第21話 チーム空気売り

 太子がアンナと別れてから2ヶ月。

 都内だけでなく、関東全域に空飛ぶ化け物が人間を連れ去るという目撃情報が報告されている。

 これを聞いた者は、大抵ダンジョンから抜け出した化け物だと思ってしまう。

 警察や防衛軍だけでなく、地域の役所まで。連日鳴り止まぬコール音に悩まされる日々が続いていた。


 しかし、異界に関わる各組織では異なった認識を持っていた。




「悪童が帰ってきた」

「悪童? そこらの不良でしたら」

「いいや。ダイバーのチームだ」

「会頭が心配するようでしたら注意を」

「英雄会の全チームをダンジョンから一度引き上げさせろ」

「え? ですが依頼もありますし」

「これは命令だ! 今、すぐに!」

「は、はい!」


 英雄会の会頭であるペドロは、緊急命令を発した後、知り合いの組織へとダイレクトコールをする。


「ふん! こちらはすでに引き上げさせた」

「こちらも動いている。それと、そちらの出没地域と照合したい」

「ふむ。関東全域から中部地方の東側まで、東北には福島だけ」

「こちらと同じだな。それにしても早すぎる」

「嘆いても仕方あるまい。ふんふん! 怪しい奴は急いで対処するべし。互いにな」


 ペドロ自身は何もやましいところが無いものの、末端まで目が行き届いているわけではない。

 悪童たちの餌食になる前に、改善をさせる筋道を考えていた。







 都内にある高層ビルの屋上で、太子はつまらなさそうにジャーキーを噛む。

 その視線の先には、スーツ姿の男女が抱き合わせで空中に吊り下げられていた。


「こんなことして何になる!」

「あたしは悪くない! 全部こいつよ」

「お前! ひとりだけ助かろうとすんな」

「うるっさい! 全部あんたが悪いんだ!」


 醜い争いを聞いてる間に、太子は眠気に抗えなくなる。

 瞼が落ちかけた時に気づく。

 左手に握っていたはずの紐がない。

 屋上から下を覗くと、地面に薄く赤いシミができている。


「おい! ちゃんと空気売っとんのやろうな」

「あいつら話長いから寝ちまったよ」

「ったく。これで何度目や。せっかく新しい客を連れてきとったのに」


 太子が気だるそうに客に目を向けると、見覚えのある顔で、大学の最終講義で追い出された記者であった。


「今度は何やった奴だ」

「んんんんんんん」

「るっせぇ!」


 カラスが客を蹴り付けて黙らせるとポケットからメモ帳を取り出す。


「えー……。あ、すまん。自分の記事書くためにミュータント殺しとるわ」

「そんなの途中で落としてこいよ」

「でもよ。一応商売やから」


 そう言って、記者であった男に親指と人差し指の間に隙間を作る。


「我々空気売りでーっす。この空気5000万で買いますかー」

「んんんんん」

「何言っとんのかわからんわ」


 猿轡をつけたまま話しかけ続けるカラスに呆れ、太子が話せるようにしてやる。


「たすけてくれぇー! 誘拐だぁ!」

「あーあ、タコ助が外すからや」

「大学の教授がこんなことしていいのかぁ」

「こいつもう辞めとるの知らんのけ?」

「私は正義のためにー! おこなってぃいいいいいるぅぅう」

「っぱ、イカれとんな」


 話す気力すらない太子は、記者を掴んで放り投げる。


「っぱ、呪われとる奴は頭いっとんなぁ」

「カラスくぅん。それは喧嘩売ってるのかな」

「いやいや、違うて。制御できんと大変やなと」

「はぁ…」


 ここ数日似たようなことばかり行なっていて、すでに気力がなくなっていた。

 カラスも太子と同じく飽き始めていたところだったため、休憩を提案する。


「あれだな。なんか疲れてきとうし、甘いもんでも食わんか」

「いいな! 最近お気に入りの店があるんだよ」

「よっしゃ。場所教えてくれぃ」


 高層ビルから大きな鳥とタコが飛び立つ。

 ぐんぐんと高度を上げ、雲を突き抜けると眩しさで一瞬目が眩む。

 光に目が慣れてくると、現代ではなかなかお目に掛かれない光景が広がっていた。


 小型飛行機と同じくらいの大きさをしたトンボ。そいつに多足の大口を開けた肉塊が喰らいつく。

 トンボは抵抗する間もなく肉塊に貪られ、一欠片も残さず肉塊の中に収まった。


「あいつも腹減っとんなぁ」

「アホ! こっち来てるじゃねーか」

「ちょっくら手離すが」


 カラスは最後まで話しきる前に手を離してしまう。

 旗めく太子の服が気持ち程度に空気へ抵抗する。それも意味なく落下を続け、早々に考えることを諦めた。


「おっ。何かいる」


 太子は、落下しながらいくつかの目標を見つけて、空気抵抗を小さくした。

 流星のごとくそのまま目標物に激突。

 肉を押しつぶすような気味の悪い音と、悶える男の声が重なった。


「んぐぉ」


 速度を消した太子のエネルギーを物体が吸収して、そいつが代わりに落ちていく。

 痛みに耐えながら、目の前にあった棒を握り込む。


「ふぅ。あぶなか」


 ぶら下がった物を見ると、やけにしなって毛のようなものがついている。

 さらに上を向けば、茶色の顎が視界に入る。

 キチキチと牙を鳴らし、棒の持ち主と目が合ってしまう。


 蜂が動き出す前に先を取ろうと、太子は伸身をひるがえし足先に力を込める。

 勢いは片足の爪先に集中させて蜂の複眼に突き刺した。

 ぐらりと揺れる蜂。

 その揺れと刺さった足を使って器用に蜂の背中に降り立つ。


「虫ごときが偉そうにするな」


 蜂の頭部へ踵落としを決め込んだところで、前方を飛ぶ奇妙なグライダーを見つける。

 上部に翼をこさえ、自転車を動力にプロペラを回す昔の仕組み。


「鳥人間ってまだやってたのか」


 そこまで言い切ってから、鳥人間が空へ登っていく様を見た気になっていた。

 しかし、内臓の浮く感覚と下から上へと向かう風が間違いだと知らせる。

 焦って蜂を起こそうと頭を叩けば首をもぎ、翅を動かせば死にかけの蝶のようにクルクルと回転するのみ。

 地表には東京を囲むように作られた防壁が目に入り、それが間近に迫った時、太子は決意を決めた。


「緊急脱出」


 蜂の体を踏み台に、両腕を突き上げて飛び上がる。

 突き上げた腕を下ろすことなく、太陽を遮った翼が太子の手首を掴まえて高度を上げていく。


「やっぱ高すぎるとダメだな」

「タコが見つかると五月蝿いちゅうから」

「そんなこと言ったっけか」

「またいつもの。ところでどこば行くんやったけ」

「目指すは銀座。目印はちんこビル」


 再開発時期に3つの建物がほぼ同時に建設され、最初にできたパチ屋が銀の玉をシンボルに置く。

 次にできた他系列のパチ屋が対抗して金の玉を頭に乗せた。この2店舗はどちらもくだらない争いをしていた。

 ただ、一番最初に建設を始めたビルが背の高い黒色であったため、周囲に馴染まず浮いてしまったことが悲劇の始まり。

 近くの展望台から見下ろすと、絶妙な距離間隔で球と棒が揃ってしまった。


「あー、わかったわ。しっかし、何であんなビルが人気あるんか」

「中に入れば見えないから」


 太子が一言で答えると、カラスは唇をパクパクと開け閉めして眉間に皺を寄せる。

 2人の飛ぶ速度は地上の車より速く、5分もあれば目的地まで到着してしまう。

 降り立ったのは黒いビルではなく、その隣のビル。

 階段を降り、太子おすすめの店に着くと、カラスは口笛を吹いて感嘆する。


「悪くないねぇ」


 太子は慣れたように指を2本立ててウェイターに席へ案内してもらう。メニューも案内中に済ませ、広々としたソファへ腰掛けた。


「タコ。1週でどんくらいになった」

「ちょいまて……200億だな。額面は上がってるけど、10年前と比べたら3割くらいじゃないか」

「しけてんなぁ」

「そろそろこの仕事も終いだな。同業も増えてきたし、新しい奴らに任せて他のことをやろう」


 太子が仕事を変えようと言うたびに、カラスは渋る。

 このやりとりも今回が初めてではなく、何度も行っている。ただ、さすがにカラスも潮時だと思い始めていた。

 カラスが額を掻いていると、2人の見知らぬ人物が近づいてきた。


「景気の良さそうな話が聞こえたので、是非聞かせていただけないかと」

「良かない。ってかあんた誰」

「失礼しました。ワタクシこういう者です」


 スーツ姿の男が名刺を渡してくる。

 太子は両手で受け取り、カラスは片手でひったくる。


「『バドカム商事』知らん。タコは」

「メモに……あるね。1回、物交入ろうとした後に辞退してるな」


 男は太子の情報に驚き、ごくわずかに眉が動いてしまった。しかし、それ以上表情に出さず、太子を褒めながら話を続ける。


「よくご存知で。もしかして物々交換互助会に所属していらっしゃる方でしょうか」

「俺たち2人ともな。すまんが今は気分がよ……」


 カラスが話している途中、太子がテーブルを軽く指で叩く姿が目に入る。


「悪いが何も話せなくなった。帰ってくれ」

「い、今まで話していただけたのに? 我が社が何か失礼でもしたのでしょうか」

「俺は知らん。やが、失礼程度だろうかね」


 男は慌てた様子を見せながら、カラスから太子へと標的を変えることにした。

 キーマンは太子だとわかったところで、何ができるというわけでもないが、事実確認もせずに社長や役員に質問などできるはずもない。


「我が社に非礼があったのであれば、後日正式にお詫びをいたします。ですが、内容だけでもご教示いただけませんか」

「詫びも謝罪もいりません。これは物交で決めたルールに則ったものです」

「不快にさせてしまったのであれば申し訳ありませんでした」

「私は不快じゃないが……入った会社が悪かったね。かわいそうに」


 深く頭を下げて男は帰っていったが、太子が放った哀れみにイラついていた。

 それを体現するように、席に戻ると連れの女の手を引いてできるだけ早く店から出ようとする。


「あいつ大丈夫かね」

「どうだろうな。こちらと関わらない仕事は多いし、海外へ行ってしまえば問題ないだろ」

「んで、あいつの会社は何やったの」

「開始当初の互助会が出ていた市場で、荒らしと締め出しやってたみたいだな」


 カラスは両手を合わせて彼に祈りを捧げようとしたが、さっと出てきたパフェへの祈りと代わった。


「いただきます!」

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