第24話 待機所
ダイバーたちは意味もなく他の事務所へ出入りしたりはしない。
依頼や業務提携を契約していたりと、何らかの必要があって訪問や受け入れを行うのが常だ。
それは、ダイバーたちに力があることを理解して威圧しないためでもある。
待機所では、会派ごとに規模に応じた個室を割り当てられているが、エントランスで小さくまとまった者たちもいる。
彼らも地元ではそれなりに名前も売れている商社やダイバーたち。そんな者たちが大組織に敵うはずもなく、呼ばれた理由は将来性という1点のみ。
椅子に座ったと思えば、軽く腰を浮かしてと繰り返す青年がいる。
そんな青年に彼の仲間が注意する。
「少しは落ち着きなさいよ」
「でもさ、上の窓から人に見られてると思うとさ」
「確かにこの作りはイヤらしいよな」
大組織や中組織が個室からエントランスを見れるように作られた広めの窓は、見られている方からすると面白くない。
そんな青年の肩を勝手に組む酒臭いカラスが現れた。
「うぃー。君たちは何で固くなっとんの」
「い、いやぁ。見られてるのは落ち着かないなと思って」
青年が上を見ると、カラスも同じように見上げてパンと手を叩く。
「気にすんなってのは無理だろうな」
「はい」
「ちょっと上見てろよ」
青年が返事をする前にカラスは飛び上がり、各部屋の前でニヤつきながら中指を立て始めた。
下から見ていた者たちの大多数は、驚くというより恐ろしく感じた。
最上階の部屋を網羅すると、カラスが楽しげに降りてくる。
「ひゅー。どうだったよ」
「ちょ、ちょっと。やりすぎだと思います」
「んなことより、ちゃんと相手の顔見えたか」
「え? んー2、3人くらいは」
カラスは顎を摩りながら、いくつかの窓を指差す。
「え? わかるものなんですか?」
「北日物産、異産武式工業、それと冒険者協会。これらはここにいる者たちに広く関わっている組織だから、わかりやすく見せてくれるんだ」
「じゃあ他は」
「そいつは、お前にはまだ早いってこった。ひひひ」
カラスは軽く笑って他の卓へ移り、ちょっかいを出してはまた他の卓へと移っていく。
その軌跡を目で追っていくと、OTKのメンバーたちは全員が誰かしらに話しかけ、嫌われていようと顔を突き合わせていた。
「俺、ちょっと行ってくる」
「えぇ? あんたまだ落ち着かないの?」
「あぁ。だから、面白いことがないか探してくる」
青年の仲間もすぐに立ち上がり、地図を広げ行き先を決める。
「せっかく海に出るんだから海の人を見に行こうぜ」
「じゃあ、最初はそこに行って左回りしようか」
青年が意気揚々と歩き出した時、ふと上が気になって仰ぎ見ると、先ほど見えていた3人から4人へ増えていた。
彼は少しばかり楽しくなって、上から見下ろす4人へと手を振ってみる。
「タイラ。誰に手を振ってるんだ」
「いや、若い個人ダイバーが振ってたんで」
「どいつ?」
タイラが指した先には、動き出した4人が楽しげに笑っている。
「ほー。出発したら声かけてみるか」
「ただ手を振られただけですよ」
「理由なんてそれで十分だろ」
タイラは、少しの関わりがあれば話すこともあるかと納得し、直接振り返したのに他の人へ譲るのも気持ちが悪い。
「やっぱり自分が声をかけます」
「珍しいな」
「直接話した方が良いと気づいたもんで」
「ぶはっ。あの事件は傑作だったからなぁ」
太子との一件は、ペドロの耳に入ることになり、タイラの先輩とともにこっぴどく叱られた。
そのことは思い出しただけで冷や汗が出てきてしまう。
それがペドロの本気でなかったとミゲルに教えてもらった時、改めて力の差を感じさせられた。
「そろそろ時間だ。俺は他のところに顔見せしてくる」
タイラはミゲルが何人か連れて部屋を出ていくのを見届け、再び下を覗くと人々が入り乱れている。
先ほどまでの静けさは消えており、活気に溢れた様子が目に入る。
「大きな子供みたい」
「愛ちゃん。何か面白い者でもいた?」
「ちょっとね。でも、こっちが先」
英雄会の対面に位置する部屋では、愛と物交の代表が追加輸送の物品について話し合っていた。
「剥製か。歩留まりが悪い割に需要皆無であまり取り扱いが」
「こちらが持っていっても良いけれど、物交の利益にならないのよ」
「誰かは持っていると思うが、剥製……あった」
急にダンボールを漁り出した代表は、その中から帳簿を取り出し神奈川の項目に目を通す。
「これなんかどうだ?」
「んー? 悪くないわ。他ダンジョンからの侵略タイプってのが良いわね」
「これ獲ったのタコらしいぞ」
「それなら処置も合格点ね。それでいきましょう」
「よし。すまんが横須賀に緊急の取り寄せ連絡をしてくれ!」
駆け寄ってきた女性は項目を確認すると、すぐに室内の通信機で連絡を取り、翌日までに到着するよう話を取りまとめてしまう。
「他にあんなら今伝える。何かあるか?」
「冷凍のエビとホタテ、あとは緑茶なんて良いね」
「エビとホタテは無駄だ。本場の味にはまだ負けている。冷凍品が良いならいちごが例年で一番出来が良い。静岡産の茶葉は積み込んでいるから三重にしておくぞ」
捲し立てるように女性が話すと、愛は目を丸くして思わず拍手する。
「積荷に含まれない物であなたが2つ選んでちょうだい」
「2つ……」
女性が顔を下へ向けて数秒、それだけで答えを出す。
「1つは塩。新潟ダンジョン内の海水で作った物で、味は……うまいことはうまいが、味は複雑で表現できん。産量が少ないから200kgが限度だ」
「こちらでも味は確認するとして、見せ品で出すことにしましょう。2つ目は」
「刀が2種。鉱物製の鱗を持つ魚から作り出した虹刀は、美しい見た目と実用品としても足る強度を合わせ持つ
「もう1種は?」
代表の肩がぴくりと跳ね、視線を集めるが2人の間に割って入る勇気はなく、女性に向かって軽く顎を引く。
「肥前忠広の打った刀5本。いずれも違う形状の影打ちだが、海外に送るならどこよりも目を引くだろう」
「なるほどなるほど。九鬼ちゃんに演舞してもらえば更に評価は上がるしねぇ」
「そんなことをしなくても刃を見せるだけで十二分の評価は得られる。目には自信があるんだ」
その自信ある言葉に愛は感嘆し、値踏みするように問う。
「あんたから見て私はどうだ」
「傑物」
「ふん」
「だが、……ウチの婆さんほどじゃねぇな」
「悔しいねぇ。お婆さんのお名前を伺ってもいいかな」
「三浦弥生。あれ以上に怖いのは見たことがない」
得心した愛は軽く目を瞑って宣言する。
「物交は大企業と同等以上の実力を手に入れた」
「愛ちゃんいきなり何を」
「これよりOTK全名は物交の役員を外れる。あとのことは任せるよ」
愛は代表の背中を叩くとニンマリと笑ってドアノブへと手をかける。
そこに京子が待ったをかけた。
「ちょっと」
「まだ何か」
「太子は元気か」
「出発すればすぐ会えるよ」
物交の部屋から出た愛は、対等な者の出現を喜びつつ、仲間に京子のことをどう説明するか考える。
沙羅がキレ散らかす様を見てみたいという考えと、弥生の名前を出した時の反応も面白そうだと。
「仙女の孫を手籠にするとは、リーダーもなかなか罪深いねぇ」
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