第5話 甥と叔父と
「本当にこんなところに住んでるのかよ」
「そうだよ。ここだけは変わらないんだよなぁ」
エイジと和樹がやってきたのは異国かと見紛うほどの豪邸が立ち並ぶ海近くの住宅街。
その中に小さな木造の家があり、木や蔦が絡み付いて今にも崩れそうである。
エイジがノックもせず扉を開けると、大声で叫ぶ。
「タイシさーん!」
「返事がねぇな」
「もっかい言ってみようか。た」
エイジが呼びかけると同時にギシギシと木板を鳴らし、小汚い男が降りてきた。
「朝っぱらからなんだよー。うちは新聞とらねぇし、テレビも電気もねぇっての」
「タイシおじさん! 僕だよ! エイジだよ」
「ん? 最近の詐欺は顔まで見せるのか……冗談だよ。上がって好きにしてて良いぞ」
言うと同時に、太子はあくびをしながらどこかへと消え去ってしまった。
「本当にお前の叔父さんか?」
「そうだよ」
「お前の家族とは全然違うな……」
「ははは。面白い人だよ」
エイジは乙姫から太子を見に行くように言われていたが、天友会の会長であるドンキーからも同じような指示があった。
もっともドンキーの方は仕事でもある。
2人は小さな居間に座っていると、目的の人物がほとんど変わらぬ格好でやってきた。
「とりあえずいらっしゃい。それでそちらさんは」
「同じチームで活動してる和樹だよ」
「どうも」
和樹が首だけ上下するとエイジは苦笑いしてしまうが、太子は気にした様子もなく。「どうも」と言って深々とお辞儀で返す。
「あ、いや……和樹です。エイジとはチームの立ち上げから一緒にやっています」
それを見て太子がニヤリと笑い、エイジはため息を吐く。
「それより、ドンキーさんから封筒を預かってるんだ。これを」
「んー? そんな有名人から俺みたいな木端に?」
「良いから早く読んで。僕たちも内容は叔父さんから聞けって言われてるんだ」
エイジの急かす言葉に和樹も頷く。
渋々と封筒を眺めていた太子が小さな舌打ちをすると、ポケットからしわくちゃのタバコを取り出しライターで火をつける。
そこまでは良かったが、そのまま火を封筒にまでつけてしまった。
「え? おじさん」
「お、おい! 何してるんだよ!」
「まぁ、黙って見てな」
太子は諭すように声をかけるが、エイジは良くとも和樹は黙ってられなかった。
「黙ってられるわけねぇだろ!」
手を伸ばした和樹は、太子どころか封筒を捕えることもできず宙吊りにされてしまう。
「終わるまで捕まえておいてくれ」
「おい! 放せ! エイんぐぐぐぐ」
部屋の中にまで伸びきった蔦が和樹の口を塞ぐと、エイジも流石に我慢できないのか剣呑な気が漏れ出してくる。
「怖えな。おじさんチビっちゃいそう」
「茶化さないで和樹を放してくれないかな」
「もう放すさ」
封筒が燃え尽きると同時に蔦が引っ込み、和樹が床へと落ちる。
「ん、ぶはぁ。こひゅ……」
「和樹!」
エイジが和樹を介抱している間も、太子はつまらなそうに燃えカスを見続けていた。
「叔父さんならもっと早く止められたんじゃないの」
「無理、こいつらの主は別の奴だ。それよりも2人は見たことねぇだろ」
太子が指す先で封筒の灰がもぞもぞと動き始め、小さな人を形成していく。
形が定まると、ゆっくりとポーズを決めた。
「モスト! んんん……マスキュラァァァァァ! ふんふんふんふん!」
「ぶはっ、ひー。腹いてぇ」
腹を抱えて転げ回る太子とは対照的に、エイジと和樹は唖然として声が出せないでいた。
「タコに依頼だ……ふん! お前のー管理している! いーかい! 洞窟に2人を連れて! 見せてやってくれぃ。以上だ」
言い終えると人型はすぐに崩れ去り、素早い動きの蔦がゴミを掃除した。
「あれって、いや。それより『いーかいどうくつ』ってなんだ?」
「僕も知らない」
エイジたちが話し合っている短い間に、太子はサラっと書いた手紙を2人の前へ落とした。
「ドンキーさんに渡しておいて」
「は、はい」
「それと……3日後で良いか。3日後に潜るから、その時にまた来な」
太子の言葉に2人は頷きで返す。
「ちょっと待って」
「んん?」
「さっきのなんとか洞窟って何なんだ……ですか」
「あれ? 和樹くんは知らないか。エイジは?」
エイジも知らない。
まだダンジョンと呼ばれていなかった時は『異界』と仮呼称されていた。ほとんどのダンジョンは洞窟の入り口のような見た目をしており、地上に発生したものを『異界』。海もしくは水中に発生したものを『異海』と呼んでいた。
「ドンキーさんが言ってたのは、日本で初めて発見された『海洋ダンジョン』だよ」
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