第15話 暇がない

「んー。久しぶりの外だねー」


 エイジは体を伸ばして日の光を感じている。他の者たちも同じように太陽を浴びて、疲れ切った心と体に栄養を与えていた。太子を除いて


「大学行って、天友会へ行って、また大学に戻って、機関に書面。えーと、あと面会もあっただろ。他には……」


 ぶつぶつと呟きながら、一人で先に歩き出し、小さくなっていく太子を見かけた面々が慌てて追いかける。

 少しだけでも休もうと声をかけても太子は止まらず返事もない。

 呟きだけは全員の耳に入ってきて、予定の多さに呆れ返ってしまう。


 蜂坂へ帰還の報告をするのも手短に終わらせ、4人を急かしながら島を出る。小舟の操船はもちろん太子だ。

 櫂の動きは残像を残すほど早く、波を跳ねるようなトビウオ状態で海を爆走。

 岸へ到着した4人はことごとくゲロ散乱。


「ヘイ、タクシー!」

「近くのもう1台呼んでくれ。あっちの倒れてるのが起きたら天友会まで。俺は新都大学までだ」

「新都1人と天友会4人ねと。あれは金もってんですかね」

「どっちも新都大学にツケで、とりあえず出してくれ」


 太子が講師のカードを見せると、運転手は真偽がわからぬまま発車した。






「お客さんたちまだかねー」

「も、もうすこっぶぅ」

「すまないけど、加算料金はいただきますよ」


 残された4人が出発したのは、太子がいなくなってから2時間後。

 船酔いの残り香を漂わせながら、気力だけで天友会へ辿り着く。

 口を濯いでちょうど一服している時、


「いたいた。ちょうど揃ってるな。4人をドンキーさんが呼んでるぞ」

「鷹伏? まだ到着の報告もしてないのに」

「客もいるし、先に行った方が良いぞ」


 ガクガク震える体を持ち上げ、サクラに至っては太ももを叩きながら動け動けと叫ぶ始末。

 仕方なく鷹伏が肩を貸し、応接室へと運んでもらう。

 男が「ふんはっは」とご機嫌なドンキーの声が漏れ出てくる扉へ、躊躇しながらノックする。


「エイジ、和樹、アンズ、サクラの4人がきました」

「入るでやんす」

「お前が言うな!」


 腰を低くして入ってきた5人が奇妙な人物を見て目を丸くする。

 ビン底メガネに白衣を纏い、チリチリになった髪の男。


「ふん!」

「ぶっ。おあはほっほっほ、あふっふっはっはっほ」

「ぶはっごっはっはははは」


 白衣の男が笑えばドンキーも笑い、それに釣られて白衣の男が笑う永久機関。

 隣にいるカイリも悩ましげな表情をしている。


「来てくれて助かる。ドンキーさんも笑ってないで用件を言ってください」

「っはっひゃ。はっ。すまんすまん。タコから話は聞いている。すでに許可は出したゆえ、本人から確認しろ」


 元気よく返事をした4人が出て行こうとしたため、ドンキーが慌てて声をかける。


「待て待て。ここにいる」


 反転してドンキーへ向き直ってみたが、太子はどこにもいない。

 いるのはドンキーとカイリ、それに奇妙な男。

 するとその男がメガネと白衣を取り外す。


「悪いね。ドンキーさんと会うの時はこの格好と決まっているんだ」

「……えぇぇ」


 反応はまちまち。

 エイジは頬を軽く動かすだけだが、和樹とアンズはドン引きしていた。

 サクラは余裕なく、今だに男の肩へ寄りかかっている。


「えーと、アンズくんとサクラくんは2日後に新都大学で特別講義を受けてて欲しい。昼過ぎにこちらへ迎えの車を寄越すので準備していてくれ」

「あ、昼過ぎですね。わかりました」

「エイジと和樹くんは、この封筒に詳細を書いておいた。あとで確認しろよ。じゃ」


 急いで去ろうとする太子へ声がかかる。


「あの! 私も講義を受けられますか」

「ん? 君は異界へ行っただろう。ねぇ、ドンキーさん」


 太子は同意を求めたが、ドンキーは苦い顔をしている。


「それがなぁ。ちょっと遅刻しちまったようでな」

「遅刻……まぁまぁ、あいつも忙しいんだな。1日とか」

「10日遅れてきたようだ」

「……あんのクソ鳥が。まぁ、でもあいつが時間を作れば良いさ」

「それが急遽な、航空防衛に駆り出されてしまった。しかも沖縄とな」

「ということは彼も」


 ドンキーが首を横へ振る。

 頭を掻きむしりながら悶絶する太子は、陸に打ち上げられた魚のように跳ね回った後、怒りをぶつけるように紙へと書き込んだ。


「すまないが、1人しかねじ込めない」

「かまわんよ」

「あと、そういうのは先に言ってくれ。お前の悪い癖だぞ」

「そ、そうだな。気を付けるとしよう」


 ぷりぷりと怒りながらエイジたちの横を通る時「やめてやる」「クソ鳥」と何度も呟いていた。

 しばらくして、太子の様子に圧倒されていた面々が落ち着きを取り戻す。


「本当に私は講義へ行っても良いのでしょうか」

「ああ、問題ないだろう。あいつは面倒見が良いからな」



 天友会の本部を出た太子は、タクシーへと乗り込み次の目的地へと向かう。

 車の中でメモ帳を開くと、びっしりと書き込まれた予定にうんざりとしている。


「先生大変そうだね」

「ん? そのような話をしましたかね」

「さっき4人を天友会へ送った方ですよ。先生を送った奴から聞きましてね」

「あまり言いふらされても困ります。まぁ、私が無理を頼みましたから仕方ない」

「あいつも普段は言わないんですが、ちょっと興奮してたみたいです。ところで、裏道を使うと予定より早く着けますが、どうしますか」


 太子は、少しでも休めるならと運転手に頼んだ。

 車幅ギリギリの住宅地をスルスルと抜けていく様に、太子も驚嘆する。5分早く到着すれば良いと思っていたところ、20分も前に目的地へと来てしまった。

 面会相手も忙しく、会議に出席中と言われてしまう。受付へ予定時間に戻ると伝えて建物の外へ出ると、運転手が缶コーヒーで一服しているところだった。


「客を探さなくて良いのですか」

「今日は店じまいですよ。それより、まだだったら一服しますか?」

「そうですね。ちょっとだけ」


 太子が返答をすると缶コーヒーが飛んできた。


「自販機が残ってるの珍しくて、ついつい買い過ぎてしまいました」

「残念ですが、これは請求できませんよ」

「ははは。ですよね」


 どこか憎めない運転手に好感を持った太子は、ポケットから紙束を取り出し、もぎっ一枚を渡す。


「これは」

「物交互助会の食事券ですよ。ちょうど真向かいに食堂があるので」


 太子が指した先に、数台のトラックが駐車されている場所がある。指先が少し横にズレると、その先に小さな倉庫が建っていた。


「あれが」

「物交の持ってる建物は、9割以上が家や倉庫をそのまま使ってますから小さい。ですが、大きさの割に色々置いてあるから便利なんです」

「そんな風には見えないけど、面白そうですね」

「話の種にはなりませんか」


 口角を上げた運転手がタクシーへ乗り込んで発進すると、トラックの隣へ横付けする。

 運転手が食堂のドアノブに手をかけながら太子へと振り返る。


「先生の帰りまで残ってたら大学まで送ってあげますよ」

「期待しないでおきます」


 レトロなベル音が鳴り止むと、太子も建物の中へと入っていった。

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