第13話



この森に蔓延る黒い泥はヴィヴィアンの力に反応しているようだ。


(これって……もしかして)


徐に、手のひらにを地面につけて力を込めた瞬間だった。

ヴィヴィアンがいる場所から銀色の光が広がるように、綺麗な森が現れた。



「──ッ!?!?」



魔法みたいに変わった景色に呆然としていた。

やはりこの森は元々、とても美しい森だったのだろう。

しかし力を込めたのが少しだったせいか侵食するように徐々に黒い部分が戻っていく。


(元は綺麗な森だったってこと?)


ヴィヴィアンは自分の手のひらを見た。

アンデッドになっていても聖女としての力は残っていることに驚いていた。

そう思うとなんだか自分が不思議な存在に思えた。

そして綺麗になった森の一部に真っ黒な山のような形をしたドロドロしたものがあることに気づく。



「これ、なにかしら?」



そのヘドロは足を波のように動かしながらで徐々にこちらに近付いてくる。

そしてヴィヴィアンの目の前で止まる。

目はないはずなのにこちらに視線を感じて、互いに見つめあったまま動けずにいた。

暫くするとヘドロの山はペッと泥のようなものを吐き出した。

吃驚し過ぎて言葉を失っていると、ジュッと音と共にヴィヴィアンの頬についたヘドロは蒸発してしまう。



「えっと……」



辺りを見回してみても、アンデッドらしき人達は見当たらない。

今のところ何かは分からないが、この真っ黒なヘドロだけだ。

どうすればいいかわからずに困惑していたヴィヴィアンだったが、再び空腹を訴えるようにお腹が鳴った。



「あの……食べ物とかありませんか?」



あまりにもお腹が空き過ぎていたせいだろうか。

何を言っているんだと思いつつも、ヘドロに問いかけるとピタリと動きを止めた。

その間にもお腹はギュルルルと凄まじい音を立てる。

言葉が通じないかもと思い、お腹を押さえてジェスチャーを送るが、やはり反応はない。


(仕方ないわ。何か食べられそうなものを探しましょう)


そう思い、ヴィヴィアンが立ち上がった時だった。

再びペッと吐き出されるヘドロがヴィヴィアンの手の甲に当たって蒸発することを繰り返す。



「…………!」



ペッ、ジューと音が繰り返しながら真っ黒なヘドロが移動している。

ヴィヴィアンが止まれば真っ黒ヘドロも止まる。

もしかして攻撃されているのかもしれない、と思ったが後退りしているところを見ていると違うようだ。

暫く様子を見ていると、ある木の前でピタリと止まったまま動かなくなったのとヘドロを飛ばすのをやめて目の前で止まってしまう。



「この木に、何かあるの……?」



そう語りかけても真っ黒なヘドロは体をプルプルと揺らすだけで答えてくれない。


目の前にある普通の木を見上げても、他の木と同じように黒くてドロドロとした液体が溢れ落ちているだけだった。

それでも何かを訴えかけるように蠢いている真っ黒なヘドロを見て、その木に手を伸ばした。


すると手から伝わるようにして、木が本来の色合いを取り戻したのと同時に果実が実っていることに気づく。



「……え?」



あまりの変わりように唖然としていたが、真っ黒ヘドロもそうだったようで、びっくりしたように液体を逆立てたまま固まっている。

艶々の果実はグログラーム王国では見慣れたものではなく、ツルリとした黄色の皮を見ているとじんわりとヨダレが滲み出る。


木の実がポトリとヴィヴィアンの手のひらの上に落っこちてくる。

見たこともない怪しい果実だったが、空腹だったこともあり齧り付く。

シャリシャリとした甘酸っぱい食感に目を見開いた。



「おぃひぃ……!」



頬が蕩けそうなほどの美味しさであった。

もう一つ食べたいと手を伸ばしても実に手は届かない。

木によじ登ろうと、聖女服の長いスカートを捲って足を伸ばした時だった。


真っ黒なヘドロがピョンピョンと跳ねて存在をアピールしていることに気付く。

視線を送ると、こっちの木もと言わんばかりに木の周りを回りはじめた。


怪しい生物ではあるが、言いたいことは通じるようで食べ物のある場所を教えてくれた事を考えると、良いヘドロなのではと思い始めていた。

促されるままその木に手を伸ばしてみると……。



「わぁ……!」



再び木の葉が青々しく繁り、美味しそうな紅い実が現れた。

そしてお礼とばかりにポトリと果実が落ちる。

今度は甘みはなく、水々しい実と細かい種がたくさんあるがそのまま食べられて、とても美味しいと感じた。

大分お腹も満たされた所で、また真っ黒ヘドロに促されるまま木に触れて、という作業を繰り返していた。



「ちょっと待って……!もう食べられないわ」



満腹になって膨らんだお腹を押さえていた。

真っ黒なヘドロが案内してくれる木にある果実は、不思議とどれもとても美味しく感じたし、暗い気分が吹っ飛んでしまうようだった。


(マイケルとモネの分も、もらっておきましょう)


森を彷徨ってお腹を空かせているかもしれないと、ヴィヴィアンは何個か果実を手に取った。



「ありがとう……!美味しいものをたくさん食べられて幸せ」



思わず溢れた笑み、こんなに満足いく食事をしたのは久しぶりに感じた。

最近では、忙しく城や街を駆け回っており、ゆっくり食事する時間はなかった。

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