第38話 いっぱいのスイーツ
ロサンゼルス沖に大量の船が集まることは、アメリカの民衆からしても珍しい光景。
集まってきた人々が目に入れようと集う様子が、船上からも視認できるほど蠢く粒が見えている。
サンタモニカに増設されたニューパシフィックパークに続々と到着していく艦は、そこで働く者たちにとっても特別な意味を持つ。
新造されてからしばらく、その大部分を未使用の状態で保持していたが、ようやく外の者へ披露する機会を得た。
あちこちで飛び交う指示や号令が忙しさを表している。汗を流しながらもやる気に満ち溢れたスタッフたちが笑いながら駆け回っていた。
ハワイの時と同じく議員団が先行して降りていき、次に企業団と続いていく。
楽団の賑やかな音楽に包まれながら上陸するだけでも感慨深いものがあり、ぽつりぽつりと涙を流す姿も見られている。
何十年かけてようやく同盟国のアメリカへとやってきた。「これで終わりではなく、始まりだ」と誰かが言う。
その通りとわかりつつも出てくるものを抑えきれない。
最後に降りてきたダイバーたちを見る時は、少しばかり違った面持ちが現れる。
アメリカ国内でも多発するダイバーの犯罪はどれも凶悪で、日本のダイバーも同じではないかと勘繰ってしまうのは仕方のないこと。
それも徐々に大きくなっていくペドロたち率いる英雄会を見て、安心感を取り戻して行った。
キリッとした顔つきに、屈強な肉体で堂々と与えられた道を進んでいく。
統一された動きに魅了され、観客たちの視線を釘付けにしていくと、一斉に立ち止まってひとつの方向へと向き直る。
「Attention」
ペドロの号令で一糸乱れず気をつけの姿勢をとる一団。
「Hand salute」
ペドロたちが綺麗な敬礼を視線の先へ送っていると、気づく者たちがいる。
彼らの向く先には大統領が待っていると言われているパーティー会場があった。
これを見た観客たちは、来訪者たちが何かしても守ってくれるという、謎の安心感が生まれてくる。
ペドロたちは併設された迎賓館に入ることなく、入り口で左右に列を作り待機し続ける。
それからは、続々と現れてきた日本のダイバーたちを見ても観客たちのほとんどが恐れない。
英雄会が守ってくれるのだからと。
だから安心して、他のダイバーたちも受け入れる心づもりができてくる。
当のペドロは、役割だからと行なっているが、民衆たちに少しばかり侮蔑した感情が入り込む。
日本に取り残された同胞たちのことを考えない彼らを薄情だと思い。そして、仕方のないことだともわかっている。
だから、この僅かな侮蔑だけは仲間のために捨てられない。
「ペドロ顔が怖いぞ」
「いつもこの顔だ」
「ふんふんふん! そうかそうか」
迎賓館へ入る前、ダイバーの代表たちと握手を行った時、ドンキーと短い会話で気持ちを汲み取られる。
それでもペドロがやめることはなかった。
ドンキーもそれ以上は突っ込まない。
さて、続いて最後のOTKメンバーはと言うと、彼らの船はニューパシフィックパークへは来ていない。
彼らが向かった先は少しばかり南下したところにある元国際空港。
海の中を進み、改造された地下水道を通ることでやっと侵入できる面倒な作りとなっている。
先導する小型潜水艦について進んでいくと、水上から光が差し込むポイントへと辿り着く。
ゆっくりと浮上して海上へ頭を出すと、高い壁に囲まれただだっ広い空間が目に入ってくる。
船の上に出た太子は、船縁に立って目的の人物を探したが、軍人ばかりが視界に入ってなかなか見つけられない。
船の周囲を全方位を歩き回って、軍人たちの後方にポツンと開いた空間が2つ。
そちらへ向かって太子が手を振ると、2人の相手も振り返す。
停泊した船から3人が降り立つと、手を振っていた2人のところまで軍人たちが逸れて道ができる。
