第31話 それぞれのハワイ

 ハワイでの一週間。

 観光を満喫する者、ビジネスに励む者、鍛錬を積む者。

 個々人のやりたいように過ごして良い。

 そう言われた時に、1人目の行動は他人の指針になりやすい。


「ショッピングモールがあるらしい。行ってみようぜ」


 誰かが言えば100人単位でゴッソリといなくなり、多人数で現地へ押し寄せる。

 すると、現地人たちが思うことは恐れ。


「明日からは分散して行動しろ。最大でも10人ごとで行動するように」


 2日目は初日と比べると少人数で各地へと分散して行き、局所的な混雑は多少なくなっていく。

 観光気分で気の抜けた者たちがいる中で、焦りを隠せないのが市場調査に出ていた人々。


「物価が高すぎる」

「それもあるが円の暴落がここまでとは」


 彼らが握りしめた万札がたったの1ドル。

 それもそのはず、何十年と交易の無かった日本は忘れ去られた国として認知され、日本へ向かう労力があるのならヨーロッパへと進むのも当然。

 むしろ換金してもらえるだけの温情があっただけマシな状態だった。


「物交どもは今頃腹を抱えて笑ってるだろうな」

「そうでもないようだ。あまり良い物と交換してもらえないみたいだぞ」

「これは……喜べないな。国自体が舐められている」

「想定していたレベルの赤字を遥かに超えることも考えて……とにかく販売は担当に任せて期間いっぱいに市場調査をするか」


 重い腰を上げてカフェから出てきたビジネスマンたちは、眩しい太陽に目を細め深い息を吐く。

 沿道では出店が立ち並び、食欲に働きかける香りを風に乗せてあちこちへと運んでいる。

 ダイバーたちが大量買いする光景を恨めしく見ていると、袋いっぱいの食べ物2つの代金として渡したのは核石1つ。


「核石1つが40万円分。帰ったら大量に買い込んでみるか」

「意味ないって、あいつらはもう核石の値段をこっちに合わせてる」


 いつ知ったんだと問いかけることはしない。彼らがダイバーなら同じことをする。

 日本にいた時は依頼でこき使っていたが、これから媚び諂うのは彼らの番だという未来が見える。

 きつく絞めていたネクタイを緩め、歩き出したビジネスマンたちは暗いオーラを出し、それぞれの手帳に書かれた目的地へ向かっていった。




「春輝さん。あいつらそのうちダイバーになりますよ」

「放っておけ……いや。顔だけ抑えて……あとで企業ごと顔を調べてくれ」

「まさか入れるんでしょうか」

「あれらと一緒に? 丈治も冗談が上手くなったな。辞めたやつと関わらないようにする為だ。これ以上養ってやる余裕はない」


 春輝にとっては日本とアメリカの関係よりも、正義連合の堕落の改善が重要。それを許していた自信が許せない。


「数十人だけ連れて抜ければ良いんですよ。春輝さんの代わりにやりたい奴は結構いますし」

「今譲ってしまったら官僚どもの言いなりになるだけで、どこにも正義はない」


 春輝が動きやすいようになれば良いと思う丈治だが、その春輝を縛り付けている思想こそが力の元だとも感じている。

 正義。

 丈治には正義がわからない。というよりも人によって定義が変質していく正義を理解しようとしない。


「嫌なら辞めても良いんだぞ」

「そんなことないですよ。今も昔も春輝さんが面白いからついてきているんです」

「俺も昔から丈治のことがわからん」

「なんで! こんなにわかりやすいでしょう」


 鼻に皺を寄せて嫌そうな顔をした春輝は、何も言わずに次の目的地に向けて歩き出す。

 その後ろを笑顔でついていく丈治。





「いつも思うんだけどさ」

「どうしたの」

「正義連って会長があんなに活動してるんだろ」

「さぁ……わからない」


 天友会であればドンキーを動かさないために幹部たちが先んじて行動する。

 そんな姿を見ているから正義連合の活動がわからない和樹とエイジ。


「人数の割に使えない奴が多いって聞いたことある。だからじゃないかな」

「それより早く私たちにも訓練方法教えてよ」


 顔がそっくりな明日葉と薄葉。

 天風雷で修行へ行けなかった2人は恨みがましくエイジたちに文句を言い続けた結果、出航ギリギリに山奥の師匠から初歩を教えても良いと許可を取り付けさせた。


 艦の揺れにノックアウトされていた2人は、ようやく受けられる鍛錬に期待感を膨らませていた。


「ハイ。15時から3時間の訓練申請を出してたのですが」

「あぁ、4組あるね。名前は」

「エイジ・G・スタークス」

「4人ね……日本? ペドロのとこか」

「いえ、天友会です」

「悪気はないんだ。アジア系以外は全員ペドロのところだと思ってた」



 行く先々で同じようなことを言われ続けて『またか』と顔に出てしまったエイジに、受付も事情を察して軽く謝りながらサインを綴る。


 訓練時の注意点について軽く説明を受け、ビーチへ出ると何組かの先客が訓練をしているところだった。

 いくつかの仕切りを超えてエイジたちの借りた区間へ行くと、偶然にも隣で天桃花たちが訓練の真っ最中。


「もっと丁寧に斬れ」

