第43話 カリフォルニア〜テキサスとピットマスター
州間高速道路10号線は、アメリカ国内の南側で東西を繋ぐ便利な道路だった。
今では目的地へ向けて使う道としては不便と言われている。
アリゾナ州の東側に差し掛かったところで、車が停止する。
乗客たちが荷物を担いで降りると、ドアウィンドウを開けた運転手が「ST good strangers.」そう言ってドリフトを決めて反転すると、再びカリフォルニアへ向けて走り出す。
照りつける太陽の下で6人が太陽を背に歩き出すと、渓谷が行くてを阻む。
平地の真ん中にある渓谷は、人為的に削り取ったようで不自然。
そして、ボロボロになった道路も同じように途切れており、対岸には道路があるかどうかもわからない状態。
「エイジは飛び越えれるか?」
太子に言われてエイジが谷底を覗き込んでみると、突風が吹き上げたかと思えば、数秒で風向きが変わって今度は谷底に向かって吹き下ろしていく。
諦めたように首を振るエイジを見て、太子はエイジの肩に手を乗せた。
「俺も飛べない」
ニカっと笑った太子を見て、ため息をついたのはエイジだけではない。
すると太子をアブドゥラが抱え、エイジはレッドウッドに担がれる。深くしゃがみ込んだ運搬人は、地面へヒビを入れながら飛び上がる。
ニューメキシコの街並みが見えるほどの高さまで上がっても、エイジにそれを見る余裕はない。
吹き下ろす風は隣を飛んでいた鳥を墜落させるほどの勢いがある。上昇も止まってしまえばあとは落ちるだけだった。
落下の初動で「うっ」と出すことが精一杯のエイジと違い、レッドウッドは涼しげな顔で前方を見続けている。
先ほどの鳥と同じように、落下より墜落と言える状態で地面に着地すると、その反動でエイジの体が跳ね上がってしまう。
「ぐが、ん……ずはぁ」
「うぃー! 久々のニューメキシコは良いねー」
小さなクレーターの中でエイジを転がすと、気持ち良さげにレッドウッドが声を張りあげ、少し遅れて2人が落ちてきて砂埃を上げる。
「レッドウッド。迂回路はいつできるんだっけか」
「あれは頓挫した。経路を調査したら3ルートともダンジョンができてたよ」
「だったら資源がいっぱい取れるな」
「だろ! だからそのまま敷いてしまえば良いものをわかってねぇよな」
変異生物に走りやすい道を与えてたまるかという政府の考えを理解しない者2人が好き勝手言っている。
「そこまで言うなら自分で作りなさい。そうしていたら楽に来れたでしょ」
沙羅が投げたボールを2人は受け取らず、街を目指して歩き出す。
鼻を鳴らす沙羅と、ケタケタと笑う愛がその後に続いていくと、アブドゥラがエイジを立たせて背中を叩く。
「まだまだ先はあるよ」
目的地までの道のりを言ったのか、強さのことを言ったのか、どちらにしてもアブドゥラの言葉はエイジに気力を与える。
痛む腰をさすりながら彼らの後をついていく。
人通りは皆無と言えるほど歩いていない。
ローズバーグからデミングまでの間、1人も会わず駆け抜けていく。
茶色の低木と所々に生える草地、サボテンも見飽きた彼らにとって欠伸が出るほど暇な時間だった。
ようやく見えてきたラスクルーセスで休めると気を抜くエイジに、同行していたメンバーが発破をかける。
「何止まってんだ。休むのはエルパソに着いてからだぞ」
「うそだろ」
思わず出てしまった言葉だが、エイジに訂正する気力もない。
人も増えて車も通っている景色から、どこかでタクシーでも拾って乗るのかと期待していた自身の考えを殴りつけたくなってくる。
いくら走ってもタクシーを止める気配すらなく、しかも車と同じ速度で駆け抜けていくこちらに驚いて車の方がスピードを落としていた。
中には拳銃を向けてくる輩もいて、窓から突き出た拳銃がいつの間にかバラバラになっていく。
質問する余裕すら消えてから、虚ろな目でなんとか意識を保ちつつ追いかけていくだけで精一杯。
エイジが気づいた時には、どこかのベッドに転がされていた。
近くのテーブルで談笑する太子たちの足元には、知らない人物がエイジと同じように転がっている。
足はパンパンで起き上がることもできない。
軽く上げた頭をベッドに下ろすと、太子たちもエイジが起きたことに気づく。
「エイジ。朗報だぞ」
「はぁ」
「元気ないなー。とにかく車が手に入ることになったから、それでミッドランドまで行く」
反応の薄いエイジを見て、太子が再び談笑に加わっていく。
どうやって手に入れたのか、そんなことを考えるよりもとにかく眠りたい。そんな気持ちで目をつむると、次に目を開けた時にはおいしそうな香りが鼻をくすぐる。
薄明かりの中でベッドから起き上がると、若干足の強張りは残っていても、歩くだけの踏ん張りは効く。
香りを辿って外へ行くと、見知らぬ人々と楽しげに会話するメンバーたちが目に入る。
「食って回復しておくと良い」
