第10話 異海2

10日目


 新しく発生したダンジョンの1層を突破するためには、3日を要すると言われている。

 安全の確保、マッピング、敵の調査。

 他にも挙げていけばキリはないが、10日かかっても1層どころか2つ目の部屋すらエイジたちは抜けられない。


「和樹の方、3抜けたわ」

「エイジ。少し受けてくれ」

「任せろ」

「アンズに新手が4。フォローするよ」


 天井から垂れる鍾乳石にへばりついた太子は、4人を見下ろしながらコケを毟ってテカテカとした袋へと詰め込む。

 その間も4人は戦闘を続けており、汗を飛ばしながら着実にワラワラと集まるバケモノどもを倒していた。


「スキルが使えないってクソよ」

「全くもって……その通りだね」

「止まった! 敵の補充なし」

「よっしゃ」


 初日は2人ずつに分かれていた訓練生たちも、限界を感じとり4日目からは合同で戦うようになった。

 まともな食事は太子が奪い取ったカエルのみで、翌日からは自生する謎の植物で空腹を満たすだけ。

 なんとか倒し切った4人が目の前にある倒れたバケモノを見て涎を垂らす。


「ほれほれ、ぼさっとしてないで逃げるよー」

「そうだった。テキトーに持ってけ!」


 和樹の声を聞いて我に帰った者から入り口へと駆け込んでいく。

 全員が水へ避難し終わると、カチッカチッと硬質の音が洞窟に反響する。

 横穴から巨大な牙が飛び出し、その勢いで岩が崩れ落ちた。

 現れたそいつは、首を振り回してスースーと獲物を嗅ぎ取ると、散乱した死体へと突進する。

 一通り洞窟内を蹂躙した後は、満足して元の巣穴へと帰っていった。


「ひでぇな。何も残ってねぇ」

「また地面ごと抉られてるわ」


 取りこぼしを確認する和樹とアンズは落胆し、はなから期待していなかったエイジとサクラは歪なナイフで解体を始めている。


「やっぱり切れ味が悪い。もっとマシな物が欲しいね」

「和樹くんの持ってるザリガニっぽいのは使えそうですよ」

「そうだね。とりあえずナイフと槍先、アンズさんの剣は無理かな」

「仕方ないですよ。下手な剣だとすぐ壊しますから」

「サクラ! 聞こえてるわ」


 そんな軽口を叩けるのも、ようやくまともな食事が手に入ったからで、アンズも意識は勝ち取った獲物へと向いていた。


「おめでとう。おめでとう。ようやく君たちも食事を獲れるようになったね。先生泣いちゃう」

「どの口が言ってるんだか……まっったく、戦闘にも参加しないで先生も暇じゃないんですか?」

「そんなことはないよ。さっきも天井からコケを取ってね。初日から育てた甲斐があったね。なかなか特殊な育ち方をしてて調べ甲斐がありそうだ」


 嬉しそうに自分の袋を覗き込む太子に4人は呆れ、自分たちの獲物へ視線を戻す。

 苦戦しながらも解体する横で、常に「ほお」「これは」「なるほど」と楽しそうに声を出し続ける太子に、アンズが苛立つ。


「ちょっと、先生は何も食べないんですか。それともそのコケでも食べるんですか?」

「ん? コケか……いや、これは調べてからだな。よし、あれにするか」


 突然歩き出した太子が、今までは奥へと向かうのに、今回に限って入り口へと向かっていく。

 一人だけ外に出て食料を持ってくるつもりかと思ったアンズは、太子を追うように立ち上がる。

 しかし、太子は一向に水の中へ入らず、水の中を眺めているだけだった。

 あぐらを組んで、石のように固まって数分後、ゆっくりと右腕開いて水中へ落とす。

 鎌のように作られた手で水を切ると、キラキラと水が中空を踊り、何かが地面へと着地した。


「よし」

「な、なにそれ」

「魚だ」


 篝火に当てられて鱗は輝いているが、その先には太子の手が透けて見える。

 鯖折りで絶命させた太子は、指だけで身と骨を分けてしまった。

 魚の身を軽く炙っただけで脂が滴り落ち、その度にジュウジュウと煙をたてる。

 それが4人には耐えられない。


「もうダメだ」


 最初に音を上げた和樹は、解体途中の肉を強引に切り離し、太子の横で炙り始める。

 それに釣られてエイジやサクラまでも、作業を放り出して一緒に自分の肉を火に掲げている。

 アンズだけは歯軋りしながら大トカゲの皮を剥ぐ。

 ようやく食べられる形にした時には、太子がちょうど魚を口にしている。


「んんんん! ムカつく!」

「アンズちゃん。小さく切ったので作ってあるよ」

「っぱサクラよ! 我がヨメー」

「やめてって。それにエイジくんや和樹くんのも刺さってるし」


 目を合わせようとしないエイジと和樹を見たアンズは、か細い声で「ありがとう」と呟く。


 久々にまともな食事をとった面々は、早々に眠りについた。




 もぞもぞと動き出したサクラが一瞬ブルブルと震えてどこかへと向かっていく。数分後にスッキリした顔で拠点へ戻ると、エイジの姿が見当たらない。

 警戒しつつ周囲を探ると、崖の上で赤い点がゆっくりと点滅し、その手前で動く者がいる。

 物音を立てぬよう何者かについていくと、微かに声が届いてくる。


「おじさんがタバコ吸ってるの初めてみたよ」

「別物なんだが……見せた方が早いか」


 赤い点の周りで白い煙を燻らせながら形作っていく。


「こっちがエイジで、こっちがアンナ」

「そういう技なの」

「いや、そういう物だよ。思い出しながら煙を出すと記録できるんだが、かなり不便で広まらなかったんだ」

「一本やってみていい?」


 太子は先端に火をつけてエイジに渡すと、大きく吸い込んでむせてしまった。


「ご、ごは。ごほ」

「タバコじゃないから肺に入れなくて良いんだよ。軽く口に含んで出してみな」


 今度は口を膨らませて吐き出す。

 何度か繰り返していると、和樹を模した煙がゆっくりと動き出す。


「結構便利そうに思えるけど」

「そりゃ初めて使えば記録は一つだしな。増えると何が出てくるかわからん」


 そう言って太子が煙を吐くと、若い女性と鼻の高い男になる。


「このタイミングでか……」

「この人は」

「お前の父さんと母さんだな。消えてくんねぇかな……消えねぇよな」


 気まずそうな太子の声にエイジは反応せず、身じろぎ一つもしない。

 煙から新しい男が現れると女性に組み付き、最初の男が殴りかかった。

 殴り殴られ首を絞め、投げたりと訓練された動きで攻防を続けていると、片方が何かを取り出し突くような動きをする。

 攻勢が傾き、いつまで突きを避けられるかという勝負に見えた。

 再び突きが出されると、男たちは合体して下へと落ち、女性が両手を広げて大きくなって霧散した。


「おじさん」

「見たまんまだなぁ。それよりサクラ」


 サクラの手が滑って小石がカラカラと落ちてしまう。

 地面に着くと、アンズがむくりと身体を起こすと軽く見回して、また横になった。


「盗み聞きするつもりじゃなかったんですけど」

「聞かれて困ることじゃない。それより寝れないならこっちで話すか」

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