第23話 逃亡阻止ゲーム

 中央区の人工島は厳重なバリケードで囲い込まれ、一般人の侵入を拒む。

 ここに入ることができるのは国から許可された者だけとなっており、有力なダイバーであっても入ったことがある者は限られている。


 大きな会派であれば会頭は見学程度しているが、若者などであればこのような催し物でもなければ一生入らないということもあるだろう。

 だから、少しばかり観光気分になっても仕方ないと見る先輩ダイバーからの視線は温かい。

 そこへ最後の集団がやってくると、空気が凍りつく。


「おほぉ! 相変わらず殺風景だな」

「クッキー、あそこにすごいのいるぞ!」

「どこどこ」

「ダンゴムシ」

「ばっきゃろー!」


 カラスが九鬼をからかってケタケタと笑うと、怒った九鬼が地団駄を踏む。

 ひと踏みごとに地を揺らす姿に、ダイバーたちが恐れて彼女の周りに空間ができていく。

 そこへ沙羅が平手打ちをかますことで2人を諌めた。


「ふざけてないで待機所にいくわよ」


 歩き出したOTKのメンバーたちが振り返り、ラウラを見つめた。


「なによ」

「それ」


 黒い球へと5本の指が向けられる。

 ラウラは頬を掻いて糸球へ指をなぞると、球が膨らみ始める。

 隙間が空いて中に潜む黒い何かへ日光が入り込むと、開きかけた糸をソイツが引き止めて最初に戻ってしまう。


「こんな感じだから、出すなら手伝ってよ」


 糸球を囲むようにOTKのメンバーが位置取ると、年配のダイバーたちが叫ぶように若者たちへ注意し、動かない者は引きずってでも遠ざける。


「こんなの間近で見れる機会はねぇんだ! 頼む」


 懇願する青年を見ても年配のダイバーのやることは変わらない。


「間近で見て生き残れるわけねぇだろ」

「俺は運が良い方だから大丈夫だ」


 駄々をこねる青年は待機所の近くまで引っ張られると、腕を組んで見守るペドロが睨みつけられる。

 今までの抵抗はどこへやら、青年は腰が抜けて動くことすらできなくなってしまう。

 一部始終を見聞きしていたペドロは青年の額を軽く指で突く。


「あ、あっ」


 青年は何かを言おうとするが、目を裏返して倒れ込む。


「しん……」

「少し寝てるだけだ。早く連れてけ」


 年配ダイバーは軽くお辞儀すると、青年を抱えて待機所の中へと入っていった。



 ペドロが動かないままのOTKたちを静かに見つめて数分が経過している。

 英雄会の有力者たちが集まり、その中に険しい表情のタイラも入っていた。


「ペドロさん。あれは何をしてるのでしょうか」

「おそらく、空亡を捕まえる手順を確認しているんだろう」

「話しているようには……弁天の能力か」

「ミゲルたちも早く行け」

「ご冗談を。ペドロさんこそ会頭会議があるでしょう」

「はっ、あれが来る前に何を話すって言うんだ。ゴミどものご機嫌取りは願い下げだ」


 ペドロとは違ってミゲルはにっこりと笑みを作って返事はしない。ただ、全く動く様子はなく、ミゲルと共に来た者たちも同じだった。


 彼らが話し合っている間に、準備を終えたOTKが武器を持って構えを取り始めた。


 愛が腕を突き出すと、植物の根が飛び出し、絡み合いながら球の下に根の絨毯を敷く。

 それを合図に、槍を手にしたカラスが舞い上がっていく。

 カラスが雲に入ってから、地表ではアブドゥラがシャムシールを両手に2本、九鬼が体より大きな太刀を構える。


「美しい構え。空亡はどう跳ね返すでしょうか」


 目を丸くしたミゲルがタイラを見て納得した。


「そうか。タイラは空亡を知らないんだったか」

「名前と噂程度しか」


 カラスが螺旋を描きながら球に向かって落ちてくる。

 槍が到達する直前、息を合わせたようにアブドゥラと九鬼が刃を振り下ろした。

 間髪入れずに刃の通った隙間から球の中へ槍が突き刺さり、真っ黒な液体が吹き出してくると、カラスの顔面に液体が張り付く。


「空亡はサポーターだ」


 二の太刀が振るわれる前、球から飛び出した物体がラウラの足に纏わりつき、腹を撫でて転ばせる。

 勢いをそのままにラウラの先へ飛び抜けると、物体の全貌が日の本に晒された。

 真っ黒な一枚布で足元まで多い、視界確保と腕を出すだけの穴が空けられている。


 腕が布の中に引っ込められると、隙と見たアブドゥラが一足飛びで空亡の元へと飛びかかる。

 あとは斬り掛かるだけというところで、ひっくり返るように転倒し、空亡の向こうへと滑っていってしまう。


 布から再び腕が飛び出すと、今度は指の間にいくつもビンを持ち仰け反る動作を見せた。

 空亡よりも早く、待機していた沙羅がかんざしを投げつけ、空亡のビンは全て割れて足元へ液体がこぼれ落ちる。

 そのことに気づかず、そのまま腕を振り抜いてビンが割れていることに驚き、怒ったように地団駄を踏んだ。

 すると、空亡の足元からもっこりと盛り上がってくる物がある。

 九鬼の横薙ぎは、地面から飛び出したミミズに勢いを殺されつつも、流れる体をそのままに回転。そのまま空亡へ向けて再び薙ぐと、今度は灰色の玉を切りつけてしまう。


