第46話 変革期 記録

 西暦2201年8月

 太子の死は瞬く間に世界中へと広まっていく。

『ただし』と付けて、極一部の者たちの間でという限定。


 すぐに動き出した者は、海岸線の調査に勤しみ3日後に海面の上昇を確認する。

 その情報は世界中に発信され、各国で調査を始めると日に日に上昇し続けて、10日目に停止したことがわかる。

 上昇した海面は1m。

 短期間で上昇した高さと考えたら恐ろしい数字で、しかも学者たちの大半が今後も上昇する可能性を主張していた。


 変化はこれだけのとどまらず、冬眠から覚めた熊のように、ダンジョンから化け物どもが出てくる事象も確認される。

 太平洋のど真ん中にできた新国家。

 アラスカとシベリアの同時独立宣言。それに呼応するように不満の多かった地域の自立が始まってしまう。


 多発する事案に追い込まれていくと、原因の特定と責任の追求をしたくなるのが人間というもの。

 そこであがった名前が深海太子。

 たった1人の人間にそんなことができるはずはないと、ダイバー界のTOPと言われる者たちが次々と声を上げた。

 学者たちもそれに賛同するが、悪魔と契約していたという発言がちらほらと出始める。

 馬鹿馬鹿しいと嘲る者がほとんどだが、苦境に立たされた者は逃げ道を探すように悪魔論へと辿り着く。


 悪魔論に確信を持った者が取る選択は2つ。

 1つ目は悪魔と契約した太子の責任追求と処罰。しかし、時間を掛けてわかったことは、災害が多発する前に亡くなっていること。

 次に太子の家族を調べようとしてみると、名前と死んでいるということ以外は何もわからない。

 2つ目は悪魔と契約して自分も力を手に入れようとすること。

 こちらはもっと単純で、ダンジョンに深く潜ってダンジョン主を悪魔として崇拝する。もしくは、不穏なカルティストたちに加わってしまうという選択。


 そのような者たちが大量に出てきてしまった時、大きな組織でなければ治めることは難しい。

 国単位であったり、宗教単位であったりとその派閥はバラバラだが、悪魔の手先になろうとする者を許すはずがなかった。

 ただちにカルト宗教の実地調査と討伐を実行し、治安維持と回復に向けての援助が始まる。


 太子を悪魔の尖兵と考える者たちには、特にすることがなかった。

 死者への冒涜は大半の国や宗教で忌避されるもので、いずれ村八分にされて、どこかの宗教に泣きつくことになる。

 組織の代表たちはそう考えていたのだが、一部の悪魔信者たちが彼らに紛れ潜むように組織を立ち上げることに成功する。

 ”Prince of the deep sea foundation”