横からアブドゥラの太い腕が、皿へ山盛りにしたステーキをエイジに差し出してくる。
ありがとうと言う言葉を出す前、無意識に動いた手がステーキを掴んで口へと運んでしまう。
溢れ出る肉汁と苦味の少ない焦げがさらなる食欲を沸きたて、脳が次を食えと指令を出す。
無心に食らい、皿が空っぽになったのを見て、ようやくベタベタの両手に気づいた。
「良いねー。他にもあるからこっち来なよ」
テンガロンハットの男に誘われて近寄ると、巨大なフランクフルトが並んでいる。
でかいバンズにレタスとオニオン、酸味の香るソースをかけ、フランクフルトを乗せてマスタードをトッピング。
男がバンズを被せて鉄板へと戻してしまう。
エイジは唾液を何度も飲み込んでその様子を見ていると、熱したフライパンでバーバーを押さえつけた時、体の抑えが効かなくなってしまう。
「よし。いいぞー」
男がフライパンを持ち上げると、エイジは鉄板へ手を伸ばして熱々のバーガーを手にかぶりつく。
「お、おい! やけどしてないか」
「氷あるか!?」
男だけでなく周りの人も心配する中、飢えたエイジは赤くなった指先を気にすることなく、無心にバーガーを噛みちぎっていた。
「うめぇ」
半分ほど貪ったあと、日本語でポロリと出た言葉は彼らにも伝わる。
男は嬉しそうに頬を掻くと、照れくさそうにしながらも次のバーガーを作り始めた。
その様子を見ていた者たちが、次々と食事を運び、テーブルいっぱいに食事が並ぶ席へとエイジを案内する。
なぜここまで食べれるのかエイジ自身もわからない。
半分ほど平らげ一息ついた頃、ふと疑問に思ったことが口に出る。
「ここ……どこだろ。んぐ」
「ペーコス。もうちょっとでテキサスのミッドランドに到着する」
太子が対面に座ると、タコスを口いっぱいに頬張るエイジへと話しかけた。
テキサスと聞いて、エイジの頭に父親の故郷が浮かんでくる。ヒロはテキサスでの思い出をあまり話そうとはしなかったが、時々作ってくれた料理の味付けは目の前の料理と近かった。
「父さんの故郷の味だから美味いのか」
「いんや。ここのピットマスターが最高なんだよ。レッドウッドは来てないけど、あいつが紹介してくれてさ」
「レッドウッドさんは来てないの?」
「あぁ、アメリカのナンバー1も忙しいからな。愛も一緒に行動しているし、アブゥも行くところあるからここまでだ」
エイジは少し寂しく感じるが、1人1人が凄まじい実力者で、どこからも引っ張りだこなこともわかる。
一緒に行動できていることが異常だったんだと改めて理解する。
「今日はここで一泊するからゆっくり食べていきな」
エイジの知るいつも通りの太子。ここ最近の太子は、エイジたち家族に見せている姿とかけ離れていた。
パッとしない変な叔父さんが、世界を股にかける有名人だったとは全く思っていなかった。
「改めて感じるなぁ。僕は恵まれている」
下を向き、誰にも聞こえないように話したつもりのエイジだったが、頭を上げた時に沙羅が太子のいなくなった席にいて驚く。
「沙羅さん!?」
「よくわかってるじゃない」
「聞こえてました……か」
「えぇ。それよりも、太子が伝え忘れているようだから、私が代わりにエイジ君に言っておくわ」
沙羅が人差し指を上に向け、円を描くようにくるくると回すと、雑音が消えて2人の立てる音だけが聞こえる。
エイジは掴んでいたタコスを一度下ろすと、布巾で口と手を拭ってコーラをキメる。
「ちょっとややこしい問題でね。あなたは太子の宗教って聞いたことある?」
「ん? んー。聞いたことないかも」
「そうよね。太子は宗教を公開していない、というより公開できない状態なの」
「……なぜと聞いても」
そこで沙羅が太子にここ最近あったことを、必要なところ以外をボカして話す。
「どこかに決まると話がまとまらなくなるか……叔父さん自分から苦労を作ってるなぁ。それでダニエル様がいらっしゃったんですね。細かいところについては今は聞かないでおきます。話したってことは、そのうち教えていただけるんでしょう」
「理解が早いと助かるわね。覚えておいて……あと」
沙羅は指を弾いて音を出すと「OTKのほとんどが日本へ戻らないから」と言って歩いていく。
エイジは最後の言葉の方が重要だと、沙羅を呼び止めようとしたが、歩いていたはずの沙羅はどこにもいない。
手を伸ばしたまま周囲を見渡すと、勘違いしたピットマスターが楽しげに肉の追加をしてくれる。
「親父さんがテキサス出身だって聞いたぜ。細胞が欲してるんだろうってみんな言ってる。うめぇだろ」
「さいっっっっこう! 人生で一番の肉です。ぴ? ピットマスター」
エイジが覚えたての言葉で締めくくると、ピットマスターは笑いを我慢してサムズアップを決めた。
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