第36話 太子のお仕事
ハワイ諸島を出ていく日本からの艦は16隻。
ケーブル敷設に関わっていた5隻は島に残って、日本とアメリカ間の通信ができるか確認する作業が大量に残っている。
最低でも1年間。日本から交代要員が来ないとなれば一生ハワイに残り続けることになる。
それも加味して、数年かけて希望者を募ってようやく集まった人々だった。
「では行ってくる」
「お気をつけて」
「君たちもな」
金一郎と通信整備の主任が互いに敬礼をして別れを済ませると、出航を知らせる汽笛が鳴らされる。
出航した艦隊を眺めていた整備員たちの表情。
一切の悲しみは見られない。
「パツキン美女とお友達になりませう!」
「イケメン高身長とお近づきになりたい!」
日本の閉鎖的な空気感から抜け出した彼、もしくは彼女は天国とも言えるほど開放感に浸っている。
そこに主任から飛んでくる檄。
「機密もあるからしっかり守れ! その上で存分に楽しめ」
「ひゃっほー」
檄などなかった。
アメリカ軍の母艦である『グランドキャニオン』数年前に新造されたこの船は、砲台10門と過去最大の割に武装が少ない。
この艦の目的は能力者たちと物資の大量輸送に充填が置かれているためだった。
そのため、通常の船と比べて道幅が広く取られており、娯楽は少なくても広々とした空間がいくつか設けられている。
朝に出航した合同艦隊だが、事前に代表会議を行うと通告されていたため、様々な艦が母艦の周りを通り過ぎては戻っていく。
代表会議と銘打った通告だが、内容はただの親睦会。
互いの顔合わせと、久しぶりの外交である日本へかけた情けも含まれていた。
カチコチに固まった日本の議員団をアメリカの議員たちが優しく迎え入れる。そういった目的、優しさを見せたよという事実を写真に収めることが、アメリカ側に求められている。
それを承知の上で、撮影の時は日本の議員たちもあえて表情の固い笑顔を作ってみせる。
その横を気兼ねなく通る者たちが2人。
互いに意見をぶつけながら、やや荒い言葉遣いを議員たちの耳にも届けていく。
「タイーシの方法だと乗り手の技量次第になるだろう。もっと楽にしたいのだ」
「そんなのAI学者にでも投げてしまえ。ルイーザ、もっと単純化してカスタム性があったほうが面白い」
「趣味要素なら民間で十分。それにAIは作り手の意志が強く出るからダメだってお前が言ったんだろ!」
「ったりめぇだ! あいつら機密がーとか、ブラックボックスにーとか言いながらあちこち仕込んでほくそ笑んでいるんだよ。嫌らしいところに仕込んでるはずだ。例えばこういうデジタルカメラとか」
太子が撮影中のカメラのレンズ横のランプを突くと、ウィーンと奇妙な音が鳴って四角い箱が飛び出してくる。
まさか出てくると思っていなかった太子は、呆然とするカメラマンと議員団を行き来し、最終的にカメラマンの肩を叩く。
「レトロなカメラもたまには良いんじゃない。うん」
「うんじゃない! 君。そこの船員とこのカメラを持ってすぐに取調室へ行きなさい。今で良かったと思いたまえ。そっちの君は撮影班と連絡。フィルムカメラで議員の方々の撮影をして差し上げなさい」
ルイザは雛壇に並ぶ議員たちに深くお辞儀して、許可をもらえるまで頭を上げなかった。
「事情は察した。頭を上げなさい」
「緊急と思い勝手に判断しました。カメラの出所と調査結果については、後日中将以上の者から皆様に報告させていただきます。我々も調査協力に向かってもよろしいでしょうか」
「皆様もよろしいでしょうか。……トマス上院議員が承諾した」
「では、タイーシ」
太子を探すように声をかけたルイザは、なかなか探し人を見つけられない。
「どこいった! タイーシ!」
ルイザの声に返事はなかったが、ルイザたちが通ってきた通路から太子の声が聞こえてくる。
楽しげに、興奮したような声音で相手の男と議員たちのいる広間へと歩いてくる。
「ポラロイド690とか、よく維持できたね。フィルムとかどうするの」
「曾祖父さんの作った保管庫でもう少し残ってるんだよ。それにしてもこいつが議員さんがたを取るとは、曾祖父さんも思ってなかっただろうさ」
感慨深げにやってきた海兵の横でまとわりつくように太子が侍っている。
レトロで角張った見た目のカメラに、触れたい気持ちを我慢して眺める太子。それを見たルイザが本当に使えるのかと心配する。
「議員のみなさん。本当に撮れるか一度確認する時間をいただけますか」
トマスが全員の顔を確認すると、小さく頷いて了承の合図を見せる。
「そこの君たちも一緒に写ろう」
警備のために待機していた海兵へ声をかけてみるが、微動だにしない。
仕方ないと諦めルイザの肩に手を回すと、カメラマンにポーズを取る。
「やめろ! 私が写る必要は」
「俺だけ映ってもつまらんだろ。ってことでよろしく」
準備を済ませた海兵がシャッターを切ると、レトロカメラ独特の眩しさが2人を襲う。
しかし、太子は目を薄めて変わらず笑いながら2枚目を待つ。
パシャリと鳴って、二枚目を撮り終わった海兵がトマス議員に撮影した物を見せて確認しに行った。
当然目が眩んだ2人は目を瞬かせながら、光に目を慣らしていく。
