第45話 終わりの顕現、始まりのドア
恥ずかしそうにマムと握手するエイジを確認した太子たちは、扉を開けて外へと出る。
ゆっくりと扉を閉め、車へ向かうまでの数歩で太子は膝から崩れ落ちるように倒れてしまった。
頭部だけは沙羅が保護してくれたが、下半身にはいくつも擦り傷ができてしまう。
太子をその場で座り直させたところで、扉の開く音がする。
「椅子を持ってきた」
トミーは倒れた太子を見て、やや声に震えが見られるが、あまり外に出ないようにと堪えているようにも見える。
「気付いてたのかよ。恥ずかしいな」
「マムがしきりに言ってたんだ。次が最後、次が最後ってな。マムの長くないと思ってたんだが、ダンジョン入ってからもしかしてねって」
「なんだよ。入れとか言うんじゃなかった」
「俺は良かったよ……ここで良いのか?」
太子は口に出さず、首を縦に振ると、トミーも同じように返して家の中へと戻っていった。
沙羅に介添えしてもらいつつ、肘掛け付きの椅子へ腰掛けた太子は、ゆっくりと呼吸が落ち着いてくる。
時折やってくる雲が適度に日光を遮り、心地よさを与えてくる。
太子の手を握っていた沙羅の手が、体をなぞるように頬までやってくると、そのまま撫で付けて顔中を入念に触れ始めた。
「なんだよー」
「このくらい良いでしょ。子供の頃を思い出すわ」
「こんなことあったっけ」
「私だけ覚えていれば良いの」
太子の顔をこねくり回して満足した沙羅は、険しい表情に戻り遠くを見つめ始めた。
それに気付いた太子が沙羅へと声をかける。
「時間だ。買い物に行ってきてくれ」
「ご注文はいかがいたしましょうか?」
「お任せ」
「承りました」
名残惜しそうに離れていく沙羅を太子が見ることはなかった。
太子は車の発車音を耳に入れてから10分ほど目を瞑ったままで過ごす。
日差しと雲の影を全身で感じながら、時折吹く風に身を任せていると、小さな足音がやってくる。
太子が目を開けて足を組むと、小さな来訪者へと挨拶をする。
「ハロー、リトルヒーロー」
突きつけた拳銃に恐れることなく話しかけてきた太子に、フードを被った子供は恐れを抱いて一歩後ずさる。
「引くな。引けない理由があるんだろ」
「お、お、おぉぉ。お前は何だ!」
「俺は深海太子。君たちの言う悪魔の親玉だ」
優しげな声音で話しかけ、親玉っぽくみせる芝居は、太子も内心では笑いを堪えるのに必死だった。
そんなことを知らない子供は狼狽えてしまうが、足を動かすことができない。
「俺! 俺! 俺! 俺! 俺はやらなきゃいけないんだ」
「来いよ。リトルヒーロー」
「ああああああああああああああああああ」
駆け寄ってきた子供が太子の腹へと銃口を突きつけると、そのまま動かなくなってしまう。
「あ、あぁー! なんでだよぉ! 逃げろよぉ!」
「逃げないよ。君はやらなきゃ家族が酷い目にあうんだろ」
優しく子供の肩を抱くと、銃身に触れて胸の中心へと誘導していく。
ここに打ち込めとその子にも理解できてしまう。
「姉ちゃんを……姉ちゃんを……助けるんだ!」
意気込みとは裏腹に引き金を引かれることはなく、子供の指は固まって動かない。
すると太子の背から生えた蛸足が2人を包み込み始める。
若干たわむ触手と衝撃音。
そこでようやく子供が状況を理解する。
「俺以外にも」
「違うな。ヒーローは君だけだ。どの物語でもヴィランを倒すのはヒーローと決まっている」
「叔父さんはヴィランじゃ」
太子は震える子を抱きしめ、諭すように囁く。
「君がやらなきゃお姉ちゃんは助からないんだろ。やるんだ」
もっと強い言葉が必要だとわかった太子は、徐々に声音を、大きさを強くしていく。
そして、空間が揺れるほど強く放たれた時、それを上回る強烈な音が銃から出た。
抱きしめたままの太子は、子供へ覆い被さる形で倒れ込む。
「ごめん……なさい」
「よくやった」
蛸足が収縮し、2人を締め付けていく。
足から解放された時には、2人とも動けなくなっており、虚ろな目をした太子が魚顔の子供へ微笑んでいた。
「西の海に……お姉さんも向かっている」
「グァルルルル」
湿った独特の鳴き声で返事した子供は、跳ねるように太子たちが通ってきた道を逆走していく。
すれ違う形で戻ってきた沙羅は、ゆっくりと太子へ近づき、膝をついて太子の頭を太ももへと乗せる。
「長かったわね」
「呼んで」
