第27話 太平洋航路 記録:ガマ
湾を抜けて1日が過ぎた頃、1号艦の会議室で各艦長たちが現状と今後の航路について再確認をしていた。
それも数分で終え、簡単な報告を済ませてしまえば自艦へと帰ってしまう。
ここまでが金一郎の楽しい時間。
この先は、企業連中以上のお荷物と会議を行う必要があった。
「時間です」
「議員の方々を案内してさしあげろ」
会議室の隅から発せられたクスクス笑う声が金一郎の耳に入る。
ソファに座った太子が漫画を読みながらだらけている。
「貸してやるから後で読め」
太子は頭を左右へ揺らし、金一郎の話を聞いていたのか一見疑いたくなる動きをする。
揺れが収まってくると、読んでいた漫画を胸ポケットへ仕舞い込む。
金一郎は姿勢を正し、扉へ向き直ったところでノックが聞こえてくる。
「どうぞ」
ぞろぞろと入って来た議員たちは、ぴっちりとスーツを着込み、船旅には似つかわしくない格好をしている。
それもこの時だけ、会議以外はラフな格好で各々活動しているし、侵入可能箇所に限って艦内を散策したりもする。
「定例確認に参った」
「ご足労いただきありがとうございます。まずは指定の席へご着席ください」
艦長たちが立ったまま行っていた報告会とは違い、議員たちを椅子へと腰掛けさせる。
どの議員も椅子へ腰掛ける前に、太子を見ていく。首を傾げたり、苦笑いしたり、鼻息を荒らしたり反応は様々。
それをわかっていた金一郎は、会議の初めに太子と顔合わせを済ませるつもり。
声はかけず、金一郎から向けられた手に呼応するように、その隣へと太子は立つ。
「ご存知の方もおられるでしょうが、彼は少し前まで新都大学で教授を務めておられた深海君。現在はダイバーチームのOTKとして活動している」
太子は軽く会釈するだけで、自身からは何も話そうとしない。
というよりも、金一郎から余計なことを話すなと念を押されていたため、聞かれたことだけ返答することにしていた。
「質問よろしいかね」
「どうぞ」
「護憲党の山口だ。君は色々と事業をやっているようだが、収支がゼロという年が続いていると報告もある。つまり収めていないものがあるのではないかと、話がずれて申し訳ないが直接聞いた方が早いと思ってね」
太子は山口の話が理解できない。
事業をやっていないし、収支などずっとない。
直接返すと余計なことになってしまうとわかっている。となれば、太子は金一郎に耳打ちした。
「金ちゃん。こいつ何いってんの?」
静寂した空間での耳打ちは、意味がない。
太子の声は議員たち全員の耳に入り、当人の山口は唇を震わせ、隣にいた女性は宥めようと必死になっている。
対面に座る志麻は顔を両手で覆い尽くしているが、隣からは笑いを堪えているようにしか見えない。
「お前が脱税していると国税局の職員が言っとるんだ! 日本人なら当然の義務だ。身を弁えろ!」
声を荒げる卓上を何度も叩きつける山口を見ても、太子はどこ吹く風といった様子で、山口の火に油を注ぎ続けてしまう。
「こんのぉ」
「山口議員、落ち着いて! 彼も初めて聞く話でしょうし」
「ふぅ……ふぅ……。脱税に関しては改めて」
声音は落ち着かせているが、山口の鼻息はイノシシのように風を吹かせている。
「山口さんは知らないようだけど」
「今更いいわけか」
「俺は日本国籍じゃないし、大学を出てからもずっと収入はないぞ」
「そんなバカな」
太子は内ボケットから厳重に封をしたケースを取り出し、中に入っていた紙を山口の前へ置いた。
山口はそれを鼻で笑いつつも律儀に紙を開く。
紙の上を念入りに覗き込んでいた山口の顔が歪み、丁寧に紙を置いて強く拳を握り込む。
「なぜ……なぜ……」
山口は俯きながら太子へ向き直り、優しく手を包み込んで小声でささやく。
「すまない。すまない。何もできなかった」
「俺は良いから、他のやつを助けてやってくれよ。こういうの結構いるんだ」
太子はその紙を丁寧に畳み、再びケースの中へと仕舞い込む。
隣に座っていた議員が横目に見えた紙は死亡診断書。
西暦は2175年。
異界の出現した翌年。
鳥肌が立ち、指先が震えだす。
当時の政権は間違いなく自分たちの方で、診断の早期申請を許可したのも彼女たち。
その後進められた会議の話はほとんど耳に入ってこない。
気を遣ってまとめられた資料も渡されたが、太子の顔がチラついて離れない。
太子がどうやって生きてきたのか、戸籍の復活を拒んだ理由は何か、いくら考えても想像すらできない。
ただ、彼女は実例を見てしまった。
「高木議員。お客様です」
秘書が眼前まで来てようやく気づき、高木は客を中へ入れるよう指示を出す。
高木は入って来た山口に驚いて立ち上がった。
「座ったままで良いよ。それより遠征が終わったら私は議員を辞することにした」
「そんないきなり。午後は空いてますので、私ともう少し一緒に考えてみませんか」
「じっとしていられんのだ。それにこれから太子君と他の船を見て回ることになった。あと……」
山口は声を小さくして言う。
「7号艦には腕の良い菓子職人がいるらしい。持ち込みならトッピングが増やせるとか」
はたから見れば悪徳議員が悪巧みをしているようにしか見えないが、話している内容は少年みたい。
カエルのような顔つきでアダ名は『ガマグチさん』と親しまれている。先ほどの太子との一件のように熱く、だからこそ付いてきた者たちも多い。
高木に長く教えていた山口はこういう男だ。
もう止められない。
自分もついていきたい。
それでも
「いってらっしゃい」
「行ってくる」
満面の笑顔で高木へ返した山口は、開いた扉の先で太子と肩を組み、翼を広げた男と拳を突き合わす。
「もう……ダメなんて言えないじゃないですか」
高木は、山口が心置きなく飛び上がれるように努めると決めた。
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