第25話 頭首会議
今回の航行計画を説明している中、海将補の半蔵は苛立っていた。
出航日時の再確認をすれば延期を打診する者がおり、積荷の積載量を超えた組織に注意すればどこが空いている等の文句を言い出す。
おまけに最高位である幕僚長の席に高く見ても10歳程度の子供が座っている。これは会頭たちを舐めているんだとのたまう。
当然顔に出さず淡々と説明を続けているが、上役たちはそのことに気づいている。
たまに海将から飛んでくる威圧に冷や汗をかきながら、再び数人のバカ者をいなす。
会議室の扉がノックされ、入ってきたペドロは半蔵の様子を見て眉間に皺を寄せる。
次いで海将に向かって挙手敬礼と事情説明を行う。
「遅れてすまない。OTKのメンバー同士が交戦を行なったため、周辺の保安目的でその場に残った。交戦が終了したためやってきた」
「こちらにもその情報は来ていた。状況報告に感謝する」
海将たちは立ち上がってペドロへ挙手敬礼を返すと、会議室内に緊張した空気が漂う。
ペドロが自身の席へ座ると、今まで文句を言っていた会頭たちの口が閉じ切った。
「では続きまして、各船の見取り図をご覧ください」
先を進めようと口を開いた半蔵は、落ち着きを取り戻した声音で説明を続ける。
その時、再び扉がノックされる。
ただし、今度は扉が悲鳴をあげるほどの強さで。
「本当にここであってるの。返事ないんだけど」
声の主が誰かと話しているようだが、会議室内に相手の声は聞こえてこない。
扉が開かれると、不機嫌なラウラが姿を見せ、腰をくねらせながら空いた席の後ろへ立つ。
「リーダーここで良いのね」
背中の黒ずくめに話しかけると、そのまま椅子に座り込んで目の前のお菓子へと手を伸ばす。
額に青筋を立てた半蔵が、震える声でラウラへ問う。
「まずは所属と名前を言っていただきたい」
「だってさリーダー」
黒ずくめは半蔵の問いへ答える前に、ラウラへと要望を言う。
「先にはずしてくれ」
「そうだった」
立ち上がったラウラは、自分の腹部にツーと斜めに指をなぞる。
すると、一緒に持ち上がっていた黒ずくめが椅子へと落とされた。
「そこは私が座るの」
そう言ってラウラに立たされた黒ずくめは、何事もなかったかのように恥ずかしい名乗りを始めた。
「俺はおち⚪︎こ同好会のリーダーをやっているタイーシだ」
若干1名は吹き出したが、他は無表情か頭を抱えてしまっている。
そんな状況でもラウラは菓子へと手を伸ばし、タイーシへと話しかけた。
「リーダーはどれおいしいと思う」
「バターサンド、マカロン、エクレア、あとはワッフル。3つずつなら良いだろ」
「わかった」
「あとボトルも持ってってくれ」
菓子を一通り両腕に抱えたラウラに、タイーシは自身の席にあったボトルを投げ渡す。
ラウラはそれを谷間で挟み取ると、ボトルの頭にキスをし、室内のみんなへウィンクをして帰っていった。
若干前傾姿勢になった者、それをみて軽蔑する者、どちらも共通しているのは目の前の不審者をどう扱うべきかという悩み。
「さて、それでは先へ進めてくれたまへ」
半蔵はどうするべきかと海将たちへと視線を向けるが、海将たちは目線を合わせないよう資料を凝視する。
諦めた半蔵が資料を開きなおしたところで、太ももを突かれる。
「下がって良い」
「はっ!」
半蔵の腰ほどの背丈をした少女がホワイトボードの前に立ち、咳払いをひとつ。
閉じた瞼を上げて、太子を目掛けて威圧する。
重苦しい空気が室内に行き渡っていくと、先に耐えきれなかったのは文句を垂れていた会頭たち。
椅子から転げ落ち、もがきながら一向に近づかない扉へと手を伸ばす。
その空気を割ったのは太子。
「ドンキー! お前のところ、ちょっと良い物あるじゃねーか」
「ふん! 遅く来たお前が悪いのだ」
意に介さない太子を見て少女は諦めたように威圧を引っ込め、今度は直接太子へ語りかける。
「まだ届かないか」
「まだ全然だな。とりあえず化け物ジジババ超えてからにしなよ」
「そうだな。と……皆様、驚かせて申し訳ない。今のはこれからの話に繋がる必要なことだと思っていただきたい」
海将たちが落ちた人を介抱し、なだめながら再び椅子の上へ戻すと、先ほどまでの気力はどこへやら。
憔悴しきった様で、それでもなんとかブツブツと小言を口にする。
「とりあえずこの身なりは能力の影響と思っていただきたい。歴とした海上幕僚長の佐藤金一郎です」
金一郎は階級章と身分証を提示して潔白を示したが、その必要はなかった。
ここに来ている中で金一郎のことを知らなかったのは、先ほど椅子から落ちた者たちのみ。
彼らも海将たちの様子と威圧の余波で身に染み込まされている。
「ダイバーの会頭方々は異界が独立した国で、ダンジョンが属国ということはご存知であると認識している」