太子の希望に応えるように沙羅が歌い出すと、全ての音をかき消して沙羅の声だけが響き渡っていく。
遠く遠くまで。
ぽつりぽつりと現れるOTKのメンバーたちが太子を囲むように並ぶと、涙を浮かべながら車座に座り込んだ。
「何か……叔父さん!」
倒れる太子を見つけたエイジは慌てて駆け寄ってくる。
しかし、OTKのメンバーたちが座る先へと手を伸ばしても透明な何かに阻まれてしまった。
「お疲れ様」
愛が太子の右手に触れると、灰のように粉々になってしまう。
その灰を握りしめ、丁寧に瓶へと詰め込んでいく。
「もう空気は売れねぇな」
今度はカラスが左足に触れ、愛と同じように灰を集めていく。
左手をラウラが、右足を九鬼が集めて小瓶へと詰める。
「太子。楽しかった」
「……アブゥ。愛。たまこ。らうら。クロウ」
「本名はやめろって」
冗談めかしてカラスが返すと、太子はにっこりと笑って白くなった目で沙羅を見つめる。
「沙羅。空を見せてくれ」
被さっていた沙羅が頭を上げると、晴れ渡る空が広がっている。
「見えねぇな。だから代わりにお前らが見てくれ。あいつの気まぐれを」
突如太子の腹が崩れ出し、中から蛸足が伸びてくる。悍ましい光景に全員が眉を顰めるが、誰も手を出さない。手を出せない。
うねる蛸足は重力を感じさせず、そのまま何本も這い出してくると、幾重にも重なって本体を形作っていく。
「気持ち悪い登場しやがって」
声を出すのは太子だけ、出せるのも太子だけ。
空間が割れんばかりに鳴動させ、結界を維持するだけでも困難な状況に、OTKのメンバーたちは冷や汗と脂汗を同時に流しながら対応する。
蛸足に女の体を乗せた化け物は、辺りを見渡すと、いくつかの方向へと指を向ける。
その度に指先が淡く光るが、何が起こっているのかわかる者はいなかった。
時には逆さになって顔を覗き込み、何か行動を起こすたびに腹を膨らませて笑うような仕草をする。
「おい。約束……守れよ」
太子が掠れる声で化け物へ言い放つと、言われた当人はつまらなさそうに空を指差してクルクルと回し始める。
沙羅が道中で行った動きと似ているが、一周ごとに込められた力は比べることが痴がましいと思わせてくる。
徐々に暗くなる辺りとは違い、太陽は燦々とオレンジに輝き続けている。
天空に浮かぶダンジョンが視界に入ると崩れ去り、その先に光る星々が姿を現し始めた。
「見えるか」
太子の言葉に沙羅は鼻を啜りながら答える。
ひとつひとつの星が自分をアピールするかのように輝かせ、昔見た星座もなぞることができるほどはっきりと。
「見えてるよ」
「ふぅ。あり……が……」
最後まで言葉を紡ぐことなく固まった太子は、体の端からポロポロと崩れていく。
化け物は一瞬寂しそうな顔をすると、今にも崩れ去りそうな太子へと軽く息を吹きかける。
すると、胸を突き破るように赤い球が顔を出してくる。
指先でその球を招き入れるように浮かせていると、白い手が球を掴んで離さない。
血を滴らせながらも離さないことに驚くと共に、嬉しそうに笑って沙羅の周囲を回り始める。
「あんたなんかに渡さない!」
沙羅は歯を食いしばり、閻魔のような顔つきで異界の主を睨みつけると、相手は満足げな表情で指を弾いた。
一瞬で消え去った異界の主と、明るさの戻った世界に驚きつつ、崩れ去った太子を仲間たちは見つめ続ける。
「叔父さん……うぅ」
エイジは未だに震える体を抱え込みながら、自身の不甲斐なさと主への恐怖を嘆く。
OTKのメンバーたちもおさまらない鳥肌をさすり続け、動けているのは太子の灰を涙と鼻水で濡らしながらながら集める沙羅だけだった。
「クソックソッ。なんで……何もできない……足りない……全部!」
大事に抱え込んだ太子の核石を握りしめ、一片すら残さず灰を回収していく。
満足するまで集めた沙羅は、ドアの向こうで座るマムへと軽くお辞儀をすると、うずくまったままのエイジを蹴り上げる。
「最後の助言だ。太子の言葉を思い出せ」
それだけ言うと、大事に抱えた荷物と共にOTKのメンバーたちは空へと飛んでいってしまった。
トミーはエイジに近づくと、肩を貸して家の中へと連れていく。
「タイシが以前言っていたんだが、OTKのことをこう言っていたよ。"Only the knock"」
俺たちは扉を叩くだけだと。
〜Fin.〜
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