第11話 夜話

 サクラは申し訳なさげに太子とエイジの近くへ行くと、戸惑いながら声を出す。


「エイジくんは話したいことがあったんじゃ。聞かない方が良いなら」

「問題ないよ。おじさんと話したかったのは、お金の話で」

「お金? それなりに持っているんじゃ」


 サクラの返した言葉に気まずくなったエイジはポリポリと頬を掻く。

 しばらく黙ったエイジを見て、太子が口を開いた。


「1円もない。いや、銀行に10円くらいはあったかも」

「そんな……そうなんですか。振り込まれる予定があるとか」

「ないなー。ここ数年金に触った記憶はないな」

「流石にそれは」


 太子の向こう側にいるエイジが首を振る。


「税は物納だし、役所にも許可もらってるから問題ないんだよ」

「そんなことが出来るんですか」

「サクラさん、おじさんを参考にしちゃダメだよ。最近知ったんだけど、この人寄付量が半端ない。国営養育所で使われている食料のほとんどが、おじさんとその関係者なんだ」

「いや、でも、今の養育所ってかなり増えて」


 つい先日、養育所の子供が100万人を突破し、受け入れられる人も増えてきた。 

 それでも、子供は親が育てるべきだという論調は根強く、反発も大きい。

 関わっただけで不買運動の餌食になった企業もあり、それで倒産に追い込まれた例も存在している。


「子供に栄養を行き渡らせる目的と、金銭での取引が難しいところとマッチしていたから認めさせた」

「認めさせたって……」

「それには答えないよ。まぁ、どちらもジリ貧だったわけさ」


 規格外の話についていけず、サクラには突っ込むこともできない。

 ただ、エイジが厳しげな表情で太子を見つめる姿は映っている。


「妙な奴に睨まれているんじゃないかって、母さんも父さんも心配してる」

「問題ない。エイジたちには矛先は向かせないよ」

「そういうことじゃないって」

「この話は終わりだ。話したいなら他のことにしな」


 そう言って新たなタバコを咥えると、笑顔の人々が楽しげに働く様子が作られる。

 その光景はサクラの目には眩しく映り、自身の両親の姿と重ね合わせると、常に仏頂面で仕事の愚痴ばかり言っていた記憶しかなかった。


「彼らは裕福なのでしょうか」

「違うなぁ。どうしても金持ちが多く得をする構造になってしまう」

「それはなぜですか」

「成長しそうなところへの投資、それは恩を売ることになる。すると売られた恩を返すだろう。労働や物品なんでも良いが、義理堅い人ほど多く返そうとする。返せば返すほど働く者は裕福にならない。薄情者は見切りをつけられる。そこは金も物も変わらない」


 太子は続けて何か口に出そうとしていたが、開いた口を閉じて話を区切ってしまう。


「富裕層には良い人も多いよ。何代も裕福な家は受け取る分量のバランスが良いから信用が高くてね。天友会で受ける案件の中にも危険と安全が吊り合っている物もあるだろう」

「確かに適正帯の依頼はあります」

「話は逸れるけど、実はカイリさんが来た時に、もう1組頼めないかと言われた」


 太子の話に2人は戸惑うが、続けて話した内容に驚く。


たかなんとかって言う名前らしいが、別の場所に紹介状書いてしまったから覚えてねぇや」

「鷹伏ですか」

「そうだったかもしれない。軽く聞いた内容だとそのチームは、バランスの良い案件を多くとっていそうだったな。もしかしたら違うかもしれん」

「その通りです。彼らも同期で、あまり危険を冒さないのからアンズちゃんは腰抜けと言っていました」

「実際見てはいないから推測になるが、おそらくその鷹伏というチームはエイジやサクラくんのところより上位だな」


 エイジは考え込み、サクラは混乱する。

 鷹伏も成長しているが、自分たちのチームはもっと伸びていると思っていた。

 そこにNOをつけられた気持ちで否定したくなる。


「確かに彼らも同期の中では少し抜けていますが、私たちより階級が下ですよ」

「あくまでも推測だよ。ただ、もし意図的に階級を上げてないなら、その中にキレ者がいるだろうな。どっちにしろ同じ天友会なら、適度に友好的にしておくと良い」


 太子は話を切り上げると「そろそろ寝ろ」と言ってエイジとサクラを追い払う。

 渋々崖を降り、拠点へ戻ったところで気持ちよさそうに寝る者どもが視界に入る。

 少しばかりモヤモヤとしていた気持ちが抜け、眠気が襲い始める。


「私もあんな叔父さんが欲しかった」


 エイジは体が浮くような感覚の中、そのような声が届いたと錯覚する。



 暗闇の中、生き物の息遣いが静けさを助長する。

 新しいタバコに火をつけた太子から真っ黒な煙が吐き出され、渦を巻いて一点へと向かっていく。

 吸っても吐いても煙は吹き出し、時折苦笑いをしつつ、その煙を見つめ続けていた。

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