第30話 Opala,E komo mai

 フライングマンへ与えられた衝撃は、大空へ舞うことで消化される。ハワイ諸島が眼前に広がっていても、彼らの訓練は止められない。


 昨日掴んだ感覚を忘れないように、鷹伏は艦隊の上を何度も何度も往復して体へと染み込ませている。

 誰にも話すことができない光景も、空へ飛び立てば吹っ飛んでいく。


 そんな彼の下では、上陸の準備で船員たちが忙しなく動き続けている。

 コンテナの隙間を縫って、そこかしこで合図が飛び交う。


「XXEUの1000001から1000005まで下ろすぞ。番号間違えたら残業になるから気をつけろー」

「アイサー」


 ここはもうアメリカ圏内。彼らにとっては長く長く待ち侘びていた交易。ダイバーたちとは比べようもないほど気合いの入っている。

 自社から選りすぐった商品がどれほどの価値になるか楽しみでしょうがない。


 ハワイからの出迎えも盛大に行われており、民族衣装を着ている人々が今か今かと待ち構えている。

 中にはアジア系の顔つきをした年配の人もいて、祈るように両手を合わせて立っていた。


 12時前の日が高い時間。

 1号艦から伸びた桟橋に一歩目を踏み出したのは議員団。それぞれが厳重なスーツケースを持って上陸した。

 議員へ飛びつこうとした者たちは警備員に止められてしまうが、議員団の中から近づく者が2人。

 示し合わせたかのように、左右へ別れ。

 警備員を押し除けて腕を広げた。


「「ご家族からの手紙を持ってきた」」


 シワシワの顔をくしゃくしゃにして、志麻と山口へ抱きつくと、辿々しい日本語で一言話して次の者へ。

 都度都度、もし無かった場合次までに探すと律儀に返す。

 他の議員たちが先へ進んでいく中、ずっと残り話しているものだから、積荷を降ろした船までやってきてしまう。


 志麻と山口が道の先へ進めたのは、降り立ってから2時間も過ぎていた。

 入国審査で並ぶ者たちの流れは早くとも、長蛇の列を作っている。そのため議員団が先行して降り立っていたわけだが、諦めて最後尾へとつく。


 その後ろにも続々と列を作っていく中、遅めに降りてきた金一郎たちは別の建物へと入り込んでいく。

 金一郎たちの代わりに出てきた海兵たちは列の監視をしつつ、パスポートにおかしいところはないかと事前に検めて、審査サポートを行なっていた。


 15号艦から続くケーブル敷設職員たちの最後尾が見え始めたのは、日が沈みかけた頃になっており、出迎えの現地人も2割ほどに減っている。

 そんな疲れた顔で出迎えをしていた彼らに鳥肌が立つ。

 不気味なボディをした奇妙な船が音も立てずに桟橋へ横付けすると、凸凹3女が降りてきた。

 沙羅とラウラが小さいわけではなく、九鬼が大きすぎる。

 今まで降りてきた人の中には、彼女より巨漢のダイバーもいたが、彼らはラフな格好。しかし、この3人は武器を携え、殺気だっている。


「WAIT!」

「Hello, Old island.」


 ラウラが捨てるように海兵の足元へ写真をばら撒く。

 だが、武器持ちの相手から目を離すほど、海兵も愚かではない。銃を構えてセーフティを外し、3人を取り囲むと武器を下ろして手を上げろと指示を出す。


「Hurry! Hurry!」


 急かす海兵たちに怖気付くことなく、九鬼はゆっくりと最初の男に近づき銃口を口に咥え込んだ。


「アッハッハッハ。早く撃ちなさいよ。FIRE。FIRE。HURRY!HURRY!」

「Oh...Crazy」


 彼が冷や汗を垂らしながら引き金を引く前、拳銃がピシリピシリと音を立てて変形してしまった。

 ベロベロと舐め回して満足した九鬼は、唾液まみれになった拳銃から口を離して嘲ると、自分の太ももに刺していた拳銃の銃口をコメカミにつけてニヤける。


「ショウユー」


 九鬼は拙い英語で話しながら、指先を曲げる。破裂音だけが響いて海兵たちが安堵する。


「Haha, it's blank」


 空砲だと笑うが、反対側の海兵は夕日に反射する弾が落ちる瞬間を目撃してしまった。


「nm... Monster!」

「No! TONY STOP!」


 仲間の静止を聞かず、怯えた海兵が何度も何度も引き金を引く。

 九鬼の体へ当たるたびに跳弾し、沙羅とラウラは鬱陶しそうに砂地へはたき落とした。


 平和なビーチに響く発砲音に、誰も関心を向けない。

 彼らにとっては、そんな異常よりも目の前の非常識の方が重要。


「久しぶりだな。小島の住人」


 トニーの前で壁を作るように降りてきた軍人。そいつが不遜な態度で3人へ話しかける。


「お久しぶりトミーボーイ。簡単に言うわ。この3人を処分しにきたの」


 沙羅はビーチに落ちた3枚の写真を指して物騒なセリフを吐いた。

 横目で見ていたトミーが手招くと、写真たちがふわりと浮かんで招いた手の上へと並ぶ。


「カカアコに2、ダウンタウンに1。ステイツはこの件に干渉しないが、標的を見間違うなよ」

「そこまで調べてなんでやらないのよ。ほんとグズね。ボーイ」

「これでも忙しい身だ。見たくない顔もあれば、見たい顔も」


 3人が自分たちの船に目配せする。


「You guys haven't seen anything.」

「「「Yes Sir!」」」

「3時間後までに戻ってこい。そこの待機所で入国審査をしてやる」


 部下と沙羅たちへ言葉を投げると、ふわりと浮き上がり吸い込まれるように幽霊船へと流されていった。


「サラー。早く終わらせてご飯食べに行こうよ」

「あたしは肉! オックステールっての食ってなかったんだ」

「はいはい。早速行きましょうか」


 音も立てず飛び上がった3人は、力学を無視して地面と水平に加速していく。

 一瞬で消え去った3人を見た海兵たちは、夢でも見ているのではと自分の顔を何度も叩く。


「中将が俺たち何も見てないって言ってたもんな」

「だな。トミーの弾だけ回収しとくか」

「何て報告書に書けば良いんだよー。みんな助けてくれー」


 乱射したトミーよりも説明に困る奴がいる。

 くの字に曲がったバレルに歯形がくっきりと残った廃棄品。


「トミー。一緒にダンジョン部隊に移動願い出さねぇか」

「サミー。俺も同じこと思ってた」


 比較的若い者たちで集まった異例の部隊だったが、一番ぬるいと思っていた警備で地獄のような夢を見た。

 後日、部隊まるごとの移動希望が叶ったと知れた時、誰かの策謀によるものという憶測がハワイ支部内で広まることになる。

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