第17話 ベルナデットside1
(やったわ!やったのよ……!ついにあの目障りな下民を追い出してやったわ)
騎士達によって運ばれていく血まみれのヴィヴィアンを見ながら、ベルナデットは膝をついて体を丸めながら歓喜と興奮に鳥肌を擦っていた。
震えているのは悲しみの涙を流しているからではない。
嬉しくて嬉しくて笑いが止まらないのだ。
(──アハハハハハッ!あの女に奪われたものを、わたくしが取り戻してやったのよ!)
喜びからか、次々に涙が溢れる。
どうしたって口角が上がってしまう。
笑い声を上げたくなるかなるのを必死にこらえていた。
いつのまにかヴィヴィアンを死の森に捨てに行った騎士達が戻っていることに気づいて気持ちを切り替える。
口元を押さえて、瞼を閉じれば悲しんでいるように見えるだろう。
「あぁ……ヴィヴィアン、どうしてこんなことに!」
「ベルナデット様、お気を確かに」
「大丈夫ですか?」
ベルナデットは騎士の手を掴んで立ち上がり、喜びの涙を拭いながら問いかける。
「ヴィヴィアンは……ヴィヴィアンはどうなったの!?」
ベルナデットの問いに、騎士達は顔を伏せて静かに涙を流しながら答えた。
「ヴィヴィアン様は黒い泥の中に飲み込まれていきました……」
「っ、こんなことは信じられません!」
その言葉にベルナデットの心が満たされていく。
フラリとよろめく体を背後にいたジェラールが支えた。
「ジェラール殿下ぁ……ヴィヴィアンが」
「ベルナデットの気持ちはよくわかる。隣国の会合に参加している父上にこのことを報告しなければならない」
「はい……そうですわね」
ベルナデットはジェラールと共にヴィヴィアンが消えてなくなったことを知らせて回らなければならない。
そして何よりベルナデットの父親であるスタンレー公爵にも、この作戦がうまくいったことを報告したくて仕方なかった。
ラームシルド公爵家はスタンレー公爵家と長い間、対立してた。
グログラーム王国の王家を支えてきた二大柱。
保守的なラームシルド公爵のことを父はいつも嫌っていた。
それに加えて優秀な息子、マイロンがいるラームシルド公爵家とは違い、スタンレー公爵家には女遊びのことしか頭にない役に立たない兄がいた。
ベルナデットにとってはいい兄ではあったが、両親にとっては違ったようだ。
『あんな馬鹿になるんじゃない』
『あれはスタンレー公爵家の恥晒しだ』
毎日毎日、繰り返される言葉は徐々にベルナデットを蝕んでいく。
両親の期待は兄からベルナデットへと移っていく。
そして『ベルナデットをジェラールの婚約者にすること』に執着するようになる。
息子しかいないラームシルド公爵家に対抗する唯一の手段だった。
ベルナデットを次期王妃にするための厳しい指導が始まった。
息ができなくなるようなプレッシャー。
ベルナデットはスタンレー公爵家の威厳を保つための道具だった。
「わたくしを将来、ジェラール殿下と共にいさせてくださいませ」
「本当かい?ベルナデット」
「あなたといることがわたくしの幸せなの」
「嬉しいよ。ベルナデット」
「わたくしもです……ジェラール殿下」
そんなクソみたいな台詞を笑顔で吐いて、ジェラールを惚れさせていった。
しかし馬鹿みたいな言葉を吐くたびに胸焼けと鳥肌が止まらないのだ。
幸いベルナデットの心とは裏腹にジェラールはベルナデットに惚れていく。
周りにも完璧な令嬢、ジェラール殿下の婚約者に相応しいと認められるようになり、初めて自分のやってきたことが報われたような気がした。
(ああ……この地位にいるのって、こんなに気持ちいいのね)
ベルナデットにとって、ジェラールさえも自分の地位を確立するための道具なのだ。
ジェラールの心を繋ぎ止めること……それができなくなった瞬間、両親に見捨てられる惨めな兄のようになってしまう。
(お兄様のように馬鹿にされる人生なんて嫌よ)
ベルナデットは何でも手に入れることができた。
ジェラールの気持ちをこちらに向けるために努力して、もう少しで彼の婚約者になれる。
ベルナデットの努力は報われてもう少しで栄光を手に入れられると思っていたのにもかかわらず、十二歳の時に悲劇が起こる。
ベルナデットの前にヴィヴィアン・ラームシルドが現れたのだ。
長年、病気を患っていたラームシルド公爵は、別人のようにはつらつとした表情で現れた。
そして国王に〝娘〟を紹介したいと言ったそうだ。
孤児院から引き取った元平民の娘だと聞いて、ベルナデットは吹き出してしまった。
没落した貴族の娘ならばまだしも、平民より下の孤児院で暮らしていた汚い少女を公爵令嬢として引き取ったことが信じられなかった。
数ヶ月の間、ヴィヴィアンが表舞台に出てくることはなかった。
しかし彼女を見下したベルナデットの前にやって来たヴィヴィアンは、一瞬で何もかも奪い去って行った。
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