第14話 異海5
2層の最奥を抜けた一行は、一言も話さず階段を降りていく。
太子から声出しの許可は出ているが、口にすることができなかった。
声が出せないことも太子にはわかっていたため、あえて話しかけることはせずに黙々と進む。
今までとは明らかに違う道、崩れかけのコンクリートの穴や金属の手すりに手をかけると、ポロポロと破片が落ちてしまう。
壁から突き出した看板は文字が薄れてほとんど読めなくとも、印象的なロゴは全員が知るものであった。
「気味が悪い。誰かが手を加えたのか」
和樹が声を出すと、各々がそれぞれの思いをこぼし始める。
「なんでこんなのがあるの」
「わからない。でも、開けたところところに出るみたいだよ」
なぜそこにあるのかわからぬまま、新たな大部屋へと辿り着こうとしていた。
「これは」
今までの何倍もある大空洞へ踏み入れると、いくつものビルが目に入る。
そのビルから小さな影が横切った。
「警戒」
4人が敵襲を想定し身を固めている中、太子は同じペースで歩み続け、
「お、おい。先に行っちまうぞ」
「……警戒しながら進むしかないか」
そのまま10分程度歩かされると、景色が変わってくる。
散乱した瓦屋根や木片が散らばる中、それを踏み越えて突き進んで行った先に、剥き出した土の広場がある。
「エイジ。こっちだ」
エイジに声をかけた太子が手招きすると、その横にいびつな石が突き刺さっている。
「これは?」
「エイジの爺さんと婆さんだ。手を合わせてやってくれ」
無言のまま、しばらく思考していたエイジが手を合わせると、他の者もそれに
「叔父さん。ここに人が住んでたの」
「さっき通ったところもそれなりに発展してただろ。この中だけでも数万人はいたんじゃないかな」
「……飲み込まれた」
エイジの言葉に、そんなことがあるのかと、
「そ……か……、いや」
「これだけの人が居たのなら救助が出るはずよ」
「救助は出したみたいだな」
太子の言葉が引っかかる。
言葉を選ぶと何も言い出せず、再び良い文言はないかと4人は思考を巡らせていた。
そこへ太子の柏手が打たれる。
「君たちは聞けないだろうから、こちらが話せることだけ口に出すとしよう」
太子はそれ以上は言わないぞと線を引いて、
細かいことは省いて説明する。
取り込まれた人々は、すべてがギリギリの中で生活していた。
運が良かったのは、指導力の高い者がいたことや、食料の備蓄が多かったこと。
物取りや小競り合いは起こっていたが、なんとか街を成り立たせていた。
もちろん逃げ出す者もいたし、強さ自慢の奴は一人でどこかに行ってしまったりもする。
問題が起きたのは、閉じ込められてから1ヶ月後のこと。
どの老人の指も動かなくなってしまう。
一斉に同じ症状が起きるのは異常だと医者は言うが、原因は不明。
調査する人員がおらず、機材もない。
燃料が底を尽きて街から光が消えた。
すぐに暴動が起こって指導者はいなくなり、力での屈服が始まる。
強い者が上に立ち、好き勝手し始めてから更に一月たった時、弱者が集まってある計画を立てる。
数の暴力で支配者を攻め立てること。
計画者が集めたのは100人に満たないが、襲撃の現地へ行けば万に届きそうな人が勝手に集まってきてしまった。
寝込みを襲われた支配者たちは、その数を見て腰が抜け、命乞いをする。
それでも彼らの行動は止まらない。
踏みつけ……これは言う必要ないな。
それでも彼らの行動は止まらない。
「その先は俺もわからん」
「どういうことよ。見てたんじゃないの」
「俺や姉さんは探索の一団に入っていたんだ。姉さんは英語が話せたから、巻き込まれた外国部隊の人の通訳で呼ばれたし、俺は昔から海が好きな少年で役にたつかもと」
太子は木片に火をつけて墓石の横に突き刺し、話を続けた。
暴動を起こした彼らも異常だし、その調査隊にも正常ではない者が現れていた。
精神を侵されたと言う者、寄生虫に取り憑かれたと言う者。
その時はどれが正解かなんてわからないが、みんなが限界の状態でそいつを連れ歩くのも、解き放つのも危険。
後から知ったが、俺たち姉弟には知らせずに処分されていたらしい。
