第13話 異海4
穴の出口がたどり着いた先は、木の生い茂る沼地。
壁は所々光り輝いており、発光する虫もいて、比較的明るく感じられる空間だった。
だが、太子は走り続けるようにと急かす。
空中でも足を回し続けた一行は、向かい側の壁面に指をかける。
「張り付いたまま待機」
「後ろに敵が」
「わかってる。だが、もう少し……来るぞ」
「見えてる! もう来てる!」
部屋の中央まで迫ってくる羽虫を避けようとしたアンズは、太子に捕まって動けなくなる。
羽虫は目前まで寄ってくると、地響きを立てて壁の石がポロポロと崩れ落ち、強い振動を起こして頭上の壁が破裂した。
飛び散る岩が降り注ぐと、その原因から長い舌が飛び出す。
「5秒後行くぞ。4……3。2」
音も立てずに跳ねたそれは、羽虫を舌で捕えながら移動する。
視界にチラと映った姿は、タンクローリーサイズのカエルであり、それもまた底から飛び出す何かに巻きつかれてしまった。
その間に太子が動き出し、一息つく間もなくカエルの道を進み続ける。
「今……どのくらい」
「2層の中間。次の部屋が2層の最奥になる」
蛇行するような長い穴を半日も走り続けると、ようやく穴の出口が見えてくる。
その手前で太子が腕を広げて静止し、休憩を取ることになった。
「はぁ……ちょっとキチィ」
「やっと休めるわ」
「サクラさん、水を」
サクラは返事することができず、エイジから水を受け取っても最初の一口すら含めていなかった。
太子は休憩に入ってから一人で行動し、4人からは出口あたりで何かをしていることだけが解る。
しっかりと休憩をとった後、太子からの指示は寝ることだった。
「日が悪い。今は抜けられないから一度寝ておこう」
誰かが出口へ向かおうとすれば、太子はそれを止め、視界に入れることさえ許されなかった。
「ちょっとくらい見せてくれても良いのにな」
「和樹も諦めなよ。通常のダンジョンでもスキル持ちが出てくる頃だし、何よりここまで悪辣なのは聞いたこともない」
「地獄にでも向かってるようだわ。行ったことないけど」
3人が無駄口を叩いている間に、サクラは寝息を立て始めてしまったため、起こさないように眠ることにした。
強烈な光が穴を照らし、眠りこけていた者どもを強制的に覚醒させる。
「んぐ。まぶしい」
「起きたら飯を食っておきな」
瞼を擦りながら身体を起こしたエイジは、いつの間にか準備されていた朝食を目にする。
人数分の魚が焼べられており、その横では木の実が山盛りに積まれている。
「これ、取ってきたの?」
「ちょっと奮発した。それより、早くしないと食いそびれるぞー」
太子の後方から差し込む光を一瞬何かが遮った。
何かがあるとわかったエイジの判断は早く、魚の刺さった串を掴む。
エイジが食事をかき込む間に、1人また1人と起きて太子が「早く食え」と急かす。
「まともな食事は久々だー」
「水も補給してくれたみたい。和樹も顔洗ってきなよ」
準備を済ませた4人が待機していると、出口付近で警戒していた太子が戻ってくる。
「うんこするなら今のうちだぞ」
「これだからノンデリは嫌ね」
「やめときなよ。大丈夫です」
確認を済ませた太子は、食事の跡を地面へ埋め、その上に粉を撒く。
念入りに埋めた跡を調べ、満足すると4人へと新たな指示を出した。
「これから渡し船に乗る。渡し人がいる間は声を出してはいけない」
「船って人でもいるわけ? ダンジョンにいるなんて聞いたこともないわ」
「人ではない。それにまだダンジョンにいると思っているのなら、残ってもらった方が良い。死ぬのはアンズくんだけじゃないのだから」
そう言われてしまったアンズは悔しげに顔を顰め、口を塞ぐ。
「他の人も指示に従ってもらえるならついてきても良いけれど、従えないなら残ってくれ」
頷きも返事もないが、太子は言葉を続けた。
「次に相手が何をしても動かないこと、俺の指示があるまで動いてもいけない」
今までにないほど険しい表情で一人ずつ目を合わせると、ただ「行くよ」とだけ告げて出口へと歩き出した。
出口が近づくほどに濁った潮の香りが漂い始め、風も全く吹いていないため空気が澱んでいる。
だと言うのに、海底はキラキラと輝いていた。
岸辺に立ちそのまま待っていると、水面を滑るように小舟がやってくる。
小舟に乗る者は人の形をしているが、近づくにつれてその異常さに気付かされる。
その船が岸へと横付けすると、魚顔の男がコポコポと水の混じるような声音で太子へと声をかけた。
「なんのようだ」
「奥へ行きたい」
「ゲバババ。じぬづもりか」
「死ぬつもりはないが、死んだ者へ手を合わせにきた」
侮蔑するように笑っていた男は、眉を上げ丁寧に胸へ手を当てると、今までの濁った音からは想像できない透き通る声で話し出す。
「それは失礼した。『そおな』を尋ねよう」
「豊前より先にある山にて修練し天狗となった女の系譜を持つ、深海太子だ」
「おお、知っているぞ。海の名を持ちながら空へ登った者だ。それで……後ろの者はなんだ」
「この男、エイジは俺の甥だ。遅れてしまったが、元服の儀を墓前で行う」
「他のは贄か」
「彼らは賑やかしだ。祖の土地では、墓の前で騒ぐのが風習となっている」
「それは残念だ」
魚男が残念そうに横を向くと、エイジの眼前に櫂を突きつける。
エイジが瞬き一つせず魚男を見つめ続けていると、その男は更に肩と落とし、櫂を下げて手招いた。
「助かる。順次乗り込むように」
太子の合図で小舟へ乗り込んだ一行は、船の動きがおかしいと気づく。
魚男が櫂で漕いでいるのに船は揺れず、右往左往しているかと思えば先ほどまでの岸へと戻ったりと動きが読めない。
たまに船頭が歌うとそこかしこから歌が返ってくる。
そこで、今まで話しかけてこなかった船頭が唐突に声をかけてくる。
「わかるか」
アンズが反応しそうになるのを太子は見逃さず、じっと見つめると開きかけたアンズの口が閉じた。
「わからん」
「だろうな」
「が、心休まる気分だ」
「届いたか! やはり海は良い。気分も良い」
急に上機嫌となった魚男は、一直線に目的地へと船を走らせた。
止まっていた風が動いているように速度を出し、見る見るうちに岸辺へ近づいていく。
このままでは激突する。
と目を瞑った一行に衝撃はなく、次に目を開けた時は陸地に立っていた。
「いたずら心で時間をかけた」
「俺たちだけでは辿り着けなかった。ありがとう」
「だろうな。帰りはいつになる」
「明日この時間に」
「また我とな。縁がある。明日は問答不要」
魚男は再び音も立てず船を滑らせると、突如現れた濃霧に飲み込まれ、彼の歌声だけが響き渡る。
「まだ声は出さない。さあ行くよ」
太子の号令で歩き出した一行も、濃霧の中を進んでいく。
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