第8話 異海1
1日目
街の中央にある水辺に、軽装の太子が飛び込む。
最初こそ飛沫をあげたものの、泳ぐ姿は魚のようで、すぐにその影も見えなくなった。
その様子を見守る人々は多く、関心する者や目を見開いて技を盗もうとする者など、好意的に見ている者がほとんど。
人々からこぼれ出る言葉の意味がわからない客人たちは、ただただ水底を見つめていた。
サクラが見つめる先は、全てを吸い込まれそうなほどの深く暗い。
その闇を凝視していると、小さな灯りが一瞬だけ光った。
ゆっくりと迫り上がってきた泡が水面で割れると、太子が1mほどの魚を捉えて上がってきた。
「タコさん、どうだった」
「よく獲ってたのがわかったよ。これなら数年は問題なさそうだね」
「これで一安心だな。次はもっと早くきてくれよな」
「善処するとしか言えないかな」
肩をすくめたオヤジが人々を露払いすると、数人を残してほとんどの者が帰っていく。
太子は島で最初に出会った少女へ獲物を渡すと、エイジたちの元へ戻ってくる。
「お待たせ。さあ行こうか」
頷いた4人は、太子から事前に言われていた「なるべく静かに」という決まりを守るように、ゆっくりと水へと侵入する。
太子は素早く、すぐに暗闇と同化してしまった。
なんとか水底へ辿り着いた4人は、太子を探して辺りを見渡してもどこにもいない。
薄暗く、視界も悪い中、先ほど見た光が行き先を4人に伝えてくれる。
急いで光の方へと向かうと、水底と思っていた闇から光棒を振り回す腕だけが飛び出していた。
真っ先に飛び込んだサクラに続き、一人ずつ闇へと踏み込んでいく。
「全員来たね。ここは空気が薄いから、息を整えたら次に行くよ」
呼吸が荒く、和樹とアンズに至っては倒れ込んでしまった。
「はぁはぁ……ちょ、待って」
「いや、ここは本当に危ない。君たちでも20秒あれば抜けられるから頑張れ」
「ふぅ。俺は先に行く」
和樹がフラフラと立ち上がって苦しげに笑うと、対抗心を燃やしてアンズも立ち上がった。
先の水中洞窟は、太子の言う通り短く、すぐに水から顔を出す。
「軽く息を整えたらこっちの壁際に寄って」
小さくとも鋭い声色に驚きつつ、全員が壁へと這いずっていった。
「この空間は」
「ここが今回の拠点にする場所だよ。空気が多くて比較的安全なんだ」
サクラが見える範囲だけでも、いくらかの獣が徘徊しており、とても安全には見えない。
「嘘だろ?」
「嘘じゃないよ。これだけ空気が安定している場所はあと2箇所で、両方もっとやっかいな動物が多い」
巨大な洞穴の中で、あちらこちらで様々な種が戦い合い、その様子はまるで蠱毒のよう。
太子が話している間にも、前方では巨大なカエルが地を這うシャコと戦いあっていた。
カエルの舌がシャコを捉えようとすると、自慢の拳で弾き返し、飛びついた勢いでカエルを破裂させている。
「ちょうど良い。素材をとってくるから、みんなは警戒してて」
太子は身を低くしてシャコににじり寄る。
シャコはカエルに喰らいつくことでそれに気づいていないが、10mほどの距離まで接近すると触覚の動きが慌ただしくなってきた。
息を殺して太子が完全に動きを止めると、シャコの触覚は動きが鈍くなり、再びカエルをむさぼり始めた。
その瞬間、太子の手に小石が握り込まれ、走り出す。
シャコが血だらけの頭をあげたところで、腹の下に滑り込んだ太子が蹴り上げ、同時に先ほどの小石を奥へと投げた。
シャコが打ち上げられている間に、素早くカエルを掴んでエイジたちのところへ戻ってきた。
「静かに、全員1分だけ水に潜るよ」
通ってきた水中洞窟に潜り鼻だけ出して、様子を見る。
シャコが地面に落ちると、奥から様々な生物がシャコへ目掛けて集まってきた。
強烈な拳で応戦するも、数が多くて対応しきれずにひと噛み、またひと噛みと身が削れてしまう。
次第にシャコの全身は蠢く生物に包み込まれ、集まっていた生物が奥へと引き返す時には、骨や外殻だけがその場に残った。
静かに上陸した5人が壁際に背を向け、一休みしている間も太子の瞳はグルグルと走り、隣に座ったサクラだけがその目を視界にいれていた。
サクラは、あまりにも異常な目の動きに怖さを覚え、体が震え始めてしまう。
「ん? あぁ、怖がらせちゃったか。ごめんごめん。しばらくは安全そうだから」
ギアを落とすように失速する瞳が落ち着くと、壁際から離れて4人の前であぐらをかいた。
「ちょっと、あんたが聞きなさいよ」
「おじさ」
アンズに急かされたエイジが話し始めると、太子が手で静止する。
「時間はある。みんな聞きたい事はあるだろうけど、順を追って話そう。まずはこの島なんだけど」
隔離島の役割は2つ。
1つ目は異海の隔離をするためにあり、外の防壁は勝手に人が入り込まないようにするためと、怪物どもをこの島から出さないための柵でもある。
2つ目は特殊な犯罪者をこの島に閉じ込めるためで、彼らを調査することも目的の内に入る。
「いくら特殊と言っても特に凶悪な者なら死刑になるものです」
サクラが口に出した内容に太子以外が驚愕した。
普段はおとなしく誰にでも優しいサクラが、ここまで怒りを見せたことはなかった。
「サクラくんの言うことが間違いだと言わないが、それだと不十分だった」
「法治国家が法律に則り判断することは当然です!」
荒ぶったサクラの声が洞窟内に反響する。
「しばらく安全そうと言ったんだ。声を張るのは敵を呼び寄せるかもしれない」
サクラが不満な表情を見せながらも頷く様子を見た太子は、天友会の教練が行き届いていると再確認し、同時にお行儀が良すぎるという感想を持った。
「特殊な犯罪者だと言ったのはそこに関連しているんだ。彼らの犯罪は能力の暴走によるものだ。君たちならばスキルのオーバーフローと言った方が良いか」
「俺もエイジも経験はしているけど……それが犯罪に繋がるとは思えないけどな」
「思えていなかったことが起こってしまったから調査が必要なんだ。スキルのオーバーフローが原因で大量殺人が起こった時、原因を突き止めずに終わらせて良いのか」
4人とも同じことを考える。
『良いわけがない』
彼らの知り合いはほとんどスキルを持っており、少し深くダンジョンに潜ってしまえば簡単にスキルを獲得できてしまう。
「その原因は突き止められているんだけどね」
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