第12話 異海3

 17日目


 和樹は、幾分かマシになった槍を振り、ひと薙ぎごとに集ってくる敵を払っていく。

 その槍先からパチパチと爆ける音を出し、小さな線が放出されていた。


「スキルさえ使えればこんなもんよ」

「チェアアアアア!」


 和樹の声をかき消すようにアンズは気炎を吐き出す。

 そのまま巨大なムカデに切り掛かると、一刀で頭部を切り飛ばす。


「どんなもんよ」


 腰に手を当て鼻息を荒くしていたアンズに、飛ばされたムカデの頭部が向かっていた。

 胴体と離れた状態でも牙を開閉し、獲物に食らいつく瞬間、一つの影が獲物を奪い取る。


「気を抜くの早すぎだよ」

「ふん。あえてよ、あえて」


 ムカデは悔しげにカチカチと鳴らしているが、徐々にその動きも弱まっていく。

 完全に動きを止めた後も用心深く周囲を見渡す一向は、安全を確認すると巨大な報酬へと走り込んだ。


「うひょー! この牙は使えるってか、置いてきたのより良いんじゃね」

「だよね。早速解体しちゃおう」

「取り分は半々よ!」


 3人から遅れてサクラも駆け寄ると、一緒になってナイフを差し込んでいく。

 1時間かけて切り出した牙は、エイジの身長とほぼ同じ長さ。

 得た獲物はあまりにも大きくて、持ち運びが不便で扱いに困ってしまう。


「どうする」

「加工しないと消えちゃうけど、そんなことできない」


 扱いに困っていると、口を膨らませた太子が降りてくる。


「ほーひは」

「牙を持って帰りたいんだけど、放置したら消えるし、どうしようか話してたところ」

「ほーん」


 軽く返事した太子が切り出した牙を覗き込むと、自身の爪で傷つけようとする。


「それは無理だって。俺たちも武器を使ってなんとかだし」

「ひふはひへっんへ」


 和樹には太子が何を言っているかわからず、放置することにした。

 新しい牙を切り出そうと振り返った時、後方から耳障りな金属音が鳴り響く。


「っんぐ……まずい。これで良いんじゃないか」

「何したのよ」

「爪で傷つけたから置いてっても良いぞ」

「そうじゃなくて! どうやってこんな硬いのをやったのか聞いてんの。あなたのスキルなの」

「俺は君たちみたいに能力を持ってないよ。でも、核石があれば誰でもできる」


 太子が人差し指をムカデの外郭へ押し当てると、ピシピシと異音を出しながら指をめり込ませてた。


「研究仲間だとアクセルと言ってるんだけど、君たちだと何て言ってたっけ、解放……違うな」

「身体強化」

「それだ。スキルより簡単だと思ってたんだけど、もしかしてできないの」


 太子の言葉が刺さり、悔しげな顔を見せる。

 申し訳なさそうに「ごめん」と謝ったことで、アンズは憤慨してしまう。

 しかし、向ける矛先が自分であったため、地団駄を踏む様子が駄々をこねる子供にみえてしまう。


「叔父さん。やり方って教えてもらえたりするの」

「いやぁ、流石に残り日数が少ないよ。だけど、君たちがスキル使ってる時はアクセル状態だと思うんだ」

「気づかなかった。今回は難しくても、後日手解きしてもらったりとかは」

「いやぁ、戻ってから頼まれごと多くてなぁ。うーん。教えてあげたい気持ちはあるんだけれど……」


 しばらく考えた太子は、代替案を絞り出す。


「日時と場所の指定はこちらに任せてもらうなら、なんとかなるか」

「ありがとう」

「まぁ、なるべく早くできるように動いてみるさ。愛に仮を作るのは癪だが仕方ない」

「よっしゃ」


 4人がムカデを切る間、太子は地面に字を描きながらぶつぶつと呟いている。


「この日はダメか。こっちは移動が……天友会にも連絡、直接行った方が早いな」


 頭を掻きながら悩む太子を見たアンズが申し訳なさそうに呟いた。


「無理な注文ったみたいね」

「いや、叔父さんが断る時は即断だから。たぶん、本当に抜けてたんじゃないかな」

「それなら良いけど」


 再びムカデの解体に集中し、ギリギリ4人が抱えられる量の素材をまとめると、考えをまとめ終わった太子が傷をつけていく。


「じゃあ、残り4日は君たちは見学かな」

「俺たちもっとできるって」

「和樹くん。もともと1部屋攻略だけのつもりなんだ。というか、次の部屋から初見の死亡率が高くて、まともな人にはおすすめできない」


 この部屋ですら手こずっていた4人の口が開かなくなる。

