第35話 緊急事態

「思い出すと涙が止まりません」


 と、第7秘書は号泣している。隣にいたネロはハンカチを差し出す。秘書は礼を言って目を拭うが、目が腫れてパンパンである。


「そんな最期だったんですね」

『あぁ。今もまだ傷は塞がらない。あいつの狼も蛇も、心の穴は空いたままだ』


 聖猿は机に肘をつき、ルーダを思い出していた。


「おばあちゃんもそこに居たらしい」

「ネロのおばあちゃん?」


 ネロの話にエウポリアが問いかける。

ネロも目が真っ赤だ。


「話に出てきた、魔力の流れに長けてる蛇はおばあちゃんだって前に聖蛇さまは話してくれた。ルーダ様の話も少ししてくれた。おばあちゃんにどんな人だったの?って聞いたけど凄く悲しい顔をして、とても優しい神さまだった、としか話してくれなかった」

『そうか。お前はその蛇の孫か。まだ覚えていてくれたんだな』


 しーんとなったところに、居た堪れなくなったシンは、そういえば、と聖猿に聞いてみた。


「あの、ワタシを見つけた、とは一体どういうことでしょうか?」

『あ?あぁ、そういえば言ったな。お前は覚えていないだろうが、まだこの星の神を決める前に、創造神に言われて研修している神の卵を遠くから眺めていた』


 ふむふむとシンは頷く。うーむと聖猿は頭に手を置きその時のことを思い出していた。


『ざっと見ていたんだがな。みんな同じ魂に見えて退屈だったんだよな』

「退屈って…」

『いや、みんな自分が選ばれるんだっていう気持ちは分かる。だけどな、みんなどんぐりの背比べなんだよな。突出してるものがない』

「辛口ですね」

『俺はな、やはりルーダを基準に見てしまうんだよ。他の星の神はやたらめったら加護をつけようとする。とんでもない魔力の土地を作ったり、良くも悪くも化け物を生み出したりな。ルーダはその点、すっきりしていた。魔法は設けない、自身の力で生きられるよう加護は最小限に。眷属の数も少なかった』

「はい」

『面白くないから帰ろうかなと思ったら、俺の脇をスッと通って淡々と仕事をこなすヤツがいてな。周りみたいに自己主張もしねぇの。これはこれで後々化けそうだなと思った』

「それがワタシですか?」

『あぁ、創造神に聞いたら、ルーダの後任候補に選ばれた1人らしいっていうから、俺がちょっと触って印つけてた。だからあとでお前が行方不明になっても創造神がなんとか見つけられたんだろう。まぁ、ハザマも手伝ってたみたいだが』