 深海の王子財団。

 奇妙なことに世界中のある特徴を持つ者たちから熱狂的な支持を得ていた。

 その特徴は、魚顔と呼ばれる者たち。

 彼らは仕事に勤しみ、蓄えた資産を財団へと送金していく。

 瞬く間に溜まっていく資金が一定値に達すると、財団は大西洋に浮かぶ島を買い取って、そこに支援者たち専用の保養地を作ってしまった。

 その名も”Piscis paradisus”『お魚楽園』と気の抜けるような名前だが、彼ら独自の技術で島ごと浮き上がらせて、世界一安全な島と呼ばれている。

 1棟20億米ドルで売られた小さなコテージ10棟が5分で完売してしまい、世界中を驚かせ、混沌とした時期に成功した数少ない事例のひとつ。


 もうひとつの成功が太平洋に新しく作られた国家。

 先ほどの財団と違いこちらは綿密に根回したうえで、いくつかの大国からの後押しを受けての成立。

 申請した名称は ”Pasificetla” 『パシフィストラ』とし、ミュータント人たちの新天地として名を知られることになる。


 いずれも同年に起こった出来事で、あまりにも変容していく世界についていくことも困難になっていく。


 2203年3月

 とうとう日本もその荒波から逃れることができなくなり、沈みゆく土地を奪い合うように国が2つに分かれることになる。

 主な争いの発端は、中間層が低所得者たちの実質的な奴隷化を目論んだため。

 自分たちの安泰を確保するために、生産力の低い者たちへ無償奉仕を強要する制度を採決させてしまった。

 事実を受け入れ、奉仕制度に従事してしまう者もいるが、多くの人々は抵抗することになる。

 強盗や殺人などが横行する中で物々交換互助会のメンバーたちは。彼らを個々人で捕縛し、可能な者は自分たちの組織に組み込んでいく。

 ある程度組織が大きくなると、本拠点を東北に移して更に勢力を拡大。

 強くなっていく彼らに恐怖した政府が、物税を上げて力を削ごうとしてしまった。それが引き金となり、千葉から新潟以北を占拠し、彼らが独立国家の宣言を行う。

 用意周到に準備していた新国家は、いくつもの大国から承認を受け、『北日本国』として動きだした。

 北日本国が樹立し、最初に行ったことはパシフィストラとの強固な同盟の構築。

 これにより、互いに攻撃を受けた際の武力援助と領土不可侵、交易の簡素化が行われる。

 安易に手出しができなくなった南日本は、大陸から舐められるようになり、かろうじて繋ぎ止めていた沖縄が独立。

 琉球と名を変更して、海を渡り始めた中国と交戦を開始する。

 中国からの侵攻はあまりにも多勢に無勢で、苦境に立たされた琉球国は北日本国へ協力を求めた。


 7月

 武器と軍艦の援助を取り付け、応援に駆けつけた北日本国とパシフィストラと共に逆侵攻を開始。

 上陸は成功したものの、先んじて敷かれていた包囲網が強固で突破は困難。

 そこで、北日本国の元犯罪者たちによる自爆特攻作戦が考案される。家族の保護と生活の保障を条件に、彼らによる主要施設への襲撃が始まった。


 10月

 琉球、北日本、パシフィステラの連合は50万人の犠牲を払うこととなった。

 8つの大規模発電施設に北京と深圳は壊滅。中国から台湾を隔離し、沖縄へ避難していた台湾出身者を送還。

 その際中、何者かによって散布された毒が北京市内で滞留しつづけることになる。以後80年間ミュータント含む全ての人種はいかなる防護服をつけようとも全身から失血して死亡するようになった。

 両国の被害の大多数はこの毒によるもの。深圳でも同様の毒が散布されたが、そちらは時間と共に薄れていった。


 11月

 両者はロシア仲介の元、停戦の合意と毒の首謀者の捜索を協力することとした。

 なお、危機感を覚えた旧日本の2国はパシフィストラに吸収されることを希望する。

 翌年8月にパシフィストラ連合国の発表と共に州制度の導入を実施し、吸収した2国の名称をそのまま州として運用していくこととなった。



 2205年10月

 世界各地で大地震が頻発し、世界規模の災害が頻発する。その被害で推定20億人が命を落としたと言われている。

 災害以後、大規模な地殻変動が確認され、新たな山脈や未知の島が発見されるようになった。

 同時に大陸から分離されるように島国になったり、逆に大陸と結合した島もある。

 日本も東京から縦に削るように分たれ、北日本と南日本の国交は完全に遮断されてしまう。

 以後、南日本は独自開発したロボットとAIを使用して、衰退する社会を盛り立てようと模索を始めていった。

 こうして当初の目的とは多少ずれてしまったが、南日本はロボットという新たな奴隷を獲得する。

 ロボットが製作者の指示通りに稼働している間は。



「ひっひっひ。太子の希望通り世界は大混乱だよ」


 ニヤけ面の少女が手の上に乗せた小瓶を弄びながら、分厚い本の巻末に『Fin』と書き綴った。


「2つの種がどういう道を辿るのか。長生きしないとねぇ」

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与奪の超越者〜異海おじさんは引き篭もれない〜 コアラ太 @kapusan3

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