 太子が試しに連れていくと、奥が見えないほど巨大な空間が完全に水没していた。


「あんなのどうすんのよ!」

「呼吸スポットがあるから、そこを通っていく。ちなみに最初の部屋と同じような貫通するブロックもある」


 太子が地面に全体図を描いて見せると4人に絶望が広まった。

 和樹は潜り直して他に道がないか探し、エイジとアンズは全体図を見ながら効率的な移動経路を考える。

 早々に動き出した3人と違い、サクラは太子へと近づいていった。


「この部屋の素材について聞いても良いですか」

「良いよ」

「空気が漏れにくい素材と、水に強い接着剤のようなものはありませんか」

「ある」

「やった」

「が、どちらにせよ期日に間に合わないかな」

「そんな」


 サクラは落胆したが、太子は最初から水中を抜けるつもりはない。

 正規の経路だと、順調に進んでも2層の2部屋目で折り返すことが解っていた。

 太子は全員を集め、これからの道行を説明し始める。


「君たちの自発的な行動を妨げて悪いが、今回はとにかく時間がない。だから抜け道を使うことにする」


 そう言って、ムカデが開けた大穴を指す。

 人が歩くには十分な高さと幅の穴は、確かにどこかへと繋がっている。

 ただし、その先はムカデの寝床かもしれない。

 そのような考えが4人の頭にちらついていたため、あえてその選択をとっていなかった。


「君たちが懸念するのはもっともだが、あそこを通れば2層の中間ポイントに辿り着ける。どうしても行けないのであれば残り期間をここで待機してもらうことになるが、エイジは強制だ」

「え?」

「今回引率を受けたのも、ちょうどお前を連れて行こうと思ってたからだよ」

「私たちはついでってこと? なんか嫌ね」

「予定がなかったら、鷹なんとかくんと同じところに向かってもらったかもね。じゃあ、大穴の前で待ってるよ」


 格好つけて言ったようなセリフの後のくせに、崖を登る太子の姿はまるで這いずる虫のようだった。

 躊躇なく後に続く和樹を追ってエイジも登り始め、残されたアンズがサクラに声をかけた。


「行きたいんでしょ」

「アンズちゃん」


 力強く頷いたサクラの尻をアンズが叩いて一緒に進むと、待っていた3人が作業をしていた。


「くっせぇ」

「我慢しとけ、この虫除けを塗っておかないと大変だぞー」


 和樹の全身に塗りつけたそれは、酷い悪臭を放っており、それは下水の原液のように鼻へと突き刺さる。

 エイジからサクラと続き、アンズの番になると拒絶が強く逃げ回る。


「べ、別に塗らなくても良いんじゃない」

「俺は構わないが、捕まったら虫の苗床だぞ」

「……塗ってください」


 ようやく塗り終えると、太子が一つだけ決まり事を伝える。


「常に同じ速度で走ること」


 太子がそれだけ言うと走り出す。

 ダイバーの基準で言えば、早くもない。

 やや下り坂の穴を10分ほど走り続けていると、太子が速度を上げた。

 釣らて速度を上げた和樹をエイジが抑え込み、我に帰った和樹がペースを戻す。

 4人から見えていた小さな太子が、今度は大きくなってくる。

 太子へ近づくほどに、何をしようとしているのかわからされる。


 前方に広がる広間では、様々な羽虫が飛び交い、互いに喰らいあっている。

 体液を撒き散らしながら一緒に落ちていく様子は、悍ましい。

 その手前でずっしりと構えた太子が、手のひらを腰溜めに待ち構えていた。


「跳べ」


 エイジと和樹が頷くと、太子の手に足をかける。

 踏み込みと同時に前へと跳ねた2人は、虫の隙間を抜けて対岸へと着地、そのまま走り出す。

 続くアンズとサクラも同じように跳び上がる。

 鳥肌を立てながら辿り着こうとした時、サクラが下をみようとした。

 一瞬視界に映った者が何かを考える間もなく、視界が塞がれそのまま抱えられてしまう。


「何か見たか」


 太子の声に安心し、硬直していたサクラの力みが少しとれる。


「何か歩いていたような」

「それだけか」

「他は何も」

「よし。それならまた走ってもらう」


 太子がサクラの足を地につけると、再び速度を上げて今度は視界から消えるまで遠くへ行ってしまう。

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