第29話 一本
自分の全力の一発も、シンには効かないのを見て、弟子は一定の距離を取った。
「なんでだよ!なんであいつには効かないんだ!」
弟子は地団駄を踏み、顔を更に真っ赤にした。すると弟子の体からいきなり炎が吹き出し、彼の体を包む。
『あちゃー、それはまだ使うなって言ってたのに』
と、聖虎はしまったなぁと言うが、全然しまった顔をしていない。
シンは、ふうん、と珍しいものを見たかのように感心する。
「があぅ!!」
いきなり弟子が炎の中から飛び出してきて、爪でシンの体を引っ掻く。当たったが、全くシンにはダメージが無い。
弟子はさっきよりも素早く拳や蹴りを繰り出していく。シンはそれを避けたり、手で払ったりするが段々と弟子のスピードが増していく。拳や蹴りも重く感じる。それでもシンはついていく。
「かみさま、すごいすごい!」
「キュキュー!」
『さすが主人どの。私が見込んだお方です』
「ねぇ、聖虎様」
『ん?なんだい?』
「あの子、あの技使いこなせてないでしょ。魔力がバラバラ』
そう聞いて、聖虎はふふっと笑った。
『さすが聖蛇のとこの子だね。魔力の流れを見るのに長けているなぁ。弟子ももっと冷静になれば、ちょっとはマシになるんだけどね』
それでも、ちょっとなのかとネロは思った。聖虎様ならしれっと空気のように自然と使いそうだ。
『まぁ、そろそろ決着つきそうだけど』
と、聖虎は促す。
シンは疲れが見えてきた弟子が、右腕を自分に伸ばした時、目の前から姿が消えた。
すると弟子はいつの間にか体が回転し、床に背中から叩きつけられた。
ドーーーン!!
ちょっと聖域が揺れた。
「はい!一本!シン様の勝ちです」
「一本だなんて、よく知ってますね」
「歳を取るといろいろ知識が増えますので、一度言ってみたかったんです」
第9秘書はニコッと笑った。勝ったシンにみんながわいわい群がっていく。その横で仰向けになったまま、目を見開いて呆然としている弟子に、
『おーい。生きてる?』
聖虎は弟子の顔の上で手をひらひらさせる。
『プライドがずたぼろですね』
「完敗ね」
「キュー」
「おもいっきり、バーン!て音したもんね」
『それにしても、シン。見事だったよ、最後の投げ技』
「あ、分かりましたか」
「えっ、かみさま、投げてたの?」
「キュッキュー!」
エウポリアとシンバンは分からなかったみたいだ。シンが消えたからどこに行ったのかと思ったようだ。
『弟子が右腕を出したとき、さっと懐に入って右腕を両手で掴み、背中も使って弟子を浮かせ、投げたんだね。君が弟子より小さいから、消えたように見えたんだ』
と、聖虎は言うがそんな一瞬、みんなが分かるわけがない。分かるのはシンと聖虎、あと審判をしていた第9秘書くらいだ。
「かみさまは、まほうは使ってなかったんでしょ?」
「神様は使ってたよ、エウポリア」
「えー?どこに?」
「目と手と足。それも薄ーく。でも頑丈」
「そうなの!?」
「ネロ、よく分かったね」
と、シンはネロを撫でる。ネロは嬉しそうだ。
『でも主人どの、いつの間にそんなことを?』
「へ?最初からだよ」
中央の線に行くまでに黙っていたのは、魔力に集中してたからだ。
『せっかく自分自身に魔力を使って良いって、力を惜しむなとわざわざ言ったのに。自分を過信するから、最後の最後にああなるでしょうよ』
聖虎は弟子に厳しく言う。まだ仰向けのままだが。
「さて、シン様が勝ちましたのでどうされますか?眷属にします?」
秘書に促され、シンは黙る。そして口を開くと
「眷属にはなってもらう」
「わーい。増えたー」
「キュー!」
「えー?本当に?」
『主人どのを悪く言う人はちょっと…』
賛成2、反対2だ。弟子も顔をくしゃくしゃにして今にも泣きそうだ。
「ちょっと待って。何もすぐに!というわけじゃない。あの子も言ってたけど、まだ修行を始めて間もないだろう?まだ全部を教えてもらっていない。だから、全てをマスターしたら改めて眷属の話をしよう。それまで保留!」
『なるほど。それならまだ修行出来るから、お前も強くなれるだろう。今回の試合を見て、改善の余地は充分にあるな。眷属になるのはそのあとだ』
分かったな?と半ば強引に弟子に了承させる。弟子はゆっくり立ち上がり、目を潤ませて頷く。
聖虎はニカッと笑って、シンに助かったよ、と合図を送る。
『じゃあ、私達は先に戻るよ。秘書よ、後片付けを頼む』
「分かりました」
と、秘書が応えるとすぐ、聖虎と弟子はフッと消えた。
「扉が無くても入れるのか…?」
「あれは聖虎様の特殊な技能なので、他の聖獣様たちは持っていません」
聖獣それぞれに持っているのか。それにしても、後片付けといってもすでに秘書が綺麗にしてくれている。
「シン様、お手数をお掛けしました」
「わざとあの子を連れてきたんですね」
シンは分かっているふうだった。エウポリアとシンバンは首を傾げている。
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