第44話 ミッドランドとマム
翌日の朝、ピットマスターと仲間たちに温かく見送られながら、エイジたちはペーコスを出発する。
傷だらけのピッキングトラックで走る道路はガタガタして、ところどころ舗装が剥げていたりと、スリルを味わえる運転。
後部座席に座るエイジは、隣の太子と話しながらも、荒い運転に意識を削がれてしまう。
「日本に戻らないって聞いたけど、本当なぁぁぁぁあああああ」
「戻んないよー。やりたいこともあるから」
ほぼ直線の道路でドリフトをかます運転手は、バックミラー越しでもわかるほど口角が上がっている。
エイジは会話を楽しむ余裕もなく、必要だと思うことを質問したら、あとは座席を握りしめて放り出されないように体を張り付ける。
1つ目の町を超えて少し走っていると、前方に数人の人影が見えてくる。
路上で何かを構え、エイジたちが乗る車に気づくと、発砲音が車内にまで響いてきた。
「嘘でしょ。いきなり撃ってくるの!?」
「世界のアメーリカーだからな」
「叔父さん! どうするの!」
「運転手の気分次第」
エイジが運転手を見ると、明らかに不機嫌な様子。しかも車のスピードは落ちることなく、乗客の体感だと加速している。
3人の襲撃者たちとわかった時には避けた彼らを通過し、そのまま走り抜けるかと思ったエイジの気持ちを裏切る。
沙羅は急ブレーキをかけて停車すると、車を降りて行ってしまう。
「叔父さん!」
「よし!」
「止めよう」「見物だ」
2人の考えが揃うことはなかった。
沙羅の姿は小さくなり始め、時間がないと悟ったエイジが全力で駆ける。
負けじと太子もエイジの顔を見ながら横っ飛びで喰らいつく。
「ふざけてないで」
エイジの必死な気持ちは太子に伝わらない。
逆に太子からすると、なぜそこまで必死になるんだという疑問が起こる。
前方からは交戦の発砲音が連続で鳴り響くが、すぐに音も止んで静かになってしまった。
彼らが到着するまでの数十秒で戦いは終わり、悶え苦しむ襲撃者が恨むような目で沙羅を睨みつけている。
「クソックソッ! 地獄へ堕ちろ」
声の出せる奴が沙羅を罵るが、暴言を吐くと、沙羅はうめくだけの肉に蹴りを入れた。
「うぅぅぅ」
「やめろ! 頭おかしいのか!」
そいつが再び声を出せば、今度は胸を踏みつける。そこで襲撃者は悪口を言うほど仲間を傷つけると思い込み、暴言をやめて命乞いへと切り替える。
「俺たちが悪かった。助けてくれ」
ぐしゃりと潰れる頭を見せつけられ、震えながら傷だらけの右腕を使って逃げようとし始める。
その行手を阻んだのは太子。
彼の体から流れる血に指をつけ、その血を少し凝視した。
「カルテルへの偽装。狙撃手があと1人、丘、サボテンの影」
太子の呟きに答えるように、沙羅がくるりと回転すると、南側の1点を見つめて両手を合わせた。
その手が開かれた時、エイジの背に脂汗が滲み出す。
沙羅の手が勢いをつけて再び合わさった時、その直線上にあった植物がぷっくりと膨れ上がり、貯めていた水分を吹き出しながら倒れていく。
「沙羅。残ってる2人についてる異物を壊して」
太子が指示すると、沙羅は軽く指を弾いた。
すると襲撃者たちの後頭部が小さくポンっと音を立てて、意識を失ってしまう。
「応急処置だけしておくか」
いつものように襲撃者たちへ液体をかけていくと、患部から泡を吹き出し、肉芽が盛り上がってくる。
「殺さなくても」
「エイジ。それは彼らを侮っている。やらなければやられる」
「今回もそうだったって言いたいの? でも、叔父さんや沙羅さんなら」
「できるから沙羅は2人だけ残した。お守りはエイジだけじゃなくて俺もね。エイジは俺を過大評価しすぎなところがある。力だけならもうお前の方が上だよ」
太子は巻きつけた包帯を切ると、次の患者へと向かっていってしまう。
エイジも日本で何度か事件に遭遇していたが、完全武装した犯人には会ったことがない。
実際に相手したらどうなるか、生かしたまま無力化できるのかすらわからない。それでも、転がった目玉が何か訴えているようで、胸が痛んでしまう。
「ラウラと玉ちゃんが30分ほどで彼らを迎えに来てくれるみたいだ。あとは任せて先へ行くよ」
エイジにも、沙羅の能力を使って連絡をとっていることは想像できる。だが、どうやってしたのかはわからないし、遠くにいたはずの2人が短時間で来る方法もわからない。
半ば詰め込まれるように車の中へ入れられたエイジは、太子から指摘される。
「お前は良いところばかり目を向けている。俺たちは善人じゃないし、数えきれないほど人も殺している。物交を作った時も、苦しい生活をしてた奴は救われたかもしれないが、そいつらに指示してた奴はことごとく経営難へと陥った。その先はわかるな?」
