第7話 隔離島2

 巨大な壁に、似つかわしくないボロい木扉。

 その木扉を軋ませながら、若い女の子が顔を出す。


「う、うっぶ」

「サクラ?」


 サクラはしゃがみ込んでしまい、口を抑えながらも透明な液がこぼれ落ちてしまう。


「ど、どうしたんだ」

「和樹、警戒だ」


 その様子に異常を感じたエイジと和樹が、2人を守るように警戒し始めた。

 その直後、壁側を守っていた和樹の目に太子の影が映り込む。

 女の子に歩み寄り耳打ちをすると、その女の子の口角が若干あがり、しずしずと扉の奥へと引っ込んでいく。

 ゆっくりとエイジの元へ戻った太子は、綺麗なハンカチをアンズへ差し出す。


「口を拭うと良いよ」


 体を震わせながらハンカチを受け取ったアンズは、綺麗にすることもなく太子へと問いかける。


「あ、あのゴは何でずか」

「今は言えない。それじゃダメかな?」

「……わ、わがりまじた」

「口を拭きな。それは入ってすぐにゴミ箱があるから」


 ぱんぱんと柏手を打って、さあ行こうとエイジたちを急かす。

 各々納得はしていないが、渋々と太子に従い、エスコートするように開けられた扉を潜っていく。

 最後尾のサクラが潜る寸前に聞こえた「ちょっと辛いかもなぁ」という声は、当人の耳にもしっかりと入っている。


 一呼吸置いて入ったサクラは、3人が街並みに気を取られている間、横切る人々を険しい視線で追っていた。

 そのギラついた視線は彼らにも届いており、彼らの表情も曇っていく。


「そんな怖い顔やめな。彼らも人だ」


 そう言って、太子がアンズの肩を叩くと、忙しなさそうな人々に声をかけていった。


「久しぶりでーす。変わりありませんか」

「おお! 何年ぶりだよ」

「ちょっと覚えてないですねぇ」

「来たばっか……だよな。公民館に顔を出すんだろ」


 うんうんと頷く太子を見て、魚を抱えていたオヤジが少年を呼びつけてお使いに走らせる。


「ところであれは」

「ちょっと潜ることになったんだよ。海は初心者だからさ」

「なるほどな。街の奴には俺から言っておく」

「悪いね。これ、変わりじゃないけどお土産ね」


 オヤジは、苦笑いしながら土産を受け取って去っていった。

 4人の元へ戻ってきた太子は、どこからか取り出した旗を掲げて「さあ、着いてきな」と歩き出した。

 道行く人々へ手を振る太子の後ろで、目線を落として歩くサクラ。

 それを心配してか、アンズは肩を抱いて一緒に歩んでいく。


「おじさん、少し休んだ方が」

「いや、ここだと場所が悪い。公民館も遠くないからね」


 太子の歩みも早く、一行の速さは人々の倍以上。そのためか、すれ違う人とも一言で済ませていた。

 先ほどの言葉通り数分も歩くと、一際大きな屋敷に辿り着く。

 屈強な男が一人、門の前で腕を組んで待ち構えていた。


「お久しぶりー」

「うるせぇ。タコ野郎以外は先に中に入って良いぞ」


 エイジたちは驚くように太子の顔を見るが、本人はニコニコとしたまま手を払って先に行けと促す。

 ゆっくりと歩み始めた一行は門を越えてすぐに声を掛けられた。


「いらっしゃい。とりあえず水でも飲んでいきなよ。それにしても来賓なんて久しぶりだなぁ。物品の受け取りで来る人はここまでこないし、正直暇なんだよねー」


 いきなり声を掛けてきた身なりの良い営業マンのような風貌で、よどみなく溢れ出る言葉には終わりがない。

 もちろん水など出てくるわけなく、聞かされている一行の警戒心はより強くなっていった。


「それでこの間は業者の子に声を掛けたんだけど、んぐぉ」


 営業マンに鉄拳が振り下ろされ、仁王みたいな表情の門番に睨みつけられている。


「てめぇは案内すらできねぇのか」

「いててて。いきなり殴るなんて酷いじゃないか」

「自分からやりたいとか言ってたくせにサボっているお前が悪いんだよ! これは姐さんに報告するからな。そこの4人もついてこい」


 門番の男は右手にずた袋、左手に太子を掴み屋敷へと入っていってしまった。

 4人が急いで中へ入ると、目の端にギリギリ映るよう男が待っており、太子も吊られながら手を招いている。

 その後を追って3階まで登ると、ちょうど男がドアを頭突きでノックしているところだった。


「姐さん! 客人を連れてきやした!」

「入れ」


 返事を聞くやいなや、太子の手が男の脇を抜けてドアノブを捻る。

 自慢げにサムズアップをキメたところが目に入った男は、額に青筋たてつつも、一呼吸置いて優しくドアを押す。


「例の奴と検品したものです」

「ご苦労。ところで銀太はどうした」

「奴はまたサボって」


 ドンと鈍い音を鳴らし、男の言葉が遮られる。


「あ、あねさん」

「ダンジ。もう我慢しなくても良いよなぁ!」

「ま、まってください。あれでも一応有力者の子です」

「そんじゃどうるってーんだよ! 流石にもう抱えきれねぇっての」


 話が終わらぬ中、太子が男の背中を叩く。


「ちょっと待て、今忙しんだよ」

「泥じいに頼みなよ。あの人ならうまく送り返せるようにできるよー」

「それだ! ダンジは銀太を連れてけ! 絶対に逃すなよ」


 門番の男改め、ダンジは太子と袋を投げ捨てて疾風のごとく走り出す。

 飛び出してきたダンジを見た和樹が部屋を覗き込む。


「なんだてめぇ」

「俺の連れだよー。そっちの事はひと段落したんだから、せめて水くらいは貰えないかな」

「そこらのを勝手に飲んでろ」


 太子の手招きでようやく4人が部屋へと入ってくると、ゆっくりと飛んできたビンを慌てて取る。


「みんなも座りなよ」

「だけどよ」

「良いの良いの。その場に合わせた対応も必要だと思ってさ」


 天友会の指導は厳しく、和樹のような跳ねっ返りですら、それなりに丁寧な対応が身体に染み付いている。

 だからこそ一般人にも受けいられており、ほとんどの場面で天友会の所属と解れば手のひらを返すように、丁寧な対応へと変わる。

 この島のおさも他と変わりなく、彼らから『ドンキー』と言う名前が出ると、デスクから頭を出して顔を見せる。


「あんたらドンキーのところのやつか?」

「はい。僕たちは天友会に所属しています」

「なんであんたが代表みたいに言ってんの。私たちは4級の甲です」


 エイジに突っかかったアンズは、自慢げに続けて話す。

 10級から始まり1級まで階級が作られており、階級の中で甲を上位、乙を下位としている。

 この階級制度を作ったのも天友会が最初で、便利なため他の組合でも採用されることが多い。


「4級ってことは、上位に入り込んでるよね。君たちすごいんだなぁ」

「ふふん」

「私たちってことはエイジも4級なの?」


 ちょうどビンに口をつけていたエイジは、口を開けずうんうんと頷く。

 他の2人も口には出さないものの、誇らしげにしている。


「俺のところのチームもどこか入れてくんないかなぁ」

「無理に決まってんだろ。タコ助以外は誰も入りたがらない。それにどこも入れたくない」

「本当。みんなには困りものだよ」

「どの口が言ってやがる。それより、休んだなら今回の目的を言え」


 そう問われた太子がペラ紙と取り出し、デスクへ置く。


「第一異海洞窟への侵入確認」

「期間は」

「20日間」

「隔離島所長の蜂坂はちざかが許可する。安心して死んでこい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る