太子を先頭に横並びでアブドゥラとカラスがついてくる。
軍人たちの間を抜けて、真っ白な服に包まれた3人が年老いた男たちの手前で一度立ち止まる。
太子は止まったまま軽く会釈し、後ろにいた2人が進み出てそれぞれ右手を出して老人たちと硬い握手を交わす。
握手が終わると、周囲の人々の視線が太子へと集まる。
「2人とも、前回お会いしたのは6年前でしょうか」
「そうです。年だけ聞けば長く思いますが、準備してみれば短すぎるとも感じます」
「だが、以前とは違って共通の脅威に対して我々は派閥を超えて手を取り合うこととにした」
老人たちは太子へ近づくと、間に入っていた軍人たちを押し除け、ゆっくりと目を閉じる。
「私たちは君以外の接触者にも会ったが、いずれも人と呼べない状態にあった」
「ミュータント化した者とも会ったが、接触者は根本から違います。我々の最高位から言いつかったのは『アレは神なのか』という問いのみ」
老人2人の周りにいる軍人たちも腹に力を入れて太子の言葉を待つ。彼らもいずれかの神を信仰している1人として、もしかしたら自分たちの信じる神が試練を課しているのでは、と思ったことがあるのだろう。
太子は軽く頭を左右に目をやると、厳しい視線を向けていたり、固く目を瞑って祈りの言葉を口ずさむ様子が見えた。
それを見た太子は、薄く笑んで鼻で笑いながら口に出す。
「ふんっ、あんなのが神であってたまるか。仮に世界中の人が神と認めても、俺は神として認めない」
不遜とも言える態度だったが、老人2人は満足げに頷いた。
「ムスタファ」
「ダニエル両名が責任をもってその言葉を持ち帰る」
ムスタファやダニエルが会った接触者のいずれも、異界の主を神と信奉し、それが自分たちの宗教を徐々に侵食していく様を見ている。
しかもその接触者の全員が周囲から信頼を集める者だったことが悩みの種。
「満足いただけましたか」
「十分。初めて会った時、頑なに自身の宗教を話さなかった意味が理解できました。こうなることを見越してのことですか」
「まさか、ムスタファ殿の周りにいた者が怖かったのと、未熟な自分のままで宗教の名を出したくないだけす」
「君の言葉を信じましょう。残念ですが、私は出発の準備があるので先に戻ります。ダニエル殿も先に太子と話す時間をいただきありがとうございます」
ムスタファが別れを告げると、少し名残惜しそうに帰って行ってしまう。
それを眺めるアブドゥラが寂しそうな目をしていることに、太子は気づいていた。だから、アブドゥラの背中を軽く叩く。
「アブゥが俺の代わりに見送りしてくれないか。3日くらいは大丈夫だろ」
「タイシ。私の」
「そうかー、アブゥに俺の代わりは荷が重いか」
「……いや。任された」
駆けるようにアブドゥラはムスタファの後を追って建物の中へと入っていく。それを見届けた太子は、今度はダニエルに向き直り、待っていてくれたことに感謝する。
「うちの仲間のために待っていただきありがとうございます」
「構わない。こちらは日本の艦隊の出発までいる予定となっているし、ゆっくり話す機会もできた。さぁ、あそこの建物に食事も用意してある。ラウールのことも聞きたい」
「そう……ですね」
太子とカラスは、ダニエルの言葉を聞いてラウラのことを恨めしく思う。
同時にラウラが船体に自分を縛りつけてでも会いたくない理由が理解した。
「太子君とカラス君は、2人ともパルフェが好きだと聞いて、知人のパティシエに来てもらったんだ」
すぐさま2人はそれまでの思考を撤回。最高の家族であると認定しなおした。
「こう見えて、俺たち結構甘い物にはうるさいんだ」
「カラス君も食べてみればわかる。飛ぶよ」
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