恨みつらみの話をするとキリはないが、太子はエイジに現状の人間について教え込もうとする。
そこでエイジは思い出す。ベッドでへたり込んでいた時に見た倒れていた者たちは、生きていたのだろうかと。
「もっとやりようは……」
エイジは涙を浮かべながら話し出すが、続きの言葉は出てこない。
そんなエイジの頭を太子はワシワシと撫でつける。
「みんな思ってる。もっと良い方法がないか、誰かがやってくれたらと。そうして来た結果が今だ」
エイジには太子に返す言葉がない。
誰かがやらなければいけない状況も知ってしまった。組織の中で赤紙の対応をしてきた先輩たちを『悪』だと言えない。
「今はグランマのことだけを考えていなさい。お前の父さんを育てた人は素晴らしい人だ」
そこから到着するまで、車内は無言の空間だった。
ミッドランドは今まで通ってきた中だとかなり発展している方に入れられる。
大きなビルが立ち並び、巡回するポリスたちも多い。街中で検閲を受けた時に、太子を知る人物もいて友好的だった。
「久しぶりに来たけど、最近どうだ」
「ノーグッド。治安は悪くなっている。お前たちも気をつけろ」
「どこも同じだな。ありがとう」
誰に聞いても同じような答えが返ってくる。
街を通り過ぎる間だけで耳に入ってくる警報音も3度。
街の中心から外れて外縁部に走らせると、住宅地の密集する地区がある。街中の喧騒から離れた静かな地域で、見慣れない車が走れば人々も家の中に入り込んでしまう。
その中の中心部に目的の家があった。
広々としているが、他の家と同じように穴の空いた地面や鉄の破片が散乱している。
車を降りた太子は、その家のドアから10メートルほど離れたところで立ち止まり、中の見えない窓へ向かって手を振った。
家の中からドタドタとした音が聞こえてくると、乱暴に扉を開けて恰幅の良い男が飛び出してくる。
「タイーシー!」
転びそうになりながらも駆け寄ってくると、太子を熱く抱擁する。
「今回も手紙を持ってきてくれたのか?」
「いや、トニーやマムに会わせたい奴がいてね」
「まさか……いや、兄さんは無理だ。だったら」
トニーは鼻を赤くすると、慌てて家の中に引っ込んでいくと「マーム! リビングまで来てくれ!」と叫んで再び戻ってくる。
太子は苦笑しながら車へ向かって手を招くと、準備の整ったエイジが顔を出す。
「ヒロさんの。ヘンリーの息子のエイジだ」
「確かに似ている。それよりも! みんなも中に入ってくれ!」
太子はエイジの背中を押すように先へと促し、車に残ったままの沙羅も引き摺り出すように連れてくる。
家の中も鉄屑や配線が散乱し、至る所に傷跡が見つけられる。
「酷いよな。金目の物がないと暴れて帰っていくだけ。近所の奴らも根を上げてどんどん引っ越していくし、ここらの7割くらいはもう空き家だ」
「食い物は取っていかないのか」
「タイシに言われて鍛えたからな。マムと食い物持って逃げるくらいはできるようになった」
トミーは自分の胸を叩いて少しは強くなったとを見せ、はにかんだ。
リビングに入ると、今まで通ってきた道に比べて特別綺麗に掃除が行き届いている。特に足元には、破片一つ残らず取り残されており、邪魔になる物は置かれてないといった感想が得られる。
「マム。連れてきたよ」
「やぁ、久しぶり。約束通り来たよ」
テーブルを前にちょこんと座った老婆はニコニコとしたまま、明後日の方へと手を振りながら口を開く。
「タイシー! こんな状態でごめんね。近くに来てくれる?」
太子はマムの言葉に従って近づくと、彼女の宙を描く手に触れてからハグをする。
マムの体は一瞬硬直してしまうが、太子の服に皺ができてしまうほど強く握りしめる。
その時、太子がマムに耳打ちをすると、今度は沙羅の方へ両手を広げ「おいで」と言って待つ。
太子も手で招くと、沙羅も諦めたようにマムへと近づいてハグをした。
「初めて会った時を思い出すわ。みんな若くて力が有り余っているみたいだったね。でもあなたはまだまだ力強くて、何でもできそうね」
「ふぅ……気付いたのね」
マムが沙羅へ答えない代わりに指2本を口の前に添えて見せる。
沙羅は鼻を膨らませて息を吸い込むと、耳を赤くして合わない目線をさらに逸らした。
「エイジと話すこともいっぱいあるだろ。俺は少し日に当たりたくなったから」
太子がマムへ伝えると、沙羅を連れて家の外へと出ていってしまう。
去り際にマムが「Go ahead.」と小さく呟いたが、太子には聞こえていなかった。
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