第6話
国王はヴィヴィアンを王家に引き入れて、誰にも渡したくなかったのだろう。
ジェラールとの結婚を提案してきたようだ。
もうすぐベルナデットとジェラールの婚約が結ばれる予定だったらしいが、ヴィヴィアンはそのことを知らないままだった。
ラームシルド公爵とマイロンに報告すると難しい顔をしていたが、ヴィヴィアンはその理由を深く考えることはなかった。
何より王妃になればラームシルド公爵達への恩返しになるとだけはわかっていたからだ。
しかし今ならばその理由がわかる。
ラームシルド公爵はもしかしたらスタンレー公爵やベルナデット、ジェラールのことで引っ掛かることがあったのかもしれない。
ジェラールはヴィヴィアンに対して優しかった。
聖女として働いてばかりいたヴィヴィアンにとって、異性として初めて意識したジェラールは特別だ。
距離がどんどんと近づいていき想いは膨らんでいく。
ヴィヴィアンにとって生まれて初めての恋は夢心地だった。
「ジェラール殿下、二人で国を守っていきましょうね!」
「……。あぁ、そうだね」
ジェラールと出会ってからは世界が輝いて見えた。
しかし、この時からジェラールはヴィヴィアンを疎んでいたのだろう。
本当の恋人はベルナデットだったことに気づかないまま、一人で舞い上がっていたのだから。
ヴィヴィアンはジェラールを心から信頼していた。
そしてジェラールもヴィヴィアンを愛してくれていると……そう思い込んでいた。
そしてヴィヴィアンとジェラールの婚約が発表されると、国民達は喜んでいた。
そこからジェラールの婚約者として社交界に顔を出すことが増えたのだが、平民出のヴィヴィアンに辛辣な態度を取る貴族達が多く、パーティーやお茶会でわざと恥をかかされる。
少しでもダメな部分が見えたら失敗を咎めて「平民だから」と馬鹿にされてしまう。
今まで聖女に頼らずに生きてきたグログラーム王国の貴族達にとって、民に慕われて国王に頼りにされる聖女など邪魔にしかならなかったのだ。
その筆頭がスタンレー公爵だった。
しかしヴィヴィアンはラームシルド公爵の言うことを守っていた。
『一方的に攻撃されて傷つけられたとしても、その悪意を受け取ってはならない』
『正しい行いは、いつかは必ず自分に返ってくる』
『ヴィヴィアン、お前なら必ずやりとげられる』
ヴィヴィアンを信じてくれたラームシルド公爵やマイロンの気持ちを裏切ることはしたくないと笑顔で耐えていた。
ラームシルド公爵やマイロンはヴィヴィアンを守るように動いてくれたが、スタンレー公爵は更にその上をいく。
グログラーム国王もスタンレー公爵に強く出られない部分があった。
ベルナデットが婚約者になるはずが、ヴィヴィアンにその座を明け渡すようにしたことに怒りがあることもわかっていたのだろう。
ヴィヴィアンを犠牲にすることで王家にダメージがないように立ち回っていたのかもしれない。
ずっと病で表舞台から退いていたラームシルド公爵よりも権力を持っているのは仕方ないのかもしれない。
どうにもならないこともあると思い耐え忍ぶ日々。
容赦なく降りかかる屈辱に耐えかねて、陰で涙することもあった。
ジェラールはヴィヴィアンに何があっても庇うことは一切なかった。
ヴィヴィアンもジェラールに迷惑をかけたくないと思っていたが、今思えばヴィヴィアンに何があろうと、どうでもよかったのだろう。
ヴィヴィアンには信頼を積み重ねて聖女としての支持を高めていく地道な道しかなかった。
実際、少しずつではあるがヴィヴィアンを支持する層も貴族達の中にも増えてきたが疲弊していく心に溜まる不安。
限界も近づいてきたある日のこと。
パーティーでいつものように嫌がらせを受けていたヴィヴィアンは、連日の疲れで笑顔を浮かべられなかった。
しかしそれすらも責められて涙が溢れ出しそうになった時、ベルナデットに庇ってもらったことで初めて彼女を知った。
ベルナデットがジェラールの幼馴染だと知らなかったのは、紹介されたことも顔を合わせたこともなかったからだ。
「わたくしは彼女の頑張りを知っているわ。それに平民だろうが貴族だろうが、アンデッドから国を守っていることには変わない……そうでしょう?」
「あなたは……」
「わたくしはベルナデット・スタンレー。警戒しなくても大丈夫よ。お父様に今まであなたに近づくなと言われていたけど、もう見ていられないわ」
「……!」
「あなたもジェラール殿下の婚約者として胸を張りなさい。でなければ、わたくしが許さなくってよ?」
彼女の優しくも厳しい言葉が心に響く。
そこからベルナデットと話すようになると嫌がらせがグンと減って居心地がよくなってくる。
ヴィヴィアンはすぐにベルナデットに信頼を寄せた。
彼女のお陰で潰れそうな心が救われたのだ。
「気をつけなさい」
そんなラームシルド公爵の言葉も耳に入らないくらい、ヴィヴィアンにとってベルナデットの影響は大きかった。
しかしベルナデットはヴィヴィアンに嫌がらせをするだけでは潰れないと気付き、やり方を変えただけ。
こうすることで己の評価を上げて、貶めるチャンスを狙っていたのだ。
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