第41話 クルクルと…

 シンと男が同時に拳をぶつける。その余波で聖猿は飛ばされ、聖狼が受け止めた。


『私達は邪魔だ。後ろに下がるぞ』


 聖猿と聖虎を背中に乗せ、聖狼は聖蛇が守る結界まで移動した。


『シンは大丈夫なのか?』

『一応は対抗できているようだ』


 2人の攻撃をぶつけ合う振動が聖域を揺らしていく。


 聖虎は自身の首のダメージが酷く、エウポリアたちがズルズルと結界の中に引き入れた。ネロの祖母が癒やしの水を聖虎の首にかける。しかしその首の熱が引かず、受け付けない。


「どうしましょう。聖蛇さま」

『わたくしがやっても同じでしょうね。聖牛がいれば良いのですが』


 聖牛の牛乳であれば、少しは効き目があるかもしれない。聖蛇が悩んでいると


「キュッ!」

『どうしたのですか?シンバン』


 シンバンが聖虎の首に触ろうとする。


『あっ、駄目ですよ。あなたにも感染るかも…』

「大丈夫ですよ、聖蛇さま」


 ネロが聖蛇に声をかける。シンバンは聖虎の首に触り


「キュキュー」


 と一声鳴くと、シンバンの手から出た光が聖虎の首を覆う。その光が消えると聖虎の首は爛れがなくなり、火傷の跡が残った。


『あらあら』


 聖蛇は感嘆の声を上げる。聖虎は少し意識が回復し、息も正常になっている。そこへエウポリアが何かを持ってくる。


『エウポリア、それは?』

「えっと、聖牛さまの牛乳。わたしの力が足りないから、これだけしか取り出せなかったの」


 と、エウポリアの手にはお猪口くらいの器に入った、聖牛の牛乳だった。それを急いで聖虎の口に運ぶ。聖虎は条件反射で飲み込んだが、目は開かない。


「まだ回復できないのでしょうか…」

『あの量では…』

「まかせて、おばあちゃん」


 今度はネロが聖虎に集中する。聖虎の中に入った牛乳がネロの魔力で全身に行き渡るようにする。聖虎の全身がほのかに光る。それが消えたあと、聖虎の目がうっすら開く。


『ふぅ、凄いですわね。あなたたちは』

「えへぇ。ほめられちゃったよ」

「キュッキュッ」

「3人いたらなんとかなりました」

「がうがう!」

「あ、ガルムも守ってくれてるんだもんね」

「がう!」


 ガルムも尻尾を振って皆を守るよう前を警戒している。


『…やれやれ。私としたことが』

「聖虎殿。大丈夫ですか」


 ルーダの狼が声をかける。聖虎は力なく笑い、ルーダの蛇に背中を預けている。


『あいつは怖いな。よくハザマは相手にできたものだ』

「今はシン殿が止めています」

『あいつの手は怨念の塊だ。手というか全身だな。あんなやつ見たこともない』

「それでよく今まで生きてこられましたね、あの男」

『執念だろうよ。何があったのか知らないが』


 聖虎はじっとシンと男の戦いを見ている。


『聖虎よ、シンは勝てると思うか?』


 聖狼が聖虎に話す。自身の爪もシンバンに治してもらった。


『いくら正反対の力を持っていても、相殺になるからな。打ち消し合うのも体力が削られる。何かきっかけがあれば、シンは勝てるかもしれないけどね』

『それは何だよ』

『分からないよ。私は万能ではない』


 聖猿はぶすっと不満げだ。自分はまた何もできない。座り込んだまま聖猿は見ていることしか出来なかった。



◇◇◇◇◇



 シンは男の体に何発も攻撃をし、そして自分も受けていた。お互いに当たったところから煙が出て、体力も削られる。自分は体術しか出来ないが、相手は魔法を放ってくる。それを避けるのも大変だ。


「避けて良いのか?お前の聖域が削られていくぜ」

「ワタシの聖域はそんなにヤワじゃない」

「さっさと降参しろよ。お前、戦い慣れていないだろ。俺は何千、何万と戦ってきた。俺のほうが分がある」


 確かにシンは人相手に本気で戦ったことはない。しかし守るべきものがあるのだ。


「お前、何のためにワタシの星を欲しがる?何のために転生をするのだ」


 相手の目的が分からない。聖猿の言うように、道楽のためか?


「…それを聞いてどうなる」


 相手の顔は歪む。今までの皮肉った笑いから、冷たい目をしてシンを睨む。


「まだまだお前は甘いな。そんな余裕をかますから、仲間を守れないんだぜ」

「何!?」


 すると男は聖猿のそばに一瞬で辿り着き、その体を蹴り飛ばした。


『ぐあっ!』

「さっきのお返しだよ。全然痛くも無かったが、癪に障る』

「聖猿様!」


 シンが急いで向かうが、なぜか力が出ない。


「動けないだろ。いくらお前の体が頑丈でも、体の中に入れば少しは効き目がある」


 男は自分の魔力を霧状にし、シンに吸わせていた。耐性がある体でも少しは足止めできると考えた。


「自分が甘いせいで、仲間を失う。ははっ。残念だな」


 男は手刀で聖猿に攻撃する。聖猿も体は頑丈だが、呪いの耐性は無い。意識が朦朧とする。聖狼も攻撃したいが男の圧が強く、近づけない。


「聖猿…様っ!」


 シンは力を振り絞って進むが、なかなか辿り着かない。自分が弱いせいで仲間が苦しむ。やめろ!やめろ!!


「あーぁ、もっと楽しませてくれるはずだったろ?面白くないなあ」


 男が聖猿へ最後の一撃を刺そうとする。


「じゃあな」


 男が言ったとき、その横腹へ何か重いものが飛んできた。男は避けきれず直に受け、後退りする。


「なん…だ…?」


 男は息が詰まった。まだ自分に対抗する者がいるのか。重症の聖猿の前に居たのは、シンの杖、クルクルだった。


「はっ?ただの棒じゃないか。何でこんなのが…」


 すると、クルクルに狙いを定めその先から魔法を放つ。何発もの光の球を出現させ、一気に男へ撃ち込む。男から水蒸気のように煙が舞い上がる。至近距離だからか、熱が辺りを包む。男は油断していたからか、まともに受けその場に倒れ込む。


『あっちい!』


 聖猿が意識を取り戻す。第7秘書がその体を庇い、熱から守る。


「あらっ。ごめんなさい。ついカッとして…」


 と、聖猿の耳に聞き慣れた声が響く。聖猿はハッとして自分の前にいるクルクルを見る。シンもようやく聖猿の元に辿り着き、結界から飛び出たシンバンに治してもらっている。


「クルクル…じゃないよな?」


 シンがクルクルに呼びかける。すると、クルクルから、うっすら何かが出てくる。それを見た聖猿は、自分の目を疑った。


『ル…ルーダか…?』


 クルクルから出てきたのは、聖猿の妻であったルーダだ。


『え?えっ?生きて…』

「生きてはないわね」


 と、聖猿に向けてルーダはにっこり微笑んだ。


「あっと…こいつを縛るから待ってて」


 ルーダはクルクルから光の縄を出すと、男をぐるぐる巻きにした。そして檻を出し、男を閉じ込める。


「気休めにしかならないけど、ちょっとは時間稼ぎになるんじゃない?」


 とルーダは自分の夫を傷付けた男に怒りの顔を向けた。

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