第17話 特別講義1

 総座席数は2000あり、3階までびっしりと白衣で埋まっている。

 彼らが座った席は、最前列から2番目のところ。

 巨大なスクリーンを見るには顎を上げる必要があり、少し不便な座席でもある。ただ、教壇は近く、細かい動きなどは見やすいという利点はあった。


 講義の開始時間が近づくにつれて生徒たちの緊張感が外部の者たちにも伝わって来る。

 開始まであと5分。

 講義の手伝いをする研究生たちがアンケートの回収を行い、教壇の上にある箱へと入れたところで、扉が開く。


 まず眼に入って来るのはボサボサ頭に瓶底メガネの男。

 太子が扉から入って来ると、それに続くように教授たちが続いてやってくる。


 次に白衣一枚だけを着た女がちらりと胸や太もも見えている。

 は歩くこともせず、代わりに植物の椅子が足を動かして運んでいた。


 扉からぬるりと浅黒い腕が飛び出したかと思えば、ガツンと大きな音を立てて扉を凹ませる。

 頭押さえながらを屈んで入ってきた大男は、エキゾチックな顔立ちで目鼻立ちがしっかりとしている。

 ただ、体の大きさに比べて困り顔の優男のような印象を与えた。


 その大男を蹴り付けながら質素な着物の女性が入ってくると、キリッとした眼が3階の奥を一度睨みつけ、ふんと鼻を鳴らして教壇上の太子の後ろへ並んだ。

 の登場で生徒たちから歓声が上がる。


 太子が箱を掴むと、生徒たちが生唾を飲み込む。

 掴まれていた箱はいつの間にか愛の膝上にあり、壇上にあったマイクも愛が握っていた。


「深海教授はアンケートの選別に時間をかけて、講義時間を減らすことがあるので私でやっておきます。深海教授にマイクをお返しします」


 太子はマイクをひったくると口を尖らせて悔しそうな表情をした。


「こほん。愛くんが選別をするなら早く終わるだろう。それに初めて受講する者もいるだろうから、最初に挨拶をしよう」


 トントンと教壇を指で叩きながら、少し間を置く。


「私こと深海教授はクソである」


 どこかワクワクしたような顔で見つめる在校生と違い、外部から来た者は驚く。

 そこで在校生との感覚の違いから、遺失物は自分たちだと強制的に確認された。


「OTKもクソである。天友会もクソである。国会議員もクソである。新聞社もクソである。反社もクソ。一般人もクソ。世界にある全てがクソだ」


 こともあろうに太子は世界に暴言を吐く。


「そう。君たちと私は同列であり、最後部にいる記者も議員も同列だ。彼らの話も出たところで、ついでに話しておこう。国と議論した結果、新都大学は新聞社へアクセルの公開を行うことにした」


 在校生たちは首を傾げて意味が理解できていない。

 同じく記者も何のことかと、互いにアクセルとは何かを話し合う。


「まず在校生諸君にむけて言うと、一般のものたちはアクセルを知らないということ。記者の方々へ向けて伝えるとすれば、核石が体内に生えていれば、能力を持たずとも体を強化できるということ」


 ざわつく講堂内でさまざまな言葉が飛び交う。

 急いで講堂を出ようとした記者は、志麻議員に捕まえられ出て行かないよう宥めすかしている。

 太子は音量を上げ、彼らの声を遮るように言葉を続けた。


「現時点をもって各新聞社へ同じ内容を送らせていただいている。そして、この情報を公開するにあたって、犯罪が増えるという懸念も記載した。つまり新聞社がどのように発信するかで、ただ犯罪を助長させるだけか、一般人の能力向上になるかが決まる」


 嫌らしい笑みで3階の奥へと目線を向けると、記者たちの体がびくりと跳ねる。

 当然各社から議員や新都大学の批判を出すこともできる。

 講堂内にいる記者も、社内にいる記者もどうとでもできるという自由に頭を抱える。


「さて、本日招待した記者の方は、能力を獲得しなかった者たちを選定していただいた。学生諸君も一般の方がどうしたらアクセルを使えるように……最後まで言わなくていいね。記者の方々は教壇まで来てください」


