第16話

「もしかして、こっちにいるの!?」



黒猫の後について行こうと体を起こす。

ずっと同じ姿勢で居たせいで固くなった体を伸ばしながらヴィヴィアンは黒猫を追いかけるように外に出た。


祈る前とは全く違う景色にソワソワした気持ちで白い花畑の中を歩いていた。

果実がなっている木も何個もあり、まるで案内するように黒猫は歩いていく。

そして再び小屋に戻ってくると、今にも壊れてしまいそうな椅子の上に飛び乗って丸まり眠り始めてしまう。

どうやらヘドロの元には連れて行ってはくれないらしい。


(猫って、自由だなぁ……)


スースーと寝息を立てている猫や、どこからかひらひらと飛んでいる色鮮やかな蝶達をボーっと見つめながらヴィヴィアンは膝を抱えていた。

景色を暫く見続けて数分……ヴィヴィアンは思っていた。

この後、何をすればいいのだろうと。

ラームシルド公爵家に引き取られてから皆のために癒しの力を使って、次期王妃として休憩する間もなく動き回っていた。


でも、今はどうだろうか。


アレをしろコレをしろとヴィヴィアンに命令してくる大臣達もいない。

教会の祭祀達に祈って欲しい呼び出されることもない。

嫌味ったらしい令嬢達に絡まれることもないし、聖女として常に笑みを浮かべることもない。

そう考えてみると、なんだか悪くないと思える。


(えっと……もしかしてわたしって自由?)


好きな時間にゴロゴロできて、美味しい果実を食べることができるこの環境は悪くないと思い始めたヴィヴィアンは顎を押さえながら考えていた。

くたくたになりながら治療することも、国の教会を巡りながら祈り続けることもない。

毎日毎日、城に通って国王に挨拶する必要もない。

誰にも見られることもなく礼儀も関係ない。

夢にまで見た自由な生活は悪くないのではと思いはじめていた。


アンデッドになったということは、聖女としての務めも果たさなくていい。

病の治療をする必要はないし、いろんなパーティーやお茶会にわざわざ顔を出して元平民って馬鹿にされることもない。

王太子の婚約者として完璧に振る舞うこともない。

つまりは全ての役割から解放されたということである。


先ほどまでの悲しい気持ちはどこへいったのか……次第にわくわくしてくる。


(あとはマイケルやモネを見つけないと!三人でのんびり死の森で生活するのも悪くないかもしれないわ!)


ヴィヴィアンはアンデッドとして生活することも悪くないと思いはじめていた。

しかし唯一の心残りなのは、兄のマイロンと父の無事。


マイロンがスタンレー公爵に追い詰められているかもしれないと思うと不安でたまらなくなる。

しかしアンデッドになったヴィヴィアンにはもう、あの二人のそばに行くことすら叶わない。

もう触れることも、抱きしめることすらできないと思うと息が詰まる。


貴族達はヴィヴィアンに対して辛辣だったが、寄付をしていた孤児院やいろんな街の人たちもヴィヴィアンを慕って、よくしてくれた。


そう考えてしまうと夢にまで見た自由な生活も、何故か嬉しくなくなってくる。

そんな不安を掻き消すようにヴィヴィアンは意味もなく花畑の中を走り回って、木に登って果実をもいで口に運んだ。

お腹が満たされたが、どこか味気ない。

ゴロリとその場に寝そべって考えていた。


なんだか虚しくなり、無意識に涙が伝っていく。

ヴィヴィアンは鼻を啜りながら両手で顔を覆った。

何もしなければ、どうしてもあの二人に裏切られたことを考えてしまう。



「ぐすっ……もう忘れないと」



とはいいつつも、簡単に忘れられそうにない。

目からは滝のように涙が溢れてくる。

どのくらいそうしていただろうか。

涙を流して少しだけ気分が落ち着いたので立ち上がる。


(二人を探しに行かなくちゃ……)


いつの間にか空は再び雲に覆われていた。

今は黒い泥に飲み込まれることもなく安全そうだが、あまりの静けさに心が軋む。 

先ほどの黒猫がこちらをジッと見つめているとも気づかずにヴィヴィアンは空に向かって手を伸ばした。


ここで燻っていても仕方ない。

こうして様々な嫌がらせを受けても、疲れ果てるまで働いても、両親が亡くなり孤児院で暮らしていた時よりずっとマシだと思えた。

それに何度も何度も這い上がってきたのだ。


(こんなところで折れたらダメよ!わたしだって、絶対に幸せになってみせるんだから……!アンデッドだけど)


ジェラールよりもイケメンなアンデッドを見つけて結婚してやると思っていたヴィヴィアンだったが、何故かサミュエルの顔が頭に思い浮かぶ。


(サミュエル様、かっこよかったな)


ハッとしたヴィヴィアンは熱くなる頬を押さえて、そんな考えを振り払うように首を横に振る。

優しくしてもらったからといって、すぐに惚れたわけではないが、なんだかソワソワした気持ちになる。



「落ち込んでたって仕方ないわ!これからはただの〝ヴィヴィアン〟として第二の人生を楽しんでやるっ」



無理矢理気合いを入れるために頬を叩いたヴィヴィアンは真っ暗な森へと足を進めていった。

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