1人また1人と減っていくうちに、10人いた仲間は半数に減って調査どころではなくなった。
弾薬も底を尽き、一度街へ戻ることにする。
街の中は鉄と腐敗した肉の臭いが充満して、生き物の気配は感じられなかった。
生存者を探し回ったが、1人もおらず、残された手記にさっきの内容が書き殴られていただけだ。
「お爺さんとお婆さんはそれに」
「いや、閉じ込められた時に大きな揺れがあってな。家具の下敷きになってしまったよ。今思うと良かったかもしれんな」
「そう……」
「これ以上は蛇足になる。エイジに元服の儀を執り行う」
太子はエイジにあぐらを組ませると、動かないように告げる。
墓石の後ろ掘って小箱を取り出し、蓋を開けて一人だけ覗き見た。
「異海に埋めておくとこういうこともあるのか」
小箱の中から取り出されたのはツヤのある扇子。
焚べられた火の揺らめきを反射し、シャリシャリと独特な音を出しながら開かれる。
「俺らの先祖は海で生業をしていたらしいが、その1人が女天狗となったそうだ。はっきり言うと信じてない。けれど、ここに来るのに必要だから覚えておくと良い。そして、これはその天狗が使っていた鉄扇。これをエイジに」
エイジが両手で鉄扇を受け取ると、スキルを使った後のような疲労感に苛まれてしまう。
「異海で妙な力がついてしまったが、これからも潜るなら……まぁ、使えるだろう」
「確かに受け取りました」
「一つ言っておくことがある」
「はい」
「さっきも言ったが、女天狗の家系だから正当な継承者はアンナだ。あれはいらないと言うだろうけど、もしアンナに子供ができたら俺みたいに渡してやってくれ」
「任されました」
その後は、みんなで
太子が振る舞った食事は、長期保存できるものばかりで、潜るたびに少しずつ持ち込んでいた物だ。
それぞれ思うこともあったが、元服の儀式を見るのも初めてだったこともあって、面白がりつつ祝っている。
「元服ってあんなんだやっはっはっは」
「飲み過ぎだよぉ」
「そういうサクラも……」
「寝ちゃった」
サクラはアンズを抱えて寝床へ移すと、そのままそばで様子を見ている。
「もうむ……り……」
「飲ませ過ぎたか。エイジすまんな」
倒れ込むエイジを横向きにして、和樹は身震いをする。
キョロキョロと辺りを見渡し、目星をつけると一行から離れていった。
「まさかこんなところで酒が飲めるとは思わなかったなー」
和樹は、ほかほかと湯気を出す水たまりを作り出し、鼻歌を歌いながら戻っていると水辺にいる太子を目にした。
「何やってんだ?」
水面へと何かをふりかけているように見えるが、はっきりとはわからない。
太子が移動を始めると、気になってしまい無意識に後をついていった。
「寝れないのかい」
「ふぁ? あ、はい」
「どうせなら手伝ってもらうか」
太子が小さな袋を突き出す。
「これは」
「光コケだよ。一層で育ててたやつさ。ここは暗いから他のダンジョンから持ってきてみた」
「へぇ。そんなことが出来るんすね」
「どうだろう。まだ失敗する可能性の方が高いんだよね」
生返事を返しながら、水辺へとコケを振り撒く。
いくつか回っていると、思い出したように太子が言う。
「そうそう。君とエイジは別のところでアクセルを学んでもらうことにした」
「うぇ? なんでだよー。おっさんが見るって言ってたじゃねぇか」
「そうなんだが、エイジは元服して行く場所ができてしまってね。そこでアクセルは学べるから、ついでに君もねじ込んでしまうのが最適だとね」
「ついでってのは気に食わないな」
和樹は不満そうに口では言いつつ、顎を擦って考える素振りを見せる。
「んー、俺の感が得するぞと言ってる。ついていくか」
「ほぉ。そんな風に決めるのか」
「迷ったら感を頼れが親父の遺言みたいなもんだ。学者様には関係ないだろうけどな」
「そんなことはない。俺もまあまあ感に助けられている一人だから」
「同類かよ! ……気が抜けて眠くなってきた。ふぁぁああ」
大きなあくびをして、和樹へ寝床へと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます