第6話 隔離島1

 爽やかな潮風に吹かれながら、一艘の小舟が水を切って走る。

 長年使ってきたと思われるほどに、あちこちと補強した箇所が見受けられた。

 そんな小舟に5人も詰め込み、大波でも来たら転覆してしまうのではないかと乗員は冷や汗をかいている。


「一度で行くのは流石に無理だったんじゃ」

「うっ、気持ち悪い」

「ちょっと! ここで吐かないでよ」

「あぁ、神様仏様」


 若者4人は不安になっているが、太子は気持ちよさそうにかいを漕ぎ続けていた。


「ゲロなら海にしろよー。それにもうすぐ到着だ」


 太子の言葉通り、対岸をかき消すほど巨大な壁が建造され、その壁の頂上には小さな動く何かがなんとか見える。

 エイジが目を凝らすと、小さな人が長い棒を運んでいるところで、およそ建築をしているように思えた。


「何か作ってる?」

「壁の補強、それに高さも増やしている」

「まだ高くするのか」

「もっともっとだ」


 エイジはそれを眺めながら、和樹の背中をさすり続けていた。

 目の前の女性がずっと睨み続けていることも知らずに。




 時を遡ること3日前。

 太子から手紙を託されたエイジたちは、まっすぐ天友会の本拠地へ戻り、ドンキーとの面会をしていた。


「ふん! タコはどんな反応をしていた」

「え、えーと……」

「笑っていたか?」

「え? なぜそれを、あ」

「ふん! ははは。笑ったか! 変わらんな」


 太子が笑っていたことにご満悦なドンキーだが、エイジも和樹も笑われることが嫌いだと思っていた。

 新人指導も厳しく、幹部でも恐れている人がいるくらいバカにされることが嫌だと言われている。


「その大丈夫なのですか?」

「ふん、何がだ」

「えと、笑われても」

「ふん! そのことか。吾輩は気にしていないのだが、メンバーが怒るのでな。そういうことにしているのだ。噂が広まってからは笑われることも無くなったということだ」


 なるほどと頷くエイジの横から、和樹が小声で耳打ちする。


「これ。黙ってた方が良いよな?」

「うん」


 わざわざ幹部が噂を広めた話をひっくり返すことは野暮だが、それよりも2人が遅れているのは天友会の女大将と呼ばれるカイリが怖いからだ。

 今もドンキーの横でエイジたちに睨みを効かせており、先ほどよりも目が細くなっている。


「3日後であれば、それまで休みにしておこうか。カイリも問題ないか。ふんふん!」

「彼らは問題ありません。それより」

「ふん! 呼んで良いぞ」

「はい。おい! 聞き耳を立てている2人」


 カイリの大声がエイジたちの鼓膜を揺らすと共に、ガタガタとドアまで揺らしたかと思われた。

 しかし、カイリが人差し指をクイと曲げると、2人の女性がドンキーの前へと引きずられるように躍り出る。


「あまり感心できる行動ではないな」

「ひ、すみません!」


 彼女たちはエイジたちと同期で、女性4人で『天桃花』というチームを組んでいる。

 さらに年齢も23と同じ構成、人数も組合ランクも同じで似通っていた。

 そのため、追いつけ追い越せとやっていくうちにライバル視が強くなる。


「天風雷だけ海洋ダンジョンに行くなんてずるい」


 片割れの女性がボソリと言うと、カイリの片頬がピクリと動き、再び指を上げる。

 すると、今度は胸ぐらを掴まれたかのように女性の服が伸び、宙吊りにされてしまった。


「ドンキーさんが決めたことに文句があるのか」

「ふぁぁぁあああ」

「ふん! まぁ待て」


 ドンキーの静止で吊り上げられた女性が地に叩きつけられ、先ほどまでペコペコ頭を下げていた仲間が助け起こす。

 太子には突っかかっていた和樹も微動だにせず、ただただ中空を眺めているのみ。

 女性をしばらく見ていたドンキーが腕を組み考えを巡らせると、一度頷いて声を出す。


「ふん。良いだろう」

「え?」

「やったよ! アンズちゃん」

「ちょ、サクラ。痛い」


 抱きついたサクラは、アンズの静止も聞かず喜んでいる。

 アンズも顔に出さないようにしているが、少しだけニヤけ面になっていた。

 喜ぶ2人を遮るようにドンキーが「だが」と口を挟んだ。


「ふん! 風雷が2人なのに、それより多くは無いだろ。桃花も今いる2人のみとし、さらに相手から許可が必要だな。ふんっは! ダメなら無しだが、それでも良いか」

「「はい!」」

「よし」


 満足そうなドンキーが手紙をしたためると、カイリへと差し出す。


「タコに渡してきてくれ」

「私、が、ですか?」

「カイが一番早いんだからしょうがない。遅くなるとタコがへそを曲げてしまう」


 ドンキー以外の者でここまで嫌そうにしているカイリを見たことがない。

 カイリは後輩たちの唖然とする顔を見て、真顔へ戻すと風のようにその場からいなくなった。





「着いたぞー」


 元気な声を出すのは太子だけで、酔いや疲労で桟橋に上がることすら苦労している。

 なんとか動けるエイジとアンズに仲間を背負わせ、4人を船小屋に放り込むんだ太子は、「手続きをしてくる」と言っていなくなってしまった。


「ふぅ。あんたの叔父のわりには似てないのね」

「僕は父さん似だからね」

「ふーん。それにしてもあんなのが特別召集なんて謎だわ。覇気もないし、全然強そうに見えない」


 その言葉を聞いたエイジは考え込んでしまった。


「ちょっと!」

「ん?」

「親戚の悪口言われても怒らないの!?」

「あ、いや。研究者なのはわかっているけれど、僕も叔父さんの強さを知らないんだ。仲間って言う人にも強くないって聞いたことはあるんだけど」

「は? その良い口だと仲間かすら怪しいじゃない。それに研究者ねぇ」

「うーん。うん。だから今回は僕も楽しみなんだよ」


 エイジはそう言いながら、日本屈指のダイバーたちに認知されている叔父が何者なのか、知ることができるのではないかとワクワクしていた。

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