第9話 太子教授

「その原因は」


 サクラが食い気味に口を挟み、太子は嬉しそうに微笑んで話を続けた。


「原因は核石の生えた位置にあるんだ」


 能力を得た人間には、例外なく体内のどこかに能力を使うための核が発生する。

 それが石のように硬く、核石と呼ぶようになった。

 太子がサクラの額に指先を突きつける。


「脳。もしくは脳に近いほどね」


 その言葉にサクラの呼吸が荒くなり、倒れそうになったその身体をアンズが抱き止めた。

 アンズの視線は強く、敵意をもって太子へと睨むが、全身に怖気が走り目を伏せてしまった。


「あ、あんた何者」

「ふふ……ただの研究者だよ。それと安心して欲しい。サクラくんの目なら暴走を抑えられるよ」


 サクラは苦しげにしながらも、その目は太子を捕え続けている。


「エイジと和樹くんは反対の壁側に行ってくれるかな」

「俺も聞きたいんだけど」

「悪いね。これから話すのは彼女の能力に関することなんだよ」


 エイジは一早く反対側へ向かい、和樹も渋々エイジの元へと向かっていった。

 アンズから敵意は薄れてきているものの、眉間には皺を寄せ続けている。


「誰かから聞いたの?」

「聞いてないよ」

「それならどこで」

「サクラくんは不用心だね。鑑定類の能力は対処が難しくないし、俺は特に慣れているから」


 そこで2人は先ほどの話と太子の慣れが島の住人によるものだと気づく。


「じゃあ私の能力は」

「彼らにはバレている。というか、先にバラした。彼らにとって覗き見は挑発行為だから」

「そう……ですか」

「解ってくれたみたいだね。さて、そろそろエイジたちに戻ってもらおう」


 太子が手招きすると、離れていた2人は警戒のためゆっくりと歩いてきた。


「ここからは今回の目的を伝えよう……と思ったんだけど、ドンキーさんから何か言われているんじゃないか」


 太子の質問に全員が答えると、細かい部分の違いはあれど、大まかな内容は同じとなっている。

 ドンキーからの指令は『ダンジョンでスキルを使って良い場面は教官に許可をもらうこと』だった。


「なるほど。試しにみんな使ってみようか」

「「「「え?」」」」

「お互いに見せたくないんだろうけど、たぶん使えないから問題ないよ」


 渋々といった様子で初めにエイジが構えをとる。

 反対側の壁に向かって突き通すという意思が見られ、その姿勢だけでよく鍛錬していることが解る。

 溜め込んだ力を解放するように、手刀を突き出した。


「あれ?」

「マジかよ。俺もやってみる」


 続いた和樹もエイジと同じように手刀を突き出すが、空を切る小さな音だけが鳴った。

 鼻で笑うようにアンズも試すが、こちらも同様の結果になってしまう。

 3人のなんでという疑問に答えるように太子が解説を始めた。


「異界だと共通して能力が発動しづらく、深く潜るほど更に発動は阻害される。ダンジョンと異界の名称が異なるのも、区別して犠牲者を増やさないためでもあった。ここもダンジョンと呼ばれていた時期もあったんだけど、その時は犠牲が多かったんだ」

「スキルが使えないだけで? こう言っちゃ悪いけど、さっきの敵くらいなら倒せると思うわ」

「アンズくんの認識は間違っていない。ただ、何度もスキルを使おうとしていたら何かしらの傷を負っていただろう?」

「まぁ、それは」

「異界の共通点はとりあえずこれで良いか。続いて……いや、先に見せておくか」


 太子は最初の部屋について教えていないことを思い出す。

 おもむろに手で土をかき分け、ミミズを引っ張り出すと、各々が嫌そうな顔をした。


「これから最初の部屋に戻るけれど、絶対に水から出ないこと。呼吸しないこと。良いね?」


 4人の頷きを見ることなく、カエルの浮かんだ水路を潜り始め、部屋直前の水中で待機した。

 待ち構えていた太子は後続を視界に収めると、浮上して水面へ顔を出す。

 ひょこりひょこりと水面に出た頭が揃ったところで、捕まえていたミミズを辺りを照らし続けるライト付近へ放り投げた。


 ゆっくりと孤を描いて飛んでいたミミズが、煙を吹き出し始め、地上へ近づくほどに身体から出る煙が増える。

 ミミズが地に落ちた頃には全身が溶け、やがて地面へと吸い込まれていった。


 太子の合図で2つ目の部屋や戻った面々は考察を始め、太子はその様子をニコニコとした表情で眺めていた。


「あれは酸か? 皇子市のダンジョンに似たようなところがあったよな」

「酸にしては空気が澄み過ぎているわ。もっと透明な何か」

「透明な……術系統の持ち主でそういう人がいたよね」

「鉄鋼発掘組合の左近時さんですね。でも、物体透過は霧にも適用できるものか」


 部屋の謎を解明できそうでできない。4人は互いの知識を持ち合いながら糸口をさがしてみるが、答えには辿り着けない。

 1時間は話し合っていたが、とうとう太子が動き出す。


「良いところまでは行ってたけど、そろそろ時間だね。答えは溶解させる透明なブロックだ」


 ドーナツ状のブロックがぐるぐると回転していて、多数欠けている部分がある。その欠けている部分が部屋の空間に掛かっている間だけが侵入可能だった。


「そんなのわからねぇよ」

「和樹くん、それでも良いんだよ」

「でもよぉ」

「失敗して検証しなおして少し進んで、新しいことに挑む時は研究者も探索者も同じさ。今日はここまでにして、あれで夕食にしよう」


 ぷかぷかと浮かぶカエルを指して言い放った太子は笑顔なものの、4人は食料が持ち込めなかったことを悔やんだ。

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