ようやくいつも通りの視界へ戻った時、戻ってきた海兵が2枚の写真をルイザと太子へと手渡してくれる。
「もらって良いの」
「その方がこのカメラも喜ぶでしょう」
「ありがとう! でも返せる物を持ってないや」
「良いんだよ。プレゼントフォーユー。議員さんを待たせてるから」
そう言って太子たちの元を離れると、彼は議員たちの前で準備を開始してしまった。
「ルイザ、彼の名前は」
「後にしてくれ。妙な装置の証言と状況報告したら、代表会議が待ってる。この時間だと途中参加か。嬉しそうな顔するな!」
ルイザに言われて太子は笑顔を止めたが、どこか気の抜けた表情で、ルイザを呆れさせてしまう。
結局彼女たちが報告と事実確認を終え、指定の会議室へ辿り着いたのは予定時間から1時間が過ぎていた頃だった。
両開きの扉の前に配置された警備兵2人がルイザを見つけると、敬礼で迎えて会議室内へ到着の報告に入っていく。
すぐに戻ってきた警備兵が「どうぞ」と言うのを聞いて、ルイザを先頭にして太子が気の抜けた顔のまま入った。
「国立研究所所長のルイザ。緊急の要件で遅れました」
「事情は聞いている。ご苦労だった。太子もよく見つけてくれた」
太子は軽くアゴを落とすようにして挨拶すると、上半身だけを動かして自分の名札の席を探してみる。
だが、なかなか見当たらず「俺ってどこ」と、ルイザに耳打ちして聴くハメになってしまう。
ルイザが苦笑しながら指を伸ばすと、なぜか遠く離れた大将の2つ隣に名札が置かれている。
その周囲には日本から来た人はおらず、全員アメリカの関係者ばかり。
「なんでよ」
小さく愚痴をこぼした太子は、渋々指定の席へと向かっていった。
いざ座ってみると、大将を中心にルイザは太子と対照となる座席へと座っている。
大将が全員の顔を見て、止まっていた話を進めていく。
「これで全員揃ったな。ルイザと太子にこれまでの話を簡単に行うと、アメリカまでの航路と行き帰りの説明、またアメリカでの移動可能範囲の連絡を行った。良いか」
大将は左右へ顔を捻り、無言で頷く2人を確認すると話を続ける。
「まずは商業関連の報告をアメリカ議員から頂いた書面を読み上げる。『現状日本への渡航は困難であり、商業目的で日本へ行くことは難しい』と! まだある。『しかし、日本からこちらへ来られることは拒絶しない。検閲はさせていただくが、日本から正式に出航した船における関税は、年間5000トンまでを無償化。現在のアメリカにおける基準は本土に到着後、議員の方々にお渡しする』という内容だ」
企業の代表たちも、ハワイでの紙幣価値の格差をマジマジと見せつけられた手前、特に文句を言えるような立場になかった。
むしろ5000トンという数字がピンと来ない。
「本土までは早くて6日かかる予定だ。その間に各々質問がある場合は議員を通して行っていただきたい。次にあなた方が帰られる時に我々も同行するという話。これはあくまでも派遣していた軍人の帰国を目的としたもので、交易は期待しないでいただきたい。そして、ダイバーの方々には日本へ戻った時の軍人捜索に協力を願いたい」
軍人に関することは、実際にアメリカ軍に入っていた者の所属する英雄会が適任。ただ、英雄会のみではいけない理由もある。
本国への移動や連絡が絶たれて間もなく、相当数の脱走兵が出てしまったため、元アメリカ軍人を大々的に謳っている英雄会では逃げられる可能性がある。
そこで、力量があってある程度の信頼を勝ち得てるダイバー組織への依頼。
「時間は経っているが、当時の顔写真と名前は容易した。もちろん強制的に送還するものではないし、希望者のみの帰還となる。もちろん企業の中にアメリカ国籍を持つ者もいるだろう。そういった人々に帰り道を作ることが目的と思っていただきたい」
ここまで聞いてほとんどの代表は納得したが、各々引っかかるところがあるスッキリしない空気感が漂う。
そこで太子が手をあげた。
「太子に発言許可を与える」
「グリッドレイ提督に質問。先ほどまでの話は軍事行動とも軍事以外どちらともとれる話。作戦内容を変更する権利は大将にあるのかという疑問」
「ない。あくまでも安全に輸送するための警護運用と位置付けだ。せいぜい脱走兵捜索の協力者に報酬を少しばかり渡す程度」
「つまり先ほどまでの話の中で、質問があれば議員に聞けよと。日本からのみんなも良いかな」
ただの伝令に海軍の大将を使っているなど、立場的に言えるはずもない。
この会議室内で質問できたのは太子の他に金一郎だけだったが、グリッドレイやその部下たちの気持ちを考えれば口に出すことなど不可能。
金一郎も薄めでテーブルを眺めているだけで、グリッドレイを見ることもできなかった。
しかし、裏を返せば海軍の大将が会議まで使っての連絡。これを聞かなかったことにはできないぞというアメリカ側の意思とも受け取れる。
「ここからの進行はハドリーが行います。階級は少将。よろしくおねがいします」
会議室内の重苦しい空気の中で、仕事を終えたつもりでいる太子。そして、話に飽きてきたルイザ。
この2人が背もたれに寄りかかり、時間が経つにつれ体が溶けるように落ちていく。
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