第15話

呼んでも返事はない。

徐々に暗闇に蝕まれていくような感覚に必死に声を上げる。



「わっ……!」



そんな時だった。再び、べチャリとヴィヴィアンの頰に泥のような感触がして肩を揺らした。

その方向を見てみると、先ほどより明らかに小さくなってしまった黒いヘドロの姿があった。



「どうしよう……!どこか逃げられる場所を知らない?」



ダメ元で問いかけてみるが、ヘドロはピタリと動かなくなってしまった。

ヴィヴィアンは木をよじ登ろうとしても力が入らずに尻餅をつく。

再びペシャリと皮膚に泥が投げられるような感覚に振り向くと……。


こっちについてこいと言わんばかりにヘドロはゆっくりと動き出した。

しかし先ほどの機敏さはなく、すべてがゆっくりに思えた。


(今はこの子を信じるしかない……!)


ゆっくりゆっくりと進むヘドロの後に続いて、重たい泥を掻き分けながらヴィヴィアンは前に進んだ。

ヴィヴィアンが足を引き摺りながら歩いていくと、夢で見た小さな小屋に辿り着いた。


(本当にあったんだ……!)


夢とは違い、まるで幽霊が出てきそうな薄気味悪い小屋ではあったが、ここに入るしかないとノックをしてから足を踏み入れた。



「お邪魔します……誰か、いませんか?」



しん……とした静寂が包む中、後ろを振り返ってしゃがみ込む。

中は外よりはマシだが黒い泥に覆われていた。



「ありがとう……君のおかげで助かったわ」



しかし力尽きてしまったのか、徐々に溶けるように潰れていく。

黒いヘドロに触れようとして戸惑ってしまう。



「どうしよう……」



しかしこのままではいけないと、恐る恐るヘドロに手を伸ばした。

黒い液体に触れると蒸発するかと思いきや、意外にも力が吸い込まれているような感覚に目を見開いた。


(……もしかして)


この感覚は治療をする時によく似ていた。

とりあえずはヘドロに向けて膝を折って祈りを捧げる。

治療するには直接触れなければならないのだが、恐らく今のヘドロに触れてしまえば蒸発してしまうかもしれないと思ったからだ。


ゆっくりではあるがヴィヴィアンは徐々に力を流し込んでいく。

恐らくこちらの方がいいのだろうと直感的に思ったのだ。


上手くすれば先ほどの木のように綺麗になるのではないのだろうか。

この黒いヘドロには何度も助けてもらった。



「…………」



瞼を閉じて集中しながら力を込める。

銀色の光がキラキラとヘドロに降り掛かる。


(範囲は広くないから大丈夫。すぐに元気になりますように……!)


そのまま力を込め続けていた。

不思議とヴィヴィアンが来てからは小屋の中には黒い泥は入ってこないようだ。

何時間経ったのだろうか……。


キラキラと外から差し込む光に瞼を開けた。


(もう朝……?)


教会でよく長時間祈っていた癖なのか、かなりの時間、祈りを捧げていたようだ。

パッとぼやけた景色がヴィヴィアンの視界に入る。

目の前には嘘みたいに綺麗な花畑が広がっていた。



「え……?」



思わず声が漏れた。

真っ黒な森の中が一転、真っ白な花が咲き誇って美しい森の景色に息を呑む。

最後に見た時に足元にべちゃりと潰れたようにしていたヘドロの姿がなくなっていた。


(どこに行ったんだろう……?)


扉から顔を出して、辺りを確認する。



「……も、もしかしてわたしが消しちゃった!?」



ヴィヴィアンの力でヘドロを蒸発させてしまったのかもしれない。

今まで恩を仇で返してしまったとヴィヴィアンから血の気が引いていく。

ドキドキする胸を押さえていた時だった。



『ニャーン』


「!?」



小屋の中のテーブルの上に、真っ黒な毛並みと金色の瞳を持った猫がちょこんと座っているのが見えた。

ヴィヴィアンはびっくりし過ぎて心臓が口から飛び出てしまうと思った。

首には金色の鎖と小さな南京錠がある。



「綺麗な猫……」



真っ黒で艶やかな毛と吸い込まれてしまいそうな金色の瞳に息を呑む。


(この子もアンデッド……?にしては普通の猫に見えるけど)


何度も言うが、ヴィヴィアンがいるだけでアンデッドを追い払う効果があったらしいので、目にしたのはサミュエル達や屋敷にいる骨の鳥と黒い煙が初めてだった。


(意外とアンデッドって、普通の生き物と変わらないのかしら?)


ヴィヴィアンは首を捻っている間、黒猫は前足で顔を毛繕いをしている。

その度にする金色の鎖と南京錠がガチャガチャと音を立てる。



「黒猫さん、黒くてプルプルている塊を知らない?とてもいい子で優しいヘドロで探しているんだけど……」



ヴィヴィアンは自分でも何を問いかけているのだろうと思ったが、とりあえず黒猫な期待をかけてみるものの、黒猫は欠伸をしながら体を伏せてしまう。


(や、やっぱりわたしがあの黒いヘドロを浄化してしまったんだわ……!)


ヴィヴィアンは申し訳なく思い「ヘドロさん、ごめんなさい」と呟きながら手を合わせていた。


そんなヴィヴィアンの様子を見ていた黒猫は軽々とテーブルから降りて、鳴き声を上げながら外へ歩いていく。



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