商会系の会頭たちは全員知らなかったと驚く様子を見せるだけで、質問することはなかった。
未だに脂汗をかく会頭たちも、見栄を張って質問しなかったが、内心では問い詰める機会がないかと探っている。
金一郎がお立ち台に登り、ホワイトボードに貼られた地図を指しながら近況について語る。
「現在この赤丸地点に異界を確認しており、海中では魑魅魍魎どもが争い合っている。それでは確認した中で戦争状態にある異界を青で……青色で! 青だ!」
金一郎の伸ばした腕が届かず、海将へ睨みを効かせると、その中の1人がたまらず駆け寄って金一郎の指示棒の先に囲いをつけていく。
「我々の知る範囲では、このように太平洋の半分を危険地帯としている。そこで航行経験の秀でたオタクサークルを相談役として呼んだ。太子殿」
金一郎が指揮棒を振りかぶると、如意棒のように見た目から想像できないほど伸びていく。その先端が太子の布をビリビリと破き、顔を隠せないように大穴を空けた。
太子は貪っていた菓子を布の下に忍ばせると、金一郎の元へ行き、地図に赤と青の囲いを消したり追加したりする。
先ほどまでの地図と比べると、範囲が狭まった代わりに複雑な形状となった。
「少しばかり説明します。ヒョロ長くなったり蛇行するような形は、海流の変化によるもので、新しい島がいくつかできたことや異界の出現が影響している」
さらに星やハートのマークを異界に追加し、異界同士を線で結んでいく。
「互いに協定を結ぶこともあるし、異界ごとに性格もバラバラ。ハートマークは比較的対話……というか取引が成立する場所で、星は休眠していると思われる所」
「このように有用な情報を抱えている彼らは必要だと理解していただけたかな」
室内を見渡した金一郎は、海将まで含め全員に異論がないと確信する。
「南東のマーシャル諸島方面へ進み、その後進路をハワイへ向ける。の予定であったが」
指示棒は、東京湾からほぼ直線的にハワイ諸島へと線を引く。
「直接ハワイ諸島へ進む。ここからは規定通りハワイで1週間滞在し、アメリカ艦隊と合流してロサンゼルス北部という航路。当然予定変更もありうるし、天候によっては逸れる可能性もある」
『逸れる』という言葉にそれぞれ何らかの反応を示しつつも、事前に聞かされていた内容であったため、ここで船を降りる者はいない。
どの者も、大陸に足をつけてきたという大事に比べれば、多少の苦労は呑み込む。
「何か質問ある者は」
動き出す者はいないと思われた時、太子が手を挙げる。
金一郎の頬がぴくりと上下し、海将たちは全員臨戦体制をとる。
「詐欺師の占いババアがいないんだけど」
「……あの御方はしばらく京都から出られない。それと詐欺師ではない」
「俺と同じ引きこもり属性か。でも一度も当たってるの見たこと」
会議室内に金一郎の怒気が溢れ出し、近くに座っていた会頭が倒れ出す。
「お前がおかしいだけだぁ! おまけに会うだけで必中の巫女が貴様と会うだけで外れるようになる! 会いたくなくなるのも当然だ!」
海将4人がかりでも押さえつけきれず、外から駆けつけた海兵も金一郎に被さっていく。
「か、会議は終わりだぁ! 早く出ろ! もう保たんぞ」
焦る海兵や会頭たちが逃げ出す中、太子1人はケタケタと笑う。
それを見た金一郎は迫り来る海兵を薙ぎ倒しながら、一歩ずつ太子へ。それでも笑い続けていた太子を、丸太のような腕が抱え上げて連れ去った。
「ひょー。毎度ながらなんで怒らせるのか」
「ドンキー、あの顔見たか。あんなの仁王像もびっくりするっての」
「ふんふん! 怖いのも当然だ。婆様の予知で多くの者が助かっている」
「ふーん。そっちの会長さんもそう思うかい」
太子とは反対側へ抱えられた新参会頭は、鼻水を垂らしながら震えていた所に話しかけられて驚き返答に困る。
京都の占い婆様の噂は聞いているものの、会ったことも占ってもらったこともない。ただ、金一郎の形相を見ると信じても良いかもとは思い至る。
「助かった者がいたのは事実なのではと」
「そっか……良かったなババア!」
太子はゆっくりと左手を胸に当て、その手で天井を指す仕草を行う。
そのサインが誰に向けてなのか、太子のことを知らぬ会頭でも理解した。
作り出されたサインが拳へと変わり、伸びた親指が下へと向けられ時、先ほどの金一郎よりもドス黒い何かが通り抜けたように感じる。
「ここは」
「会長! 会長がお目覚めだ」
彼が自身の体を触れると、出かけた時に着ていた服から変わっている。
ゆっくりと立ち上がり、窓際へ行くとエントランスで騒ぐボサボサ頭の男が目に入る。
「あの男は」
「私も先ほど知りましたが、物交の創立メンバーのようです」
「そうだったか」
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