 おろおろする記者たちを志麻議員が宥めながら壇上へと連れて誘導する。

 生徒たちが嫌悪感を抱いていることを肌で感じながら、震える足を押さえつけ歩く者。

 中には足元がおぼつかず転んでしまう者もいる。

 荒い呼吸で顔が赤くなりつつも、なんとか壇上までやってくると、大腕を広げた太子が出迎えた。


「君たちは拒絶も選ぶこともできる。ただ、選ばれたことに誇りを持っていただきたい」


 太子は言葉を続けつつ、志麻議員を手で追い払う仕草をする。

 記者たちは、上役から手に入れられる全てを持ってこいという指示の元ここに来ていた。

 太子はそれを知りつつ選択肢を与えた。


「受けられる方は一歩前へ」


 8人いた記者のうち、4人はすぐに前へ出る。

 遅れて2人が前へ、


「では君たち2人はお帰りください」


 出口へ手を差し出すと、1人が憤慨し、もう1人は目に涙を浮かべる。


「なぜだ! 気持ちに整理がつかないこともあるだろう!」


 怒る記者の話の間、太子は耳をほじり全く聞く素振りを見せない。

 さらに顔を赤くした記者が手を振り上げたところ、白い手がその者の髪に触れ、吊り上げられた。


「いぎっ」

「あたなは勘違いしているわ」

「な、なにを」

「この時間は税金で賄われていて、モニターの向こうで何千人も見ているのよ。その時間を奪っているの。あなた1人の感想はにでも言ってなさい」


 沙羅の手が記者の髪から離れると、崩れるように落ちた。


「ぐ、ぐぅ。ぼ、暴力だ!」


 記者が倒れながら出した指先は、沙羅ではなく大きな手の平だった。


「自分が弱いと友達が死ぬんだ」

「何を言ってるんだ。弱きものを守るのが強いものの……や……」


 悲しそうな目の優大男やさおおおとこが怒っていた記者を見つめると、怒気が怖気に一変し、顎がぷるぷると震え出す。


「早く帰ったほうがいい。お友達が待ってるよ」


 その場から逃げ出すように手足を動かし、這って扉から出ていった記者を見届けると、太子がいつの間にか前へ出ていたもう1人へ声をかける。


「時間ができて良かったね」


 一列に並んだ記者の後ろを歩き、回り込んで今度は前を歩く。

 その時1人ずつ、体の一部を指していった。


「今指したところが核石のある場所。生徒諸君はご存知かと思うが、他人にアクセルを使う前段階の起動……アクティベートさせるには核石へ直接アクセルを送り込む必要がある」


 再度記者の核石部分を指しながら歩く。


「すぐに解放できる方からやってしまおう」


 教授たちそれぞれが1人ずつ体に軽く触れると、すぐに離れてしまう。

 ほんの一瞬で、これからと思われていたが、触れられた者が急に体を押さえて痛み出す。


「これが解放に伴う痛みで、ちまたではスキル開花の通過儀礼と言われている。実際は初めて神経が通った時の痒みと痛みんい近い。次に彼女は」


 太子が肩と太ももへ同時に指を当てると、女性はうずくまってプルプルと震え出す。


「核石が2箇所あると、痛みなども強くなる」


 その隣にいた男は先ほど泣いていた者。彼の視界にはうずくまる女がいて、怖さで再び涙腺が緩くなる。

 恐れながら待っていた時、太子が突然指を弾く。

 その音が講堂に響くと、糸が切れた人形のように彼は倒れた。

 太子がしゃがみながら倒れた男の股ぐらに指を当て、再び立つと言葉を続ける。


「部位によってはショック死も考慮しなければならない。彼が拒絶した理由もどこかでスキルの開花について知ったのだろう。そして」


 残った1人の前で立ち止まった太子が、腕を組んでいる女の全身を眺める。


「嫌らしい目。まるでせ」


 太子の指は髪の毛を一本だけ掴む。


「ちょ、ちょっと! 髪に核石があるわけないでしょ」


 掴まれていた毛がゆっくりと引き抜かれていくと、女はだらしなく唾液を垂らし、眼球が裏返っていく。

 ずるりずるりと引き出された毛の根本に、細長く蠢く生物がついている。


「これが侵食型の寄生虫だ。おそらく沼地のある場所にでも行ったのだろう」


 倒れた女は愛に抱えられ、頭部に謎の液体を塗り込まれていた。

 いまだに暴れ回っている寄生虫は、太子に掴まれたまま大型スクリーンへ映し出される。


「ちょうど良い検体が手に入ったので、アクティベートの失敗例を見せよう」


 スクリーン上では掴まれた寄生虫が更に強く暴れ、仰け反るような形で固まってしまう。

 太子が指を離しても、その形は変わらず、徐々に胴体が膨らんでいく。

 スクリーンいっぱいまで膨らんだ寄生虫は、引き延ばされた皮膚が透け内臓まで映し出される。

 膨張に耐えきれなくなった寄生虫は破裂する。

 体液や欠片も飛び散り、スクリーンには張り付いた内臓だけが映し出されている。


 駆けつけた毒原が掃除しなければ、気持ち悪い映像を垂れ流されたままだっただろう。

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