第9話 豊穣の神

 星の核が最初より2倍に大きくなった頃、カランカランとベルの音が聞こえた。


「ん?誰か来るのか?」


 白いシャツの袖を腕まくりして、棒のクルクルを回しながら、ワタシは呟いた。


『むむむ…主人あるじどの、そこ口です』

「口があったのか…」


 パッとクルクルを離して、訪問者に備えた。そして、扉が現れるとガチャっと開き…

誰も入ってこない。


『ちょっと、扉開いたわよ。あなたが先に入るんでしょ?』

「そ、そうでした。失礼します…」


 と、入ってきたのは書類を胸に抱え、猫背気味の少年だった。なぜかおどおどしている。そして、ワタシを見つけると


「あ、E89番目の、か、神様ですか。初めまして、僕は第13秘書といいます、です」


 そんなにワタシと変わらない背丈なのに、覇気が無い。するとその秘書の後ろから出てきた人が、秘書の背中をバーン!と叩いた。


「ひいっ!」

『おどおどしなーい!せっかく創造神様付きの秘書になれたんだから、もっとシャッキリしなさい!』


 と、もう一度背中を叩こうとしたら、秘書は先に叩かれた弾みでしゃがんでしまい、その手は空振りになった。


『あら、偶然とはいえ、わたしの平手打ちをかわすなんて…もしかして将来有望?』

『豊穣の神、聖牛さまー、いらっしゃいませ』


 なかなかワタシに近付かない、聖牛と呼ばれたふくよかな女性は、自分のことを言われてキョロキョロする。


『今、わたしに話しかけたのは、あなた?』

「いいえ、コレです」

『ちょっと主人どの!コレって酷い(泣)』

「泣いてないだろ」


 聖牛は、ん?という顔をして、ワタシの持っている棒-クルクルを見た。左側の目は長い髪で隠れている。


『え?もしかして、コレ?喋るの?なんで?』

 

 と、びっくりした様子。


『あなた、何かしたの?普通喋らないでしよ、口が無いのに』

『口が無くても喋れます。涙も出ます。見ますか?』

『いや、分からないから。よだれだと思うわよ…』

「あ、あの〜…」


 蚊の鳴くような声で秘書は、話を遮り


「聖牛さま、こちらの神様へのご用事を…」


 本来の用事を聖牛にしてほしい秘書は頑張った。


『あら、そうだったわね。えーと、あなたがこの星の神様よね?ふむふむ、なかなか可愛い子じゃないの』


 聖牛は右手に持った金色のベル付きの杖をカランと鳴らした。ワタシは子どもの姿をしているから、そう思ったのかもしれない。


「シンと言います。こっちはワタシの杖のクルクルです」


 棒と紹介すると、クルクルのプライドに障るかと、ふと思ったので杖ということにした。


『主人どのの、棒のクルクルです!』


 あ、なんとも思ってなかった。まぁ、いいか。


『わたしがあなたの元に来たのは、分かってると思うけど、あなたに使役する者を…って、あれ?あそこにあるの卵よね』


 今日はカゴの中に毛布を入れ、その上に卵を乗せていた。


「はい、この間聖竜様が来られて、卵をいただきました」


 と、ワタシが言うと聖牛はびっくりしてワタシの顔を見た。


『へぇ!そうなの!珍しいわね。聖竜が卵をあげるなんて。なかなかそんな、ねえ?』


 ちょっと興奮している様子。そんなに凄いのか?秘書も驚いているようだ。


「聖竜様は、その、自分の気に入った方しか卵を与えないと言われていまして…確かに珍しいです」

「そうなんですか?ワタシには会ってすぐ貰いましたけど」


 それを聞いた聖牛はニコニコしながら、


『聖竜も気まぐれだから。でも、前の88番目の神様には、半ば押しつけみたいにあげてたっけ』


懐かしい日を思い出すように、聖牛は笑った。


『ねぇ、聖竜が来たってことは、わたしは2番目?』

「そうですけど…」


 ワタシは首を傾げた。


『そうなのね、やったわ。2ってなんか好きなのよね、よく分かんないけど』


 カランカランとまたベルを鳴らし、上機嫌の聖牛だった。

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