表面を少し削る程度の被害で抑えられると自慢げに話す。


 その中に入ってみれば、エイジの想像とはかけ離れた快適な空間となっている。ヘンドリックには小さめだが、2メートルを超えるような巨体でもなければ立って入れる程の高さがあり、奥行きがあるので家具もそれなりに置いてある。

 ピーターたちが受付の椅子へ座ると、足だけ見えていた人物が背筋の通った姿勢で歩いてくると、効率化された動きであらゆる書類を手に取って音も立てずに椅子へと腰掛ける。


「手続きを頼む。クルセイダーズと日本から来たチーム風雷だ」

「クルセイダーズさんはこちらの書類にサインをお願いします。その間に風雷さんはこちらの書類へ目を通してください」


 非常に事務的なやり取りだが、エイジは彼に好感を持つ。

 先ほどみたいに感情的なやりとりは億劫だったので、そのギャップということもあるが、エイジは元々争いごとが好きなタイプではないことが大きい。

 書類全てを斜め読みし、メンバーたちへ回している間、その事務員の視線に風雷たちは気づくことはなかった。


「クルセイダーズと風雷の申請は許可しました。それではお気をつけて」


 コンテナの中へ入ってものの数分で申請が済んでしまい、風雷たちは肩透かしを食らった気持ちになってしまう。


「もっと色々聞かれるかと思ってた」

「だな。あとで何か言われないか逆に心配になる」

「「うむ」」


 風雷が受付について話していると、ニヤニヤと口角を上げてクルセイダーズが見つめてくる。

 その意図がわからず風雷の顔には疑問符が張り付いていた。


「流石にわからねぇよな」

「何がですか」

「あいつ……じゃなくて、あの人はアメリカダイバーの5指に入るんだよ」


 ピーターの言葉を信じられないわけではないが、風雷が見た感想だと、彼がそこまで強いと思えない。


「まぁ、そういう奴に限ってわかりにくいからな。とにかく申請は通ったし、まずは合同で8層まで、その後単独潜航の判定を行う」

「5層でも10層でもない理由は何ですか」

「ここは化け物たちが階層を移動するタイプなんだが、上下1階を超えることはない。ただし例外もあるからプラス3。10層にしないのは9層が非常に広い上に、見通しが良くて化け物も弱いからだ。つまり無駄な時間はいらないってな」

「わかりました。あと、少し荷物確認の時間をもらえますか」


 どうぞとピーターが手を差し出すと、エイジたちはバックを開けて、道具を互いに見せ合って確認する。

 問題がないとわかったところで、緊急用の薬剤と組み立てた武器を手に持ち、準備が終わったことをクルセイダーズへと伝えた。


「ずいぶん厳重な装備だが、俺たちとしては安心できる。入るぞ」

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