「ヒィッ。ひゃ」


 斬られた玉が2つに分かれると、液体をぶちまけて蠢く無数の足が九鬼の顔を撫でる。


「うぅ」


 腰が引けて立てなくなってしまった九鬼の隙を逃すはずはなく、飛びついた空亡が九鬼の脇腹をまさぐった。


「うひゃっ、いっひひひひ」

「You're done」


 仰向けの九鬼に落ちていた巨大化ダンゴムシの半身をプレゼントしてミッションクリア。

 続けて、空亡が手をわさわさと動かしながら、愛へとダイブを決めて勝ち誇っていた。


「チェックメイト」


 空中で浮いたままの空亡へと愛が終わりを告げた。


「私の胸まで一歩足りなかったね。ざーんねん」


 捕まえられた空亡を嘲笑うと、愛は透明な液体を九鬼へかけて助け起こした。

 鳥肌を立てながら立ち上がった九鬼は、宙吊りの空亡を見つけると一息吐いてパンチをお見舞いする。


「お返しだぁ!」

「おふぅ」

「ふん」


 力なく項垂れた空亡は、抵抗することもなく糸で拘束されてしまった。

 空亡を見下ろす九鬼が悩ましげに沙羅へと尋ねる。


「そんで。これは誰が連れていくんだ」

「他に拘束具もないし、ラウラしかいないわね」


 倒れたままのラウラがピクリと動いたのを沙羅は見逃さなかった。


「寝たフリしても無駄よ」

「えー。また私なのー」

「会頭会議はこっちより良い物が食べられるはずよ」

「行く」


 ラウラは空亡をおんぶする形で、離れないように糸で自身と固定させた。

 しっくりこないのか、しばらく位置の調整をしているとラウラが頬を染め、沙羅を心配させてしまう。


「大丈夫? 調子悪いなら」

「違うの」


 くねくねと腰を動かすラウラを見て沙羅は気づく。すぐにラウラの下腹部へ視線を落とすと、ピクピクと脈打つモッコリさんがほんの少しワンピース越しに浮き出ている。


「手を出したら殺す」


 空亡はとてつもない速さで首を横に振り、ラウラは生返事を返した。

 沙羅が早く行けと空亡の尻を蹴れば、ラウラがイヤらしい声で喘いでしまい、耳も赤く染めて2人を手で追い払う。

 自身の失態に苛立ち、横で見ていた愛のニヤついた顔を見てさらにイライラを募らせていた。



 ペドロはすでに会議場へ向かっており、残っていたミゲルたちは先ほどの戦闘について考察をしていた。


「最後の位置関係が空亡を囲むようになっていたことから、もともと全員に糸を繋いでいたと考えて良いだろうな」

「そうだとしても、中央に突っ込んでくるのは驚きました」

「だな。それも、英雄会と同じような本気で戦ってはいけないというルールがあるなら納得できる。例えば一度倒れたら参戦禁止とか」

「確かに」


 ただ、タイラは負に落ちないという気持ちが顔に出てしまう。

 それを見た英雄会のメンバーたちは苦笑する。


「弱そうと思ったか」

「あ、いえ。思っていたよりはと」

「正直ものめ」


 タイラは未熟な自身を恥じて頭を下げる。


「それもお前の良いところだ」

「うす」

「話を戻すと、今回は仲間内だったから本気ではないことはわかるな」

「はい」

「その上で相手を無傷で捕らえる。もしくは逃げ切ることが勝利の条件とすると、難しさがわかるだろう。まぁ、最後の一発はアザくらいあるかも」


 タイラは先ほどの戦闘を振り返ってみた。

 球を割るところは力が入っていたように思えるが、避けられる前提の攻撃だったとすれば、後の攻防は無傷と考えることもできる。

 大女の剣戟は度を超えていた気もする。ただ、その他を見ると確かに怪我をさせない行動に変えられるものだった。


「納得してくれたようだな。そこで空亡の異常さ、最大火力は低いものの、6人相手にあそこまで持たせるのは流石だ」

「天才の部類でしょうか」

「あ……」


 タイラは、対面しているミゲルたちの目線がズレたことに気づく。

 その目線を追うように振り返ると、侮蔑するような目つきで沙羅がタイラを見据えている。


「天才とは私たちのことであって、アレではないわ」

「————」


 タイラが出した声に音が乗らない。

 喉を押さえて声を出せばしっかりと振動を感じられるのに音がない。

 沙羅は必死に声を出そうとするタイラを鼻で笑い、帯に刺さっていた扇子で口元を覆って柔和な目元だけを見せる。


「あなたは生死の境で踊り続けられるかしら。ヒーローくん」


 ばさりと扇子が閉じられた瞬間、煙が風で流されるように沙羅の体が崩れていく。

 沙羅が消えた後も、タイラは放心して同じところを見続ける。

 しばらくして、タイラの周りで少しずつ雑音が大きくなってくると、ようやくミゲルたちの声がタイラの耳にも入ってくる。


「タイラ! おい! 聞こえるか」

「あ、あ。はい」

「痛みは。体におかしい所はないか」


 タイラは体の各部を触れて違和感がないことを確認すると、沙羅がどこへ行ったのかと首を捻って探す。

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