第18話 特別講義2
壇上から動けない記者たちを研究生が抱えて講堂を出ていく。
痛みから涙を流す者、溢れる気持ちから自然と出てきてしまう者、毒原が彼らの気持ちを汲み取ることはない。
医務室へ送り届けた後に、一言だけ口にする。
「深海教授はあなたがたと同じスキルなしです」
毒原は講堂へ戻る間、自分の世界へ入り込む。
記者たちは先ほどの言葉をどう受け取るだろうか。
あの中の何人が深海教授の信者になるのか。
これからのことを考えるだけで楽しくなってくる。
「毒原くん。彼らは問題なかっただろうか」
毒原の世界を壊したのは志麻議員。
「問題など何ひとつありませんとも。自慢になってしまいますが、新都大学は医療も日本一です」
「む……問題ないのなら良いのだ」
毒原と志麻議員が講堂へ戻ると、スクリーンに世界地図が表示されていた。
手前の席に体を押さえる者が何名かいたが、実験でも行ったのかと気にすることなく定位置へと戻っていった。
話が進むにつれ志麻議員は頭を抱え、隣で待機する毒原はほくそ笑む。
「太平洋の真ん中にできた新しい島は、何らかの身体的特徴を持つ人々が暮らし、世界各地から徐々に集まってきている。ある種の突然変異みたいなものだ。かねてより変異人を見つけ次第誘導してきたおかげで、先日1万人を超えたと『ナーダーズ連合』から報告があった。デュフりつつもその時に現地にいられなかったことをピキってしまったよ」
太子は生徒たちへ、いかに突然変異した者たちが素晴らしいかを力説する。
知能指数にばらつきはあるものの、およそ常人と同じ程度。しかし、身体能力は人を凌駕していた。
ここに来た者のなかで変異した人を恐れるのはごく少数。
しかしながら彼らを恐れる者も多く、そのため生まれた地では迫害されていた。近年になってからUMAが出たという報告が上がっているのもそれが理由だ。
「核石が肉体に作用することで変異が起きるということがわかったのが5年前、そして最新の情報では人型へ戻る事例も出てきている」
変異者が人間に戻った画像を映し出しても面影はひとつとしてない。
「諸君の中には心当たりのある者もいるだろう。と言っても、すぐに信じては新都大学の生徒ではない。戻れるのならば意識的に変異することも可能だ。アブゥくん」
浅黒の巨漢が太子の真後ろへ立つと、大きな両手をゆっくりと下ろして太子の髪の毛をいじり出す。
「こらっ! 今大事なところだぞ! 溢れ出る威厳が台無しだ」
「モヒトに威厳ない」
「そうですかい。それよりも早く子供達に見せてあげてくれよアブゥ」
「うん」
アブゥは深く息を吐き、ゆっくりと空気を肺へ取り込む。
右腕を前へ突き出し、パンパンに膨らんだ肺から腕へと息を吹きかけた。
息のかかった部位から煌めく粒子を放つ。
「アブゥ自身もこの力が何を元にしているのか理解していないが、彼の高い信仰心から来るものではないだろうかと考えている。この教授たちはほとんど行使できるが、残念ながら私は使えていない」
太子が話している間もアブゥの放つ粒子が講堂内へ広がっていく。一つ一つの光は小さくとも、大量の光が目に叩きつけられると瞼を開けていられない。
中には痛みを感じる者もいた。
「そろそろ止めてあげてくれ」
「ふぅ」
アブゥが軽く腕を振るうと心地よい風が生徒たちの顔を撫でる。
生徒たちはゆっくりと目を開け始め、痛みも抜けて爽快な気持ちで視線を壇上へ戻す。
清々しい気持ちで眺めた壇上は、殺伐としていた。
「彼らの澄んだ心を魅了できたら楽しいだろうねぇ」
「お下品な格好で誘惑して楽しいのかしら」
「ツヤツヤした肌が羨ましくなっちゃったのかな。もしかして化粧ノリが悪くなっちゃったとか」
先ほどまで威光を放っていたアブゥも今はオロオロとして、体の大きな少年になってしまっている。
彼女たちの怒気は全方位へと叩きつけられ生徒たちは直視できなくなってしまった。
「宣戦布告でいいのよね」
「どうとっても構わないよ」
「愛の気色悪い触手を壊してあげる」
「沙羅こそ、奇妙な声を矯正してあげるよ」
学生たちのほとんどが椅子から降りて、今にも逃げ出そうと隙を伺い始める。
なるべく刺激しないようにと静かにしている中、太子が沙羅へ近づき頬をつく。
不意の接触にしばらく呆然としていた沙羅は、我に返ると耳を赤くして太子に平手打ちすると、スパーンと気持ち良い音が響く。
錐揉みしながら飛ばされた太子は、ゆっくりと弧を描いてアブゥの手に収まった。
太子がプルプルと腕を震わせながら沙羅を指し、何かを呟くと茹で蛸のようになった沙羅が講堂から出ていく。
すぐに研究生たちが壊れたマイクの交換や機材のチェックを開始。
太子は愛からアンケート結果を受け取ると、愛もアブゥも帰らせようとした。
渋る愛が何とか居座ろうと、椅子から出た蔦を体に巻き付かせ根を張る。
「ここにいる」
頑なに動こうとしない愛にお手上げの太子が取った手段は、アブゥに頼むこと。
アブゥの視線は2人を行き来し、何度も繰り返すとため息を吐く。
大きな手で椅子ごと愛を掴み上げ、
「離せアブドゥラ! 君も大事なところだとわかってるだろう!」
「バハルが決めたこと」
そのまま抱えられて講堂から連れ出されしまった。
アブゥたちが通った後は、床に穴が空いていたり削り取ったような痕跡が残っている。
太子が空いた穴に軽く触れると、満足したように再び教卓の前へと立った。
「さて、アンケートに答えようか。1枚目は……ん? 2、3……」
はじめはパラパラとめくっていた紙を、撒き散らすように放り投げていく。
「ひとまずこれらの質問は、教授陣に恋人がいるのかという内容だった。私は知らん。それと私にはいない、以上。こんなので終わるとつまらん」
厳しい表情で教壇を降りると、生徒たちの間を抜けて3階の奥まで歩いていく。
志麻議員と顔を突き合わせるように太子は立ち止まり、マイクを優しく差し出す。
「議員、私にわかることは何でも1つだけ答えましょう」
志麻は思考を巡らせながら、何が必要か。最適解を引き出そうとしていた。
しかし、太子がポケットから時計を出す仕草をする。
これは太子なりに時間がないというアピールであり、時間が過ぎたら太子は答えないということを何度も経験していた。
「国として、変異した者との付き合い方を教えて欲しい」
「ちょっと範囲が曖昧だが、いいでしょう」
太子は3本指を立てて見せる。
「新しい島に住む彼らへの対応は、結局のところ敵対・友好・中立の3つしかない」
まずは敵対。
突然変異した者は、過去の経験から仲間意識は世界一と言っても良い程強く、害した者への復讐は100%行われている。
そのため敵対は悪手と考えているが、議員の中にはそう考えない人もいるでしょう。
友好について。
敵対で説明したように、彼らは仲間意識が強く、敵対者に対する執念は強烈。彼らにとって友好とは、仲間の一員と同義とも言える。
この国が攻撃された場合は心強い味方だが、彼らの復讐に協力しなければすぐに敵対関係となってしまう。
中立について。
売買相手として適度な距離を保つ。もしくは一切の交流の断絶。
どちらも時間稼ぎにしかならないが、商売は少しばかり息が長く続く。
「この国がとる選択は定期的な商売相手になることかな。紙屑を渡しても何も返ってこないから注意してね」
太子が志麻へ伝え終わると、次の質問者を探しながら生徒たちへ告げる。
「本日をもって私は退職する。聞きたいことがある者は挙手するように」
その言葉で至る所から手が挙がり、太子も楽しくなってニコニコしながら近くの生徒へと声をかけていく。
その日の講義は更に休憩を挟み、サクラたちが外へ出た時には、ネオンの輝く夜の街へ変わっていた。
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