一章
第8話
(…………ここは?)
もしかして天国かもしれないと思ったヴィヴィアンは目を開けた。
真っ黒な天井とボロボロに引き裂かれた天蓋が目に入る。
ゆっくりと体を起こして辺りを確認してみると、そこら中が引き裂かれていたり、テーブルが割れていたりとまるで廃墟のような場所で眠っていることに気づく。
「ここは……どこなの?」
自分の声が耳に届いてハッとした。
死んだはずの自分の声が聞こえることに驚いていた。
それに布に擦れる感覚もある。
ヴィヴィアンは自分の手のひらを見ながら首を捻った。
以前よりずっと白くなった肌は青味がかって不気味だった。
(……まるで話に聞くアンデッドみたいね。肌が真っ青だわ)
死んだのだから当たり前かと思いつつ、ヴィヴィアンは立ちあがろうとすると足に力が入らずにベッドから転げ落ちてしまう。
ベチャという鈍い音と共に顔が床に打ちつけられてヴィヴィアンは「ゔっ!」と声を上げた。
死んだはずなのに痛みを感じたことに違和感を感じて首を捻る。
「変な天国……」
「ここは天国ではない」
「え……?」
ヴィヴィアンは先程ぶつけた鼻を押さえながら声が聞こえた方を見上げる。
そこにいたのは美しい容姿の男性だった。
長い艶やかな黒髪が肩に流れている。
そして薔薇のように真っ赤な瞳と金色の瞳のオッドアイがヴィヴィアンを映していた。
(綺麗な赤と金……まるで宝石みたい。吸い込まれてしまいそう)
見つめ合ってからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
ハッとしたヴィヴィアンは男性に問いかける。
「天国ではないというのなら、ここはどこでしょうか?」
「お前達が〝死の森〟と呼ぶ場所だ」
「あ……」
そう聞いたヴィヴィアンは先程までの記憶を思い出す。
心の中は絶望感でいっぱいだった。無意識にハラハラと頬に涙が伝う。
次第に感情が堪えきれなくなり、ヴィヴィアンは肩を揺らして泣いていた。
死の森は元々、ベゼル帝国のものだったそうだ。
グログラーム王国の五倍ほどの広大な土地を有したベゼル帝国には今は死の森がある。
その原因が冥王……つまり死の森やアンデッドを作り出した化け物ではないかといわれている。
冥王がベゼル皇帝を倒して、冥王として君臨して帝国を真っ暗な森で覆い尽くしたのだと皆は語っていたが、それは本当かどうかはわからない。
今まで元ベルゼ帝国、つまり死の森を焼き払い広大な土地を手に入れようと何国も何千もの人が動いてきたが、成功したものは一人もいない。
グログラーム王国もそのひとつ。
元々、ベゼル帝国は魔法の力を持ち、ベゼル皇帝は各国から恐れられていたそうだ。
しかしアンデッドを生み出す冥王には敵わなかった。
そんな恐ろしい死の森に捨てられたヴィヴィアンはこれからどうしていけばいいというのか。
目の前の男性が困惑しているとも知らずに、冷たい手のひらで顔を覆う。
「うっ……うぇっ!」
「お、おい……大丈夫か?」
焦ったように声を上げる男性をぼやけた視界で見つめていた。
涙も鼻水も拭っても拭っても溢れ出てくる。
「うわぁあぁあぁんっ!!!!」
「……!?」
「ひどいっ、わだじっ、がんばっだのに゛ぃ……!ごん゛な゛ごどっでえ゛ぇ゛ぇっ!」
泣き叫びながら勢いに任せて軋んでいる床を叩いたヴィヴィアン。
目の前で手を前に出してオロオロする男性に気づくことなく泣き叫ぶ。
床はギシギシと音を立てていた。
ついには嗚咽し始めたヴィヴィアンに、男性は控えめに声をかける。
「……なにがあったんだ?」
ヴィヴィアンはその言葉を聞いてピタリと動きを止めた。
そしてスッと立ち上がりヴィヴィアンは男性の肩を掴んでからこう叫んだ。
「───聞いてくださいますかッ!?!?!?」
「あ、あぁ」
「ずっと……ずっと愛されていると思っていた人に裏切られてっ、それで……それに親友と思っていた人にも馬鹿って!あの女、一生許さないんだからッ」
「そうか……それはひど「ひどいって思いますよね!?わたしは二人に嫌われたままずっと利用されて騙されていたんですよ!?こんなのって信じられます!?!?」
「…………」
「国のために身を粉にして働いてきたのにっ!あの人に相応しくなれるようにと、めちゃくちゃがんばったんですよ!?それにくっだらない嫌がらせにもずっとずっと耐えて……!平民だからって言われないように……っ努力して、みんなに愛されるようにぃっ、ひっく」
ヴィヴィアンは唇を噛んで今まで必死に我慢してきた思いを吐き出していた。
平民だったヴィヴィアンが王妃になるためには並大抵の努力では足りなかった。
寝る間も惜しんで勉強したのも、聖女として頑張って働いたのも、民達に愛されようと努力したのはジェラールを愛していたからだ。
ジェラールのためだったから頑張れた。
愛せばその分だけ返ってくると信じていた。
最後までヴィヴィアンはジェラールのために動いたのに、その気持ちを利用されてしまったのだ。
ヴィヴィアンのことを本当は愛してはいなかった。
ジェラールの心はずっとベルナデットにあったのだ。
そう思うと自分が惨めで羞恥心に押しつぶされてしまいそうだった。
悔しさや悲しみ、痛み、恥ずかしさ、怒りが織り混ざってヴィヴィアンの頭はいっぱいだった。
そんな時、手のひらに握られているものに気づく。
それはジェラールがいつも身につけていた金色の鍵がついたネックレスだった。
この鍵は『父から託された大切なものだ。肌身離さずに持っていろと言われたんだよ』とジェラールが言っていたことを思い出す。
ヴィヴィアンは金色の鍵を投げ捨てようとして手を振り上げた。
「……ッ!」
しかし脳内に浮かぶのはジェラールの優しい笑顔だった。
次にヴィヴィアンを見下す冷たい目が浮かぶ。
ヴィヴィアンは金色の鍵を握ったまま手を下ろした。
大っ嫌いだと拒絶したいのに、頭では裏切られたとわかっているのに、どうしても気持ちが切り離せない。
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