第14話
少し膨らんだお腹を撫でながら、反対側の手で真っ暗な泥に手を置いて少しだけ力を込めると、その場所は輝くような綺麗な土が現れる。
多めに力を込めたせいか、かなり広範囲まで綺麗にできたようだ。
たくさん食べたら眠くなってしまい、ヴィヴィアンはゴロリと木にもたれかかるようにして横になる。
真っ黒な泥の部分にはくることができないのか、ヘドロは遠くの黒い部分でピョンピョンと跳ねている。
焦っているのか、はたまた楽しんでいるのかは表情がないためまったく理解できなかった。
ヴィヴィアンは眠気には敵わずに意識が遠くなっていく。
こんな生活を長く続けていたせいで、特技は素早く眠れることである。
「……おやすみなさい」
意識が遠くなっていった。
* * *
美しい森を一歩、また一歩と歩いていた。
真っ白な花畑が一面に広がって、生い茂る木からは色とりどりの果実がなっている。
(あ、さっき食べた美味しい実がたくさんある……!)
誰の視点かは分からないが、真っ白な服を着た子供が花畑の中を走りながら誰かを探しているのだと理解できた。
(ここは……さっきの森?)
死の森と呼ばれている場所とは信じられないくらいに違う。
まるで天国のようなここは、どこか懐かしくて切ない気持ちになった。
(不思議……こんな場所、行ったことないのに)
自由に森を駆け回る少女。
その疾走感に身を任せていると、目の前に現れる小さな小屋。
その隣には金色の瞳と長い髪の男性がいた。
隣には艶やかな黒い毛色の獅子が伏せて眠っている。
(どこかで見たことがあるような……?)
まさしく神々しいとしか言い表せない男性的な顔立ちの男性は少女の頭を優しく撫でた。
思いきり、少女が男性に抱きついた瞬間──。
『フフッ、ビックリしましたか?』
『危ないじゃないか』
仲良さげに話す様子を今度は遠くから見ていた。
少女の顔は見えないが、雄々しい彼の姿を自然と目で追っていた。
恋人とも家族とも違う距離感、二人の様子に目が釘付けになってしまう。
(誰……?あなたは一体……)
そんな時、男性と目があったような気がして肩を揺らした。
『───目を覚ませっ』
そんな大きな声が聞こえたのは一瞬で、再び男性の視線は少女へと戻ってしまった。
(……何かしら、今の声)
すると視界が真っ暗に染まったのと同時に、再び遠くから声が聞こえた。
『このままでは……!逃げろ、早くっ』
「だって、まだ眠たいし……」
今度は自分の声で返事を返すことができた。
『返せっ』
「返せ……何を?」
『早くッ!』
「……?」
あまりにも必死な男性の声に体を起こす。
真っ暗な空間に白い手が伸びている。
『早くッ、返してくれ……!』
「…………あなたは誰?」
一体、何を返せというのだろうか。
しかし金色の髪をした男性は必死に手を伸ばしている。
『お前を絶対に許さない!』
「…………?」
『カエセッ!!』
再び瞼が重たくなっていく感覚に必死に抗っていると、呼吸ができなくなるような閉塞感がヴィヴィアンを襲う。
息苦しい中、もがくようにして飛び起きた。
「───ッゴホ!ゴホッ、ゴホ!?」
ヴィヴィアンは思いきり咳き込んでしまう。
自分が体が黒い泥に埋まっていることに気づいてゾッとした。
「うぇっ……!」
口の中に入っていた黒くべちょべちょした液体を吐き出した。
どうやら眠っている間に真っ黒な泥がヴィヴィアンを体ごと飲み込もうとしていたようだ。
先ほど綺麗な実をつけていたはずの木も、再び真っ黒に染め上げられていた。
どうやら気持ちよく眠っていたせいで、油断していたようだ。
「はぁ……はぁ」
ヴィヴィアンは泥にまみれた真っ黒な手を祈るようにして合わせて力を込める。
自分の周囲だけ綺麗にすることに成功して、なんとか危機を脱したようだ。
「びっくりした。気をつけなくちゃ……」
アンデッドには襲われないが、泥には襲われてしまうのだろうか。
アンデッドになれば死の森は安全かと思いきや、どうやらそうでもないようだ。
今の夢はなんだろうと首を傾げた。
見覚えがあるような、ないような不思議な映像だった。
こうして今まで森を調査しようとした人達や、森に投げ込まれ人達もこの黒い泥に飲み込まれてアンデッドになってしまったのだろうか。
ヴィヴィアンは急に肌寒さに自らを抱き締めるような形で腕を回した。
空には不気味で真っ赤な月が浮かんでいた。
仄暗い森の中、先程とは違い得体の知れない恐怖を感じていた。
泥は完全に浄化できないのか、どんどんと近づいてくる。
(どうしよう……城に戻りたくても帰り道がわからないし、まだマイケルとモネも見つかっていないわ)
すぐにサミュエルの顔が思い浮かんだが、首を横に振る。
それに辺りを見回しても、不思議な生き物であるヘドロの姿も見えなかった。
「さっきのヘドロさん……!どこにいるの!?」
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