「はい!」


 エイジたちは、九鬼が胡座でアンズに注意をしている様子を横目に見ながら自分たちの陣地に荷物をおろす。

 そのことに気づいたアンズが集中を乱すが、九鬼がそれを許すはずもない。


「喝」


 体を震わせたのはアンズだけでなく両サイドにいた者たちまで。


「やめるか?」

「いえ! 時間までお願いします!」

「じゃあ続けろ」

「はい」


 アンズの振り上げた木刀がゆっくりと振り下ろされ、数十秒かけて一刀。

 再び最初の姿勢へ戻り、同じようにゆっくりと一刀。

 アンズだけでなく、他3名も同じようにゆっくりと一撃を行っていた。


 エイジたちはその様子を少しばかり見るだけで、自分たちの準備へと取り掛かる。

 4本の棒を取り出し、それぞれが手に取ると、エイジと和樹が準備運動のやり方から見せた。


「僕たちが最初に教わったのは準備運動なんだけど、結構きつい」

「楽勝」

「だな」


 明日葉と薄葉の言葉をスルーして、エイジは棒を砂地へ垂直に置く。

 手から離れてしまえばすぐに倒れるような状態。棒のてっぺんに手のひらをつけてそのまま宙返りのように倒立する。

 和樹も同じように棒の上で倒立すると、軽く飛んで今度は片足だけで棒に乗る。


 海風が吹いても多少揺れるだけで倒れる様子はないが、険しい表情を隠せないでいた。


「やるじゃん」

「いや、ここからなんだよ」


 2人は棒の先端に乗ったまま、柔軟体操を始め、明日葉の顔つきも悪くなっていく。

 一通り体をほぐして棒から降りた時には、明日葉と薄葉のやる気は下がりきっていた。


「気持ちはわかる。でも、次のは面白いはず。和樹」

「真似っこ組み手な」


 言葉のフレーズに食いついた双子のやる気メーターが少し上昇した。


「師匠は化かし合いと言ってたけど、僕たちはそこまで出来てないんだ。最初は相手と息を合わせて」

「エイジも気を抜くなよ」

「「よろしくお願いします」」


 エイジたちに目を向けていた九鬼が、静かに天桃花の4人を呼び寄せてエイジと和樹を見るように合図。

 見られていることを知りつつも、スイッチを入れて止められるほど2人は器用ではなかった。

 互いに数歩離れて向き合うと独特の掛け声を出す。


「応」

「応」


 和樹の声に続いてエイジが声を発し、一定間隔で続く掛け声がだんだんと重なっていく。


「「応」」


 2人の声が一致した時、同時に同じ体勢で飛び出す。

 鏡のような動きで2人が最初の一突きをすると、棒の芯を捉えた一撃が両者を弾き飛ばす。

 回転する動きでそのまま薙ぎ。これも同じ動き、同じ部位に当ててまた逆回転。


 同じ人間同士が戦っているかのように、鏡合わせの2人。

 徐々に早まっていく動きと、それまで『カツン』と軽い音をしていた棒が、『ボグン』と重い音を出す。


 汗を飛ばしながら突き、払い合う2人。彼らの緊張感が伝播して、周りの人間にも一撃ごとの時間を長く感じてしまう。

 それから十数回打ち合った時、今日一番の音を鳴らして、共に宙を舞う。

 着地の姿勢も片膝立ちと同じだが、エイジの方が早く立ち上がっている。

 やや遅れて同じ姿勢をとった和樹が「応」と発すれば、エイジも同じように「応」と返し、深くしたお辞儀が終わりの合図となった。


「すごいじゃーん」

「覚えるの大変だったでしょ」


 エイジたちに興奮する明日葉たちへの返答はできない。荒い息を整えることに必死で、軽く頭を振り返すことが精一杯。

 動けない和樹に砂を蹴る音が近づいてくる。

 アンズたちに教えていた九鬼が、微笑みながら和樹と薄葉を見下ろし唐突に質問する。


「お前、槍やめろって言われなかったか」

「すぅ……なんでそれを」

「見ればわかる。長柄を使いたいなら大刀か薙刀にしろ」


 九鬼は和樹にだけ助言を与えると、すぐに隣の陣地へ戻ってアンズたちへ檄を飛ばす。


「サクラは目に頼りすぎだ。由里香はもっと踏み込みに力を入れろ」


 和樹は深く呼吸を繰り返しながら目を瞑って思考する。

 何度も武器の変更は言われてきたことだが、頑なに変えようとしなかった。ダイバーへの道を教えてくれた師匠からの賜り物を簡単には手放せない。


「変える必要ないよ。槍が和樹を強くしたんだ」

「ありがとな。でも、そろそろなり振り構っていられなくなってきた」


 薄葉のフォローに感謝しつつ、エイジとの差が開いていくことを強く感じていた和樹は、置いていかれる者の気持ちがわかってきている。


「あいつらもこんな気持ちだったのかな」

「誰のこと」

「なんでもない」


 エイジと会う前、和樹と組んでいた仲間。

 もっと伸びるところに入れと、半ば追い出されるように抜けた時、彼らがどんな気持ちだったか。今の和樹は少しわかるような気がした。

 そして、突き放される者の気持ちもわかる。


「追いついてやる」

「人はそれは恋と言う」

「なんでだよ!」

「おこったー。和樹がおこったー」

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