第41話 ヨセミテ異変

 ヨセミテの第五ダンジョンは、鬱蒼とした木々と崖に囲まれた中身をしている。当然日の光が当たることはないが、その代わりに擬似太陽と呼ばれるものが天井から光を降り注ぐ。

 1層は朝で層を重ねるごとに、昼から夕と進んでいく形式となっているとピーターが話す。

 一定階層ごとに地上を真似したように擬似太陽が動き、昼夜の状態が再現された階層がある。

 ヘンドリックはそれが気に入らない様子で、憎々しげに擬似太陽を眺めながら悪態をついていた。


 低階層のため、化け物自体そこまで強くない。

 擬似太陽も日本のダンジョンに同じようなところがあったため、惑わされることなく8層まで潜航。

 二度目の単独潜航も、クルセイダーズが遠くから見守りという状態であっても特に問題なく終えることとなる。

 若干1名道草を食って待機時間を長引かせることとなるが、当初からの目的だった食糧調達だけは外せないと、追加で持ち込んでいたバッグパンパンに詰め込んで帰ってくる。


 事務員から単独潜航の確認書類にサインを貰い、都市のダイバー専用の役所に提出することで初めて星が渡される。


「日本にいた頃だったら苦労してたかもねー」

「訓練のおかげかもねー」


 明日葉と薄葉が帰りの車内でそんなことを話す。

 自分たちの動きが良くなっているという実感があった。それもこれも2人の連携にエイジと和樹が対応できるようになってしまったから、危機感を持って真面目に訓練へ取り組んだということもある。

 子供のようにはしゃいで、狭い空間を走り回る彼女たちを、クルセイダーズも苦笑しつつ何も言わなかった。


 その中で1人だけ外を見つめる男がいる。

 和樹はずっと変異した熊を探し、どんな味がするのだろうかと妄想しながら口の中を唾液で満たす。


「気まぐれでエイジの仲間まで誘って」

「おい! あれ何だ」


 ピーターの言葉を遮るように和樹が声を出すと車が停止する。両手を上げて首を傾げるクルセイダーズと、申し訳なさそうに苦笑したエイジが隙間から外を覗いてみた。


 何もなさそうに見えるが、目を凝らして木々の奥を見ていると、吸い込まれるような暗い揺らめき。


「警戒! 行くぞヘンディー」

「いぇー」

「ケイティはいつでも出せるように待機。風雷は外で車を守ってくれ」


 示し合わせたかのように息の合った動きで、それぞれの持ち場へ飛び出す。

 森の手前で立ち止まったピーターたちは、しばらく暗闇を見つめてからそれに向かって歩き出す。

 彼らが数歩進んだところで、飛び退くように道まで戻ってきてしまった。


「何かあったんですか」

「こっちに向かっている」


 武器に手をかけ、静かに待っていると、湿り気のある音が聞こえてくる。

 べっとりと張り付くような足音は、それだけで気持ち悪く感じられ、自然と鳥肌が立ってしまう。

 そいつの足音が大きくなってくると、下水を濃くしたような臭いが立ち込める。


 1人先に布で鼻下を覆った和樹。それを見習って警戒しつつ全員が鼻を覆ったところで、木陰から化け物が顔を出してきた。

 爛れた皮膚から肉が剥き出し、歯や目を隠すものがない。二足歩行で歩いていて人の形をしているようだが、足元に張り付いた汚い泥とぶよぶよした肉、その中に埋もれた頭蓋が人であることを否定させる。


 溢れ出る嫌悪感がヘンドリックを刺激して、無意識に飛びかかる。怒気を放出するような気迫はヘンドリックの体にも表れ、熱気のように体の周囲にある景色を歪めて振り下ろす一刀。

 ヘンドリックの刃は化け物を両断し、分かれた上半身は水風船のような音を立てて地面へ落ちる。

 反動で跳ねることもなく、遠目から見ているケイティからも、地面にへばり付くような質感がそれから伝わってくるようで怖気が走る。


 それまで動くことのなかったピーターは、その場で手を前へ突き出すと空気を掴んで引き込む。

 側から見ていてもわけのわからない行動だが、ピーターの謎行動から遅れて1秒、ヘンドリックが不自然な体勢で後方へ飛んだ。

 止まっていた化け物の体が蠢き出し、切断面から飛び出した液体がヘンドリックのいた場所へと放水される。

 バランスを崩した体勢で着地すると、そこはピーターの真横。


「まずは様子見だ。武器は問題ないか」

「すまねぇ」


 液体の降り注がれた地面と同じように、ヘンドリックの剣も煙を上げて表面が溶けていた。


「ダメだな」

「直接攻撃は相性悪いな。ケイティ! ヘンディーとスイッチ! 3、2」


 慌てて車から飛び出したケイティが扉から降りたところで棒立ちになり、ゼロと同時にヘンドリックと入れ替わった。


「撤退も頭に入れて動くぞ。和樹! 電撃は何インチまで出せる」

「インチ? い……こっから木のところまでは問題ない」

「OK。あいつが動きそうな時は牽制してくれ。新手が現れたらそちらを優先」

「はいよ」


 和樹が大刀の柄を手元から徐々に撫で付け、刃元まで行くとバチバチと音を鳴らして帯電していく。


「ケイティ。あいつに目印をつけて爆破する」

「了解」


 ケイティはポケットからパチンコ玉を取り出し、溶けた化け物目掛けて軽く投げると、角度の強い放物線で化け物の体へ到着。

 それに刺激された化け物は、体を揺らすようにうねうねと動き出した。

 すでに準備されていた和樹から発射された雷撃が化け物へ到達すると、煙を上げて激しい動きを見せ、しばらくすると動きが止まった。


「手榴弾準備。3、2、1。ボックス」


 ピーターの掛け声と共に、化け物囲む半透明の箱が現れる。そこにケイティが放り投げた手榴弾と先ほどの玉が入れ替わり、数秒後に爆発。

 鈍くボコっと鳴る音は可愛く聞こえる一方、箱の中はぐちゃぐちゃになった肉塊が混ざり合っていて気味が悪い。


「ボックスを解くぞ」


 箱がなくなったことで、細かい肉片と液体が地へ落ちる。

 動く様子はなく、ピーターが振り返って拳を突き出したところで終わった気になってしまった。


 突然ピーターの後に生えた木が壁を作り、ずしんと響く重い音が鳴り壁にヒビが入った。


「気を抜くのが早かったな。ピーター」

「確保した。戻していいよ」


 渋い男の声とエイジと和樹に聞き覚えのある声。

 消えた壁から男女のペアが現れる。


「レッドウッド!」「愛さん?」


 ピーターとエイジの重なった声は別の人物を指していた。先に尋ねたのはエイジ。


「お知り合いですか」

「彼が星10のアメリカ最高峰のダイバー。レッドウッドだよ。そして、俺たちは彼女のことも知っている。エイジが知り合いとは思っていなかったけどな」


 瓶詰めにした化け物に頬擦りして顔をほころばせる愛と、それを見て身を引くレッドウッド。

 そして愛から離れたレッドウッドがピーターの元までやってくると手を差し出す。遅れて気付いたピーターがその手を握った。


「あれは2体目だったんだが、クルセイダーズたちがいて助かった。君たちもね」

「もう1体いたとは……あれは何だかわかりますか」


 レッドウッドは目を瞑って首を振り、簡単な経緯を説明してくれる。

 行方不明者の情報が出た時、レッドウッドがカリフォルニアに来ていると知った機関がすぐにアポイントを取ってきた。

 パーティー中だったこともあって、同席していた愛に協力を願い出ると、快諾して現在に至るという話。


「動けて信頼のおける研究者は希少だからな。実際いてくれて助かったよ。彼女がいなければ討伐の選択しか取れなかったし、1体目は倒してしまったからね」

「俺たちはあれだけやって倒せませんでしたがね」


 おどけたピーターを見て、レッドウッドはニヤリと笑う。まだまだ越させないよと暗に言っているかのようで、クルセイダーズも風雷も彼の強さの底が見えない。


「愛。そろそろ帰ろう」

「んー? 報告するんだっけ。でも研究には加わらせてもらうよ」

「戦闘見てる奴を外すわけないだろ」


 そう言って立ち去ろうとする彼らに、先ほどからもじもじしていた和樹が日本語で声をかける。


「先生!」

「なんだね」

「……そいつ食えますか」

「ひっひっひ。調べたら教えてあげよう」


 ドン引きする風雷メンバーと意味のわからなかったクルセイダーズ。


「和樹は何て言ったんだ」

「あいつ……食えるのかって」


 帰りの車内で、窓の外を見続ける和樹からなるべく離れようと、他の者たちは身を寄せ合って座る形となってしまった。

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