「そうなんですね…あの、ありがとうございます」

『あ?何がだ?』

「聖猿様が目印を付けてたから、ワタシは消滅を免れたんでしょう?ワタシがいなかったらみんなにも会えなかったし」


 シンは自分の眷属たちをにこやかに見た。


『まぁ、本当にルーダの後任になるとは思わなかったが』

「やっぱり辛口ですね…」

『とりあえずお前の星はちゃんと管理しとけよ。簡単には爆発しないんだからな。時たま俺がチェックしに来るぞ!』

「えっ、それは…」

『なんだ?文句あんのか?ルーダの後任に選ばれたからには、俺の目に適った星にしろよ』


 聖猿はシンの頭をワシワシと撫でる。シンにプレッシャーがのしかかる。


「大丈夫ですよ。余計なことをしなければ聖猿様は口を出しません。あ、貸してもらったハンカチは後日お返ししますね」


 と、ビショビショになったハンカチを持ち、秘書はネロに話しかける。


『昔話をして長居したが、そうだな…聖蛇の聖域に寄ってみるか。そこのネロって言ったか?その婆ちゃんに会いに行くのも悪くねぇ』

「おばあちゃんに元気だよって伝えてくれますか」

『おうおう。孫が頑張ってるってな』


 聖猿はネロに約束し、自分のオートバイに跨った。秘書はエウポリアとシンバンに纏わりつかれながらも、また来るという約束を交わした。聖猿はシンの横にいるクルクルを見て


『そこの杖。今度はちゃんとサポートしろよ』

『分かっています。またチェックしに来られるのでしょう?』


 聖猿はクルクルの返事にちょっと黙り


『当たり前だ』


 そう言ってシンの聖域をあとにした。


「そういえば、眷属の話はしなかったなぁ」

『星を見に来ただけでしたね』

「ちゃんとやらないと、聖猿様に怒られそうだな」

『口は出さないそうですが、手は出そうですよね。職人ですから』


 そうだね、と相づちを打ち、シンは星との壁を取り払って星を管理すべく歩き始めた。




 その頃、聖蛇の聖域に向かう聖猿と第7秘書。オートバイの音で声が聞こえにくいので

、伝心の魔法を使っていた。


『あの杖、俺が作ったんだっけ?』

「神様に差し上げる小物とかは、眷属達で大量生産してますから。でも重要なものは聖猿様の手作りですよ」

『あいつ、喋ってただろ。杖のくせに』

「不思議ですよね。シン様が名前を付けたら喋りだしたなんて」

『本当は最初から意思があったんじゃないのか?』


 ポロッと聖猿が疑問を口にする。秘書は首を傾げ


「いやー、まさかそんな。杖ですよ?面白いこと言いますね」


 とは言ったものの、聖猿の直感は侮れないことを秘書は長年の経験で知っている。


「聖蛇さまの聖域に行くのも、何か気になることが?」

『ん?んー。なんとなく』


 と、聖猿は答えたが、聖蛇の聖域に着いた途端、件のネロの祖母が聖猿を見るなり近づいて来た。


『おぉぅ。久しぶりだな。元気してたか?』

「聖猿様、ちょうど良いところへ」

『さっき、お前の孫に会ってきたが元気だと伝えてくれと』


 ネロの祖母はネロの話を聞くとソワソワしだした。


「私の孫に会ったというと、ルーダ様の後任の方の…」

『おう、シンのところだな』


 ネロの祖母はそれを聞き、口をモゴモゴさせたが聖猿の目を見て話した。


「聖猿様、聖蛇さまが創造神様のところに出かけているのはご存知で?」

『あぁ、聖牛に聞いたが、集合がかかったと』

「実は…私の勘違いかと思ったのですが」

『なんだ、どうした?』


 ネロの祖母は目に涙を溜めて、聖猿に話しだした。


「創造神様のところに聖蛇さまがお着きになられたかと、魔力で聖蛇さまを探ったのです。ハザマ様まではいきませんが、私の能力である位置まで探知出来るのは知っていますでしょう?」

『あぁ、お前の能力が優れているのは知っている…』


 ネロの祖母はそれを口にするのもためらうくらい、しかし意を決して口を開いた。


「聖猿様、一瞬でしたが…いたのです」

『いた?何がだ』

「創造神様の近くに、聖獣様や秘書達の近くに。私達が忘れようにも忘れられない、大恩あるルーダ様を陥れたあいつが…!」


 目からボロボロ涙を流して、ネロの祖母は聖猿に訴えた。


『あいつ…いやでもあいつは、ルーダの星と共に消えたはず…』

「本当にそうでしょうか?創造神様も聖竜様も姿を見ましたか?」


 ルーダの星が消えたとき、創造神と聖竜はしっかり星を見ていた。何かあれば聖猿にも話すはず。なぜか聖蛇の聖域に行こうと思ったのは、こういうことか、と聖猿は顔を手で覆った。そして、秘書に


『秘書よ、すぐにハザマに連絡を取れ!他の秘書や聖獣にはそのままで。ハザマなら何か手を打ってくれる。今の話を伝えてくれ!そして創造神や聖獣達が危ないとな!』


 秘書は頷くとすぐに、耳を押さえてハザマへの緊急連絡をする。秘書も顔が青ざめている。秘書がいつも耳に着けている連絡用の機械は、聖猿が改良したもので、非常事態には直にハザマへ連絡できるように設定してある。


『間に合うといいが…』


 聖猿はネロの祖母を励ましながら、ハザマへ希望を託した。

 




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