与奪の超越者〜異海おじさんは引き篭もれない〜
コアラ太
第1話 ヒキおじ太子
雲ひとつない夜空に、無数の星々が輝きを放っている。
世界中でもっとも確実性の高いと言われる観測所から、多数の不可思議な流星群が可視範囲にやってくるという話が噂になっていた。
夜中の2時、眠たい目を擦りながら空を見上げていた者たちの視界に、今まで見ていた何倍もの光点が現れた。
それらは見慣れた星々よりも強い光を放って、彼らを歓喜させる。
上下左右から流星群が流れていき、時には向きを変えて、惑星軌道に乗るような動きを見せる光もある。
そんな中、妙な流星群が現れる。
流星群なのに空で止まっている。
はてと、そんなことがありえるのか。察しの悪い者でもこれはおかしいと気づき始める。
そして、気づいた時には止まっていた流星群はひとつどころではなく、無数に現れて更に強い光を放ち始める。
どんどんと大きくなる光。
見ていた者たちが眩しさで瞼を開けられなくなっても、強制的に光を叩き込んできた。
この時、世界が変わった。
朝日が昇り始めた頃、三浦半島にある小汚いプレハブ小屋に、一人の男が勢いよく駆け込んできた。
すると、今まさに紙に名前を書き込んでいた男の肩が跳ね上がる。
「おーい! タコさんよー!」
「ど、どうかしましたか?」
「また一層で害獣が出たらしいから頼む」
「は、はい。すぐ行きましょう」
タコと呼ばれたオッサンが小屋の扉に手をかけると、「いってらっさい」という声が後ろから聞こえてくる。
妙齢のお姉さんに見送られながら、走ること数分。
鬼の様に口を開けた洞窟の入り口で、サロペット型のカッパを着込んだ人々が怪我人の治療を行っていた。
その中の一人がタコに気づいて声をかけてくる。
「タコさん! まだ何人か中にいるんだ!」
「わかった。何が出たかだけ教えてくれ」
「でかい蛇が1。ネズミは多すぎてわかんねぇ。狩りに巻き込まれたみてぇだ」
「はい!」
タコは、敵がわかるとすぐさま鬼の口に飛び込んだ。
「残った奴ら大丈夫かねぇ」
「今回は巻き込まれだかんね。ちっとは傷ができるかもしれんけど、
「しっかし、初めて来た時は訳ありって言う話だったから心配だったが」
「その話はやめな。そんな軽口たたけるなら、近場から包帯でももらってきておくれ」
「姐さん。これでも怪我人だよ?」
「あんたが一番軽症だよ!」
「ひぇっ」
姐さんが男のケツを引っ叩くと、肩をすくめながら走り出した。
一方洞窟の中では、ちょうど残っていた男たちと太子が合流しているところだった。
「み、みなさん!」
「「「タコか!?」」」
「そ、そちらに行きます!」
「無理すん」
太子を制止しようとした男が良い終わる前に、ネズミどもの隙間をぬって合流してしまった。
「本物の探索者ってのはそんなこともできるのか」
「そ、それよりも防衛を」
「そうだな」
男たちは気持ちを切り替えると、蛇に追い立てられたネズミどもの波をスコップで弾き返していく。
そんなことを数分も続けていれば、先に戦っていた男たちはとうとうバテ始めてしまった。
「きつい!」
「あ、あと1分だけ粘ってください」
「それで終わるか!?」
「お、終わります」
太子が何を根拠にそう言っているのか、男たちにはわからない。ただ、自分たちもことで精一杯なので、考える余裕もなくその言葉に頼るしかない。
「よ、よし! 下がって良いですよ」
「うっぷ」
「まだ吐くな!」
「膝が震えてる」
太子の言葉を合図に、男たちは這う様に動き出し、ネズミどものいない壁際へと向かっていった。
「あみ! 網は無事か!?」
「ぱっと
「それよりタコさんの方だ」
その声で太子の方を見ると、数が少なくなったネズミどもだが、見えてる範囲で50は超えている。
大蛇から逃れようするネズミは、広くなった地面をジグザグに走り先ほどより捕えづらい。
そんなネズミを太子は一匹一匹と丁寧に掬い上げ、そのまま蛇の口へと放り込んでいた。
蛇が暴れ始めた当初は手がつけられないほど動き回っていた。それも、今となっては鈍重な丸太みたいになっている。
それを察した残りのネズミどもは洞窟の二層へと向かって逃げていく。
動きが鈍った蛇はネズミに興味を示さず、残った太子へと向かって大口を開けた。
「「「タコ!」」」
男たちの掛け声と同時に、太子がスコップを投げつける。
一直線に飛んだスコップが蛇の口内へと突き刺さり、頭部から少し飛び出していた。
そのまま固まっていた太子が、ようやく動き息を深く吐き出すと、この戦いが終わりを告げる。
「はぁ、はぁ。もう大丈夫です」
「おわったぁ」
「やっと」
「みんなを呼んでくる」
ぷるぷると膝を震わせながら歩き出した男はまだ若いが、オジイさんと言われてもおかしくない動きをしている。
そんな足取りなせいか、仲間たちが迎えに来たのは太子の体感で10分が過ぎた頃。
「おーい! 無事だったか!」
「おう。まだ動けねぇから生簀の網を見れくれや」
「2人残って他の人は行ってくれ。あたしは報告してくるが、あんたらは念の為に病院行ってこい」
姐さんの声が洞窟に響くと、わらわらと動き出す。
太子もそれと同時に立ち上がり、近くにあった大蛇を体に巻きつけ始める。
「太子……それどうすんだ」
「ほ、報告に。売れるし」
「はぁー、車には乗せれねーぞ」
「走るから大丈夫」
「全く羨ましい体力してるわ。あたしもダイバーになってみようかね」
「オレ位ならすぐに越せます」
「ふーん」
みんなが疑いの目を太子に向けると、本人は気まずそうに目を伏せて出口へと駆け出してしまった。
トラックに積み込まれた戦士たちを見送ると、もう一台置いてあった軽トラックに乗り込む。
軽快なエンジン音をたてながら、静かに動き出すトラック。
荷台の幌には、でかでかと『三浦ダンジョン漁協』描かれている。
すでに太子の姿は見えず、沿岸の道路を急いで走らせると、プレハブ小屋の入り口から見覚えのある物体の頭が飛び出していた。
「たいしぃー! これじゃ入れねぇ!」
「あっ」
すぐに蛇の胴体がニュルニュルひり出てくる。
「……」
その様はまさに生物の生理的な行動のようで、飯を食えば出てくる物。
とぐろを巻きながら丁寧に束ねる太子を、嫌悪感を持ちながら姐さんは見ていた。
「お、お待たせしました。どうぞ」
「どうぞじゃねぇ!」
「ぶへぇ」
太子に綺麗な平手打ちをかましたところで、受付のおねいさんが裏手から出てきた。
「京子。早く報告にこんかい」
「ばあちゃん!」
地元では、この2人が親類だとよく知られていおり、気の強さまで受け継がれていると噂されている。
そんな京子も長年培われてきた先達の威厳には勝てない。
「飛鳥には魚も情報も鮮度が命と教えたつもりだったがねぇ。えぇ?」
「ひぅっ」
「まぁ良いさ。タコはそいつを解体しときな! ちゃんと解体場でやるんだあよ」
婆さんは「ふぅ」とため息を吐きながら、京子に向けてくいくいと指で招きながら裏手から小屋へと戻っていった。
遅れて京子が中に入ると、虎の毛皮張りの豪華なソファに座る婆さんが穏やかな様子で何かをしている。何かとしているのは、婆さんの腕が残像に見えるほど早くて一般人の京子にはわからないから。
「「座りな」」
目の前に座っているはずの婆さんの声が四方八方から聞こえてくる奇怪さも、京子にとっては慣れたもの。ソファに腰を落とした頃には目の前のテーブルにいくつかの書類が並べられ終わっている。
「見りゃ大体わかるが報告しな」
「はい」
京子たちが朝5時に三浦第2ダンジョンに入ったまでは普段と変わり無かった。それから30分ほどダンジョン一層の養殖場で作業していると、立っていてもわかる程度の地震が発生する。すぐに脱出しようとするが、奥からやってきたネズミどもに道を塞がれてしまい、身動きが取れなくなってしまった。
そこで、ダンジョンに潜った経験者が率先して活路を開き、なんとか外に出ることができた。代わりに3名が取り残され、脱出時に最後尾だった一人が大蛇を確認していた。
「ここまでがあたしが見てきたところだ。戦ってた奴は病院に行かせたから、動ければ明日には来させる」
「それは電話で良いさ。それよりネズミねぇ」
どこにあったかと呟きながら、婆さんが取り出した分厚い本を開いてパラパラとめくり出す。「これじゃない。もっと先だったか」と口に出しながら片手でポットを傾け、コーヒー豆にお湯を流す姿を見て、京子は呆れている。
「あぁ、ここか。どれだったか見てくれ」
京子が見る本は精巧に描かれたネズミたち。その中の一匹に見覚えがあった。
やや明るめな茶色の毛に、真っ赤な目。
無言で忌々しいネズミを指さすと、婆さんはここ1年で一番良い笑顔を見せてくる。
「たこぉ!」
婆さんが雷のような声を轟かせると、バタバタと音を立てながら太子が扉を開けてくる。
「うぃ」
「蛇革は使い道が見つかった。丁寧に扱っておくれ」
「あいっす」
京子は、太子までご機嫌になって戻っていく姿に疑問を浮かべるが、この話には深く関わるのをやめておこうと考え直す。
代わりとして他に気になっていたことを婆さんに尋ねてみた。
「太子は、あたしがダイバーになったらすぐに越せると言われたんだが、本当なのか?」
「ん? まぁ……2年もあれば越せるな。あいつはここだと潜る場所は選んでいるからね」
「ここ? 潜る場所?」
「そういえば、登録外の者には一層までしか許可してなかったか。今回のこともあるし、ダンジョン漁協にも強化してもらったほうが良いかもねぇ」
中空を見上げる婆さんは何を考えているのか、御年100を超えて三浦の一角を取りまとめる怪物の思考を読み取れる